スペース・デブリ製造業
さて、ここでボディビルダー兼プロゲーマーのラーヒズヤが来てくれたというのは心強い。
現在、ルーキー艦隊旗艦のカサブランカ……つまりヤハタ・テッケン級フリゲート艦の艦長権限を持っているのは俺になるのだが、扱ったこともないシステムを触るのはちょいと荷が重い。
この時代ともなると爺だろうがクソガキだろうが、ゲームもやるし、息を吐くようにARやVRシステムに触ることになるので機械音痴とかそういうのはほとんどいないのだが、俺はどっちかというと肉体作業向きの人間である。
システムコンソールをいじくりまわして、補修に必要な資材がどこにあるのかを探す作業をするよりは、その資材を運んで宇宙空間で取り付け作業してたほうが気が楽ってもんだ。
「てなわけで、一時的に権限渡すから資材のありかを探ってくれ給え」
「お、おう」
何がてなわけでだよという顔をされるが、だってこれ、俺の船じゃねえもんと堂々とお返事しちゃう。
ぶっちゃけこんな作業は全部タマヨリにぶん投げればいいわけで、現在それができないのでマッチョマンに投げちゃうというわけだ。
そうして必要な資材――ガチの戦闘があること前提の宇宙空間では船が故障するなんてよくあることだから、クリティカルな予備パーツなんかは必ず積み込む必要がある――をコンソール側から探すのはラーヒズヤとなる。
で、AIほど作業スピードが速いわけではないので俺は茶でも……というわけにはいかず、物理的に部屋を物色しまくる役目が俺である。
さて、最初俺が乗り込んでいたものと、海賊から奪った艦船はコルベットと言っていたが、地球上の海で泳いでいるコルベット艦と比べれば相当小柄である……というか爆撃機レベルのサイズ感だ。
しかし、フリゲートまでくると、フリゲートらしいサイズ感になる。
仮にタマヨリみたいな専用AIの操船サポートがない場合にフリゲートクラスの艦船を宇宙で動かすには、100人からの人員が必要になる――AIサポートなしに個人操船できることが前提になっている"コルベット"とは完全に別物と言えるだろう。
最初俺がこの船に乗り込んできたときの感想通り、フリゲート艦の部屋はとにかく多く、物理的に部屋を物色するというのは俺自ら発案したものの、正直やる気が出ねえ。
やる気は出ねえものの、見るべき箇所ってのは限られている。
一つはカーゴホールド。
どんな艦船にも設けられている一般倉庫みたいなもので、商材やらなにやらを積み込む場所だ。
もう一つはウェポン・カーゴ。
これもどんな艦船にも設けられている設備のうちの一つ。
基本的には弾薬庫で、給弾システムやらなにやらと一緒に、弾薬をぶち込む場所である。
艦船の役割にもよるが、ここに補修資材を据え付けることもある――所謂整備艦なんかは船の装備の都合上そうすることも多いようだ。
『残念だが、そのどちらにもシールドスクリーンは置いてない。何故かアイツの私室にあるって出ている』
「意味わかんねえな?」
ラーヒズヤの艦内通信――空気消し飛んでいるのは穴の開いているコックピットだけなので、その他艦内はまだ気密が効いていて音声が聞こえる――を聞いても、そしてその後よく考えなくても意味が分からない。
そもそもどうやって入れたんだ、それにどうやって出せというのだ。
『安心してくれ、彼女の部屋全体がハッチみたいになっているようで、開ければシールドスクリーンを持ったまま外に出られる』
「安心できねえし、意味がわかんねえな?」
そういえば訓練カリキュラム序盤に、ハーヴェイが罰ゲームで暫くシルビアの部屋の装備を担当していたんだっけか。
本来なら若いねーちゃんの私室はいり放題なんて一部の兄貴たちにとってはご褒美みたいなもんなんだろうが、確か……『ハリケーンが通った後の部屋』だったよな。
「アイツに勝ったのに罰ゲームかよ」
『諦めてくれ、俺もハーヴェイを手伝ったが、あれは酷い』
「多分、ソコより酷いことになってるはずだぞ、艦内だと」
ラーヒズヤの「ああ……」という観念した声が艦内に響く。
ステーション内部は、基柱を中心とした円形のモジュールがぐるぐると回転することで人工的に重力を発生させているため、地球にいるよりはだいぶ重力は軽いものの、物体は基本的に床にとどまってくれる。
しかし、宇宙船内はそうもいっていられない。
無重力の宇宙船の床に、都合よく歩ける程度の重力を発生させるみたいなトンデモ・テクノロジーなんて地球にはまだないので、無重力なのだ。
地球上でも恐ろしいと言われる「汚部屋メイキング」は、宇宙空間においては3次元空間全てを余すことなく使うことのできる、文字通り1個分次元の違うレベルに引き上げられる。
その恐ろしさと言ったら、確たるやと言ったところだ。
かくしてラーヒズヤから送られてきたナビゲートに従い、俺はシルビアのプライベート・ルームの扉の前にいる。
意味はないものの、心の準備のため深呼吸をし、屈伸運動をし、上半身の筋肉をぐっと延ばし、ARコンソールに浮かんでいる「Open」を脳波操作でタップし思い切って入室する。
「ヴォエッ!」
臭うわけではない、悍ましい思いをして吐き気を催したわけではない。
ただ単に、一歩目を踏み出したときに、目の前に飛び込んできたよくわからんオブジェクトが顔面に入っただけだ。
質量攻撃を受けた俺は、踏ん張るための重力もないためのけぞるような体勢のまま後ろ側の通路の壁面まで吹き飛ばされてしまった。
『バネ仕掛けのパンチング・グローブか、何故こんなものがこんなところに……』
「びっくり箱かよこの野郎!」
流石に癇癪起こりまして、パンチング・グローブを真っすぐぶん殴ると、真っすぐ縮むように吹っ飛んでいき、バネがバネたる所以か、再度こっちに向かってすっ飛んできて……
「ヴォエッ?」
『こんなところでコントしなくていいんだぞ、ヤマト』
俺は吹き飛び、ラーヒズヤからツッコミをいただけることになった。
「ああ、よかった。俺はもうツッコミしたくねえんだよ」
『何の話だというのだ』
前にも言ったはずであるが俺はカンサイ民族ではないので、ボケやツッコミの作法はDNAには元来刻まれていないのだ。
しかし、このような天然ボケ多数という環境で暮らしていると、それでもなお下手くそなツッコミ役として振舞わざるを得ないところがあり、それはそれでストレスの要因となっていた。
時には下手くそなボケでもぶちかまして、俺の中でバランスを取らないとやってられない。
ひとしきりやることをやって満足した俺は、扉から微妙にはみ出ているパンチング・グローブのブービートラップによって閉めていいのか悪いのか困惑している自動ドアをくぐって魔窟に入ることにする。
そこは脱いだら脱ぎっぱなし、出したら出しっぱなし、食ったら食いっぱなしという"3ぱなし"の詰め合わせみたいな部屋であった。
俺も地上においてはおっさんの一人暮らしゆえ、"必ず使うもの"はしまったりしないことも多々あるわけだが、ここまでは酷くない。
何しろここは宇宙空間なのだ……"ぱなし"が空を飛ぶわけだ。
人によってはそれすら"刺激的"なのかもしれないが、完全無欠の汚部屋においてはそのような魅力は皆無と言っていいだろう。
「うーん、急旋回のときの慣性だろうか、壁に張り付いた食べかけのピザとか……」
『オーケーヤマト、解説はいらないやめてくれお願いだ。ブツはあるのか?』
「ああ、あるぜ。もうこの中のものは全部ゴミとみなして、ボッシュートしていいんじゃねえか?」
とりあえず、必要なものまで吹き飛ばすのはまずいのではみ出ているパンチング・グローブを少し寄せてドアを閉めさせ気密モードに切り替える。
部屋の中央に置かれ「ででーん」という効果音でもつけるべきという存在感を放っているシールドスクリーン……は流石に固定されていたのでそのまま放っておいていいだろう。
あとは俺がお外に吹き飛ばされないようにきちんとどこかに固定すればいいだけだ。
……アンドロイド体の膂力は相当なもんだし、シールドスクリーンにしがみついておけばいいか。
『準備はいいか?』
「おーけー、やっちまってくれ」
警報音が鳴り響いて、窓がついているところが一旦シャッターで閉められる。
そうして、外壁が下がっていって目の前にある部分がシャッターのみとなり、一気にそれが解放された。
「おっほ!」
思わずそんな声が出てしまうほどの勢いで空気が外に排出される。
それと同時に、部屋に詰め込まれ、浮遊したり壁なんかに張り付いていたゴミやゴミ、そしてゴミではないかもしれないが俺がゴミと判断した色んなものも一緒に排出されていく。
『宇宙空間に盛大にゴミ投棄とか、後で怒られないか?』
「全部シルビアが悪い」
『そうだったなあ』
そう、エッジワース・カイパーベルトに女物の下着や服やなにやらよくわからんゴミが漂っていたりする原因は、すべてシルビアにあるのだ。
ていうか爆散した"ナガレボシ"に積み込まれていた俺の着替えとかもある程度飛散しているだろうし、シルビアのせいにしなくても艦船が負ったダメージで~とか言い訳すればなんとか通用しそうな気がしないでもない。
ともかく、拾いたい奴がもしいるのなら、拾えばいいのだ。
宇宙ゴミ拾いってやつは意外と金になるって話もないわけじゃない。
昔からある宇宙物のゲームの中の話だけかと思っていたが、サルベージに代表されるリサイクル屋ってのは宇宙自由業の中では割とポピュラーな業務らしいからな。
もっとも、今俺がやっているのはデブリ製造業なわけだが。




