そのツッコミは、野暮というものである。
日本かぶれから送られてきたVR用武器のカタナは鞘に入れられたまま、俺の左手に収まっている。
「で、ソイツで戦ってくれるのね、コミックやアニメで見るようなアレが見れるのね、抜刀剣!」
「やらねえよ、なんでこの状況で抜き打ちなんつー無意味なことせにゃならんのだ」
シルビアが愕然とした顔で俺を見つめてくる。
「だ、だって極めれば音速より早いとか空間を切るとか!」
「できるわけねえだろ、仮に音速超えられるとしても、普通に剣振ったほうがそれよりずっと早いってことになるじゃねえか!」
「ア、ソッカー!」
手をポンとたたいて十分に納得してくれたようだ。
抜き打ちでも抜刀でもいいが、ようは剣を抜いていない状況、あるいは剣を抜けない状況化において、剣を抜いて即時斬る必要が生じたときに扱うものだ。
故に鞘から刀身を引き抜くための指先から続く体全ての動きを最適化した戦闘術のことを指し示す言葉になる。
そしてこれは剣でなく銃に置き換えてもいい、アメリカン古典芸能のうちの一つであるカウボーイや保安官たちの銃での決闘も、まさに"抜き打ち"の世界の話なのだ。
目の前にぶち殺すべき敵がいて、剣を抜けない状況でも剣を抜いてはいけない状況でもないのに、剣を鞘に納めておく必要性などないし、その意味もない。
当然ながら、『鞘に刀身を納めておいた方が威力が出る』という設定を付与されたゲーム世界であるならば話は別だ。
だがこのVR空間は現実世界に準拠した物理法則をシミュレートしている世界だし、俺たちは現実世界で殺したり殺されたりするお仕事をしているため、そういうファンタジー未満のお話は初めからお呼びではない。
そもそもファンタジー世界だって、たいていの場合物理法則くらいはあるだろうから、刀身を鞘に納め続ける意味なんて『それを行うことで発生する魔法効果』でもない限り存在しないだろう。
魔法って便利だなあ……俺もなあ、魔法使いたかったよなあ。
とは思うが、音速超えさせようと思えばオーバーロード・システム使えばやれるんじゃないかと思えるポテンシャルがこのアンドロイド体にあることを思い出し、この思考は切り上げることにした。
魔法は、この世界にすでにあるんだったわ。
話を戻すとして、では抜刀術をある程度習得することは無駄なのかと言われると、カタナを扱うのであればあってもいいと思う――つまり、それを習得しておかないと"不便極まりない"ってことでもある。
現に、刀身長60cmから90cmにほど近い設定になっているようなサイズ感のカタナを、腰ひもに吊るされた、あるいはベルトに固定された鞘から腕の長さだけで抜こうとするならば、非常に格好悪いことになるからだ。
そして2222年に生きる現代一般人の俺にとって、それはほとんど無駄な技能である――そもそも俺は鞘ごと左手にカタナを持っていて、それはどこにも固定されていない。
とりあえず作法とかどうでもいいので、滑り止め用らしい鯉口って奴を解除しつつ、両手と体を使って刀身を引き抜くと右手一本でそれを構える――マチェット防御に漬かった鞘は左手で保持したまま、あと一回くらいは防いでくれると期待する。
ガラッティが送り付けてきたこのカタナの刀身長は凡そ80cmほどと、ロングソード準拠――あえて言うなら太刀か――の設定となっており、ぶっちゃけ小柄も小柄な俺のアンドロイド体が現実にいる人間だったなら片手で扱えるような代物ではない。
ただアンドロイド体は現実世界の常識にとらわれない。
哀れな宇宙海賊の首を片手で頭部をつかんだままねじ切ったように、1kgかつ柄部分含めて1mを超えるような大物であろうとも、片手で箸一本振り回す程度のようなものだ、
カタナ特有の切り方をしっかりできるかどうかという部分に焦点を当てるべきだろうが、「無理で御座る」と言わざるを得ないのは残念でもなく当然の話だろう。
が、シルビア相手にガンファイトを挑むよりこっちのほうがよっぽどマシなのでやむを得ない。
「うーん、残念。世の中カートゥーンみたいにはいかないってことねえ」
「そういうの現実にやる馬鹿なんて、ウエスタン・カウボーイだけで十分だろ、実際」
「違いないわね!」
現実にやってたのかどうかは、マジで知らんけど……やってないよな?
なんて思っているとシルビアが腰を落として、肉食獣めいた表情でこっちを見てくる。
遠くのほうでは、タマヨリの悲鳴というかうめき声というか、歓喜の雄たけびのような名状しがたい悍ましいサウンドとともに、爆発音やら擦過音やら、ソニックブームにような理解の向こう側にいるような音が聞こえてきている。
俺は俺で、正直「もうどうにでもなーれ」という意気込みで、手動オーバーロードを起動すべく脳波操作にてARモニタ上からプログラムを起動し始めている。
「「最初からクライマックスだ!!」」
行動開始は全く同時、別に示し合わせたわけではないがシルビアもやはり手動オーバーロードを使用している――何故手動かというと、タマヨリとサンフラワーはガチバトル中であり、こっちの戦闘サポートに手を回している暇は1zepto-secすらないからだ。
俺の不利な部分を上げるのであれば、タマヨリの戦術サポートを受けられないため、先読みアナウンスを聞けないということ。
同時にシルビアも超高性能かつ超有能なサンフラワーのサポートを受けていないため、それに対応する優位もないということになる。
結局、お互いの脳みそがオーバーロードを使用した超人決戦にどこまで耐えられるかというところに勝敗を分ける決め手となる……あれ、俺ちゃん圧倒的不利なのでは?
「フンガー!」
「ちょっと、見た目ビショウジョが出していい唸り声じゃないわよ!」
「見た目だけじゃい!」
中身は立派な中年オヤジであります故、中年オヤジらしくガニ股で踏ん張りながらシルビアの剣撃をはじき返し続ける。
間違ってもカナタなんていうペラッペラな刀身でマチェットの一撃を受け止めるわけにはいかないので、左手で保持し続けて言う棒きれ――鞘だ!と棒きれが叫んでいるような気がする――でうまく使って攻撃をいなす、というかマチェットにぶち当てて無理やりそらしている。
合間合間にペラペラ・ソード――サムライ・ソードだ!と訂正の文言が入る――で斬りつけようと試みるが、シルビアに躱されてしまう……こう、振りかぶって切るという動作そのものに欠陥を感じてしまうため、途中から突きをメインで運用することにするとある程度しっくりくることが分かったが、こうなってくると80cm近い刀身長が邪魔に思えてくるため、世の中なかなかうまくいかねーなと思わざるを得ない。
俺みたいな素人さんはもうちょっと刀身が短くて頑丈な……やっぱマチェットいいなあ、アレ欲しい。
とにかく刀身が長いので懐に飛び込んでこられると厄介で仕方ない。
その時はマッチョな格闘家が如く前蹴りでシルビアを蹴り飛ばすか、俺自身が後ろへバックステップして距離をとるしかないわけだが、そこは百戦錬磨のシルビア様……一度張り付かれると中々離れてくれないから困る。
まあそれでも無理なら、暴走トラックが如く何も考えずに、「ウッシャラーイ!」とか叫びながら全身で体ごとぶち当たってみると存外何とかなる。
「マチェット振りかぶってるときにただ単に衝突しに全力で前進するとか、アンタ阿呆ね?」
「お褒めに預かり至極光栄!」
これでも毎日毎時間毎分むしろ毎秒ぶち殺され続けた訓練時、AIもオーバーロードもアンドロイド体の運動性能もなく、ただの生身の中年オヤジとしてシルビアの暴風雨に立ち向かい続けて必死こいて防御力を鍛えたのだ。
生身準拠だったあの頃は痛みも苦しみもあったが、アンドロイド体としてフルダイブしている今なら多少切られても痛いとか苦しいとか動きづらいとかそういうのが一切ないのだ――恐れることなどあろうはずもない。
かといって有利になったりするわけでもないのが残念なところだが。
ようやく手持ちの獲物にふさわしい戦闘距離を確保できた俺は、これで一息つけるということだけは確かだ。
「でもなあ、ポンコツ海賊どもと追いかけっこしてた時のオーバーロードでいい加減脳みそちゃんが限界近くてな。マチェットやシルビアよりそっちのが今はこえーわ」
「あっ……そ、そういえばそうだったわね」
多重フルダイブしてる現在、脳みそがオーバーヒートしたらどうなるのか、正直俺にはよくわからん。
俺の低性能な脳みそちゃんはともかく、この左手に持っている棒きれ――鞘だ!鞘と呼んでくれ!という幻聴が聞こえる――もいい加減限界が近そうだ。
「でも結構楽しそうだったじゃない?」
マチェットを振り回しながらシルビアが話しかけてくる……呼吸必要ないからこういうことできるんだよな、実際。
「まーそうだが、俺が無茶したのも俺の機体って大立ち回りできる仕様じゃなかったからなんだが?」
創作物語でもこのような激しい戦闘中に会話を挟んだりする。
呼吸という有機生命体に欠かせないものの存在を忘れるんじゃないかと違和感を感じる人もいるかもしれないが、そこは創作物であり、そういうツッコミは野暮というもの。
現実世界に生きる俺やシルビアがこうやって会話できているのは、現実世界テクノロジーの賜物なので、同じくツッコミは野暮というものだ。
「うっ、そこは実際引け目を感じているから……ねっ!」
「うおっ」
突然の大振りを棒きれ――忙しいから幻聴は聞き流す!――で弾き飛ばすと、ついに棒きれが砕けた。
「サヤアアアアアアアアアアアア!」
「は?」
なんか、義務感すら感じたので最後の最後に奴の名を呼んでやる……と、唐突過ぎる出来事に一瞬フリーズしたシルビアの顔が見えて、ガラッティからテキスト通信が入っていた。
『サムライ・ソード、気に入ってくれた?各種部位の名称を正しく覚えられるように、間違った呼び方するたびに正しい名称が音声として送られるようになってるから、しっかり覚えてね!以上、正しく言えた時のボーナス・メッセージでした。』
「テメェなんぞ棒切れで充分なんだよクソ野郎があああ!!」
おっちゃんは、激怒した――凡そ人生40年近く生きてきて、最大級の激怒だったかもしれない。
ただでさえ糞忙しいシルビアとのガチバトル、余計な訂正メッセージの受信なんてしている暇ないんだよ!
ツッコミ代わりに砕けた棒切れと化した棒切れをぶん投げると、完全に偶然ではあるが、フリーズしているシルビアの顔に「ビターン!」という擬音がふさわしい形でぶち当たっている――これぞ好機という奴だ、憎き奴めを討伐できるというもの!
「棒切れ如き叩き切ってくれるわああああああ!」
完全なる八つ当たりの一撃がシルビアの肩口に直撃する――俺の狙いは確かに間違いなく、そして嘘偽りなく棒切れであったわけだが、そこは"腕"の問題であり、結果的に軌道がズレてシルビアを切ってしまったとしてもそれは致し方ないことである。
サムライ・ソードの切り方としては実に無様なものであったかもしれないが、パワーとスピードで無理やり何とかしてしまえば関係ないとばかりに、彼女の肉体を押し斬っていく。
やっぱりサムライ・ソードなんかより重量で押し切る西洋剣かマチェットでよかったんや!
結局叩き切れなかった棒切れは、カランカランと音を立てて床に転がっていて、何故か(?)叩き切られる羽目になってしまったシルビアは、修復工程のために半透明化し始めている。
主目標は取り逃したが、副次目標は撃破できたと……あれ、逆じゃね?
「は?」
「は?」
「はあ?」
俺と、タマヨリと、そしていつの日か一度だけ聞いたサンフラワーの困惑の声がほぼ同時に、重なってこのネットワーク空間に響いた。
「やっぱそうだよなあ、ド素人の癖に狙って切ろうと思うと当たらねえんだな」
俺は一人、フリーズから回復し、少しだけ色々と納得した。
だいたいド素人の分際でツーハンド・ソードなんて持つもんじゃない。
「「「納得できるか!」」」
復活したシルビアとAI組のツッコミは野暮というものだ、今は口に出してはいけない。
一応の決着ということで、何卒ここはひとつ。
真面目な剣や魔法の戦闘描写はファンタジーやるようになったら頑張ってケツから捻りだします。




