ぽんこつ丸の産声
敵の弾丸がいくつか俺の乗っているYHI-100"流星"にヒットし、その直前から開始していた横向き180によって発生した傾斜装甲めいたものがいくつか弾き飛ばすが、いずれにせよ限界を迎えている納車から1か月未満の我が愛機はありとあらゆるパーツを宇宙にばらまきながらクルクルと回転をしはじめている。
そんな姿を確認できるのは、なんとかかんとかセンサー類が活きていることから、俺のアンドロイド体の視界の片隅にAR機能よろしくタマヨリから映像が送られてきているわけだ。
馬鹿げたパワーの慣性がかかるなか、これまた瀕死の脳みそから無理やり余力を捻りだして稼働させているオーバーロードプログラムと、俺の貧相な脳みその数百倍は優秀なアンドロイド体の身体能力でひょいひょいと飛び回るようにクソ狭い機内を進み、俺は宙間作業用のハッチへと向かっている。
『燃料タンクがぶち抜かれました。お外は重水と軽水のシャワーでキレイキレイですよ』
「そういや宇宙空間に飛び出た水って3Kで凍るのか?」
『色んな意味で愚問ですねぇ……』
そんくらい知っとけよハゲ的な声色のタマヨリ発言を受け流しつつ、ハッチ付近に着くと、どうやら色んな衝撃でハッチ自体がとっくに吹き飛んでいたようで簡単に外に出ることはできそうだと理解した。
アンドロイド体のパワーを活かして船体に張り付きながらタマヨリのナビゲート通りにグルングルン回っている我が愛機のコックピット側に向かうことにする。
『戦果確認でしょうかね、2機近づいてきていますが、ハーヴェイ氏の射撃軌道を加味すると片割れは破壊されます。1機はなんとかスリ抜けてくれそうなのでこいつで課題を消化するとします』
「あいよ、ポンコツ・コルベットのポンコツAI如き一瞬で片付けちまえ」
『もう終わりました。あの日のタマヨリ並の貧弱さ……いえ、あの日のタマヨリにすら劣りますね』
という返答と同時にコックピット側に回りこめた俺は、機体そのものと機体後部に据え付けられていた燃料タンク――といっても重水タンクと軽水タンクだ――の亀裂から盛大に噴き出している水の向こうから近づいてくる1機のポンコツが一瞬フラ付く姿を認めた。
ほぼ0気圧の宇宙空間に噴出している水――あるいはもうすでに氷だろうか?――は、地球上や火星付近にいたころよりかなり弱弱しくなっているとはいえ、それでもまだ確実に届いている太陽光に照らされてキラキラと輝いており、芸術的な感性やワビサビを理解するような器を持ちえない俺のような一般未満社畜人ですら、「美しい」と思わせる何かを持っていた。
「相対速度」
『30km/hほどで、そのぷりちー・ぼでーなら地球に棲む有象無象の阿呆でも飛び移れます。死に際の粘着力に定評のあるヤマトであるならば成功率は120%です』
「俺はその有象無象日本代表だからなお安心だが、追加の20%はどこから来たというのです?」
『ええ、失敗しても"ナガレボシ"からバラまかれたパーツを起点に三角飛びしてポンコツに張り付けばいいので、その成功率20%を加味しました』
「累積加算させちゃいかんやつでしょ」
軽口をたたきながらぐるぐる回る機体上で丁度いいタイミングって奴を待つ――待つといっても秒単位の世界だ。
以前であればとうに限界を迎え本体まで叩き戻されていたはずの脳負荷を示す赤警告表示は、今もまだ俺をアンドロイド体にとどめていてくれている。
これは火星ステーション時代、フルダイブを日常的に行っていたことと、アンドロイド体を手に入れてからはほぼ常時フルダイブを行っていたという訓練の成果でもあるが、実のところ一番寄与率が高いのは本体が保護カプセルに詰め込まれているということにあったりする。
星系外の技術であるが、ネットワーク・フルダイブにより長期間脳だけを酷使するという技術に特化した地球人にとって、この保護カプセルがもたらす恩恵は本当に大きなものだった。
――ちくしょう、AIがイカれやがった!
なにやらサブ音声めいた声が聞こえてくるな?
『あのポンコツのシステムは全て掌握済みですので、内部音声の一部をヤマトにお届けしているのです。ラジオだと思ってもらえれば』
「そっすか」
『ところですでにタマヨリはポンコツのなかの四畳半に入っています。すごく狭いのでさっさと抜け出したいです』
「そっすか」
『最近ヤマトがとても冷たいのが哀しいです』
「ソンナコトナイヨー」
丁度いい感じのところに例のポンコツ・コルベットが来ている。
相変わらずタンクから噴き出している氷だか水だかよくわからんなにかが、俺に一部噴きかかり、俺(とその肉体であるアンドロイド)が着ている服をわずかにはためかせている。
無重力たる宇宙空間で水がかかるリスクは様々と言いたいところだが、これもまた生身(?)で宇宙に飛び出せるアンドロイド体ゆえにどうということはない。
「よっしゃ、行くか!」
凡そ直上といったポジション、俺はぐるぐる回りながら330m/secですっ飛んでいるYHI-100"流星"を足場に蹴り上げ、「アイ・キャン・フラーーーイ!」と叫びながら――当然この音を伝導する気体はこの空間には存在しないので誰も聞くことができない――俺は遥かなる宇宙へと飛び出した!
いい感じの機会が訪れず、これまで一度も宇宙遊泳というものを行っていなかったわけだが、こんな場面でやることになるとはいやはや人生とは何があるかわからんものだ、などとまるで老成したかのような感想を抱きつつ……ニコイチ・ポンコツ・コルベットの装甲部分に無事とりつくことに成功した。
俺にとっての遥かなる宇宙への旅立ちは0.5sec程度で完了してしまったが、本体がお亡くなりにならない限り、今後も好きに楽しむ機会はあるだろう。
『アイ、キャン……フラーイ……ぷー!クスクス』
「伝わらないはずの声を拾ってまるで大草原はやしてるように笑うのやめてくれませんかね?」
我が愛すべきAIBOたるタマヨリにだけは声?が伝わってしまっていたようでとんだ恥をかいたものだが、実のところジャパニーズ・アラフォー・オヤジの無能寄り凡夫である俺は、これまでの短いとは言えない人生の中で文字通り死ぬほど恥をかいてきたわけでして、この程度の恥なんぞ正直に言って捨て去るほどのものじゃない。
年寄りの年寄りたる所以……そして年寄りに対しそれなりに敬意を払うべきじゃないかとわずかながらにでも思える理由は、彼らの口からとめどなくあふれる自慢話にあるわけではなく、死ぬほど積み上げてきた失敗と恥の歴史にこそある……と俺は思っている。
そのあまりにも豊富すぎる失敗経験を、自慢話だけをしたがるその口から聞き出すことの難易度を思えば当然だろう。
ともかく、タマヨリが示すナビゲートの方向を見ると、丁度いい具合にハッチが開いていて、俺は船内に簡単に侵入することができた。
――ちくしょう、システムがフリーズしまくっててAIのサポートが受けらんねえぜ!
――あー、再起動とかやってみたか?ていうか悠長なこと言ってる間に俺も死にそうなんだが!?
ハッチが閉じれば与圧がかかり、艦内に空気が満たされまるで地上にいるかのように音が聞こえてくるようになる。
ラジオ音声では艦内のパイロットの独り言しかきこえてこなかったが、どうやら海賊同士で――当然といえば当然だが――通信を行っているようで、その内容が機密扉の向こう側……つまりコックピット側から漏れ聞こえてくる。
「ていうかひでぇなこりゃ。割り切ってるといえばそうなんだが、内装の事なんざ微塵も考えられてないじゃないか」
『まあ、動けばいいって感じですね。ちなみに量子サーバの容量もキッツキツなんでタマヨリ死にそうです』
「ダイエット……まあ量子AIにダイエットは無理か」
『なんて……なんてご無体なことを!』
その無駄な性格設定を削り取れば容量問題もかなり解決しそうなものだが、という感想はごみ箱に捨ておくとしよう。
現状のタマヨリは、もしものときのためのバックアップデータは火星ステーションに送信済みであり、YHI-100"流星"の量子サーバを破棄して、クラッキングしたこのポンコツ・コルベットの量子サーバを完全にのっとっている状態だ。
演算系の性能に関してはそこまで差はないのだが、莫大なデータ量を誇るアンダーソン謹製のAIを余すところなくぶち込むには、こちらのポンコツ・サーバではギリギリいっぱいのようで、タマヨリは先ほどから狭い狭いと不平ばかり言っているわけだ。
不平不満とよくわからん古典ジョークやその他色々の多いタマヨリではあるが、俺は彼女の性能自体に何の不満も持っていない。
どれだけ不平不満を並べ立てていたとしても、同時に俺の行動をしっかりとサポートし続けてくれているからだ。
例えば、今俺がコックピットに向かおうと一歩踏み出すと、フリーズしている艦内システムのため開かないはずのドアが音もたてずに自然に開いたように。
「あー、そうか。再起動か、ていうかリセットボタンか!」
古めかしい宇宙物のパイロットが如きパイロット・スーツに身を包んだ海賊パイロット君が怒鳴るように通信機に向かって喋りかけながら、システムのリセットボタンを連打している場面で俺はコックピット・ルームに侵入することになったようだ。
「リセットボタンを親の仇のように連打してるところスマンが、操縦桿を右斜め奥に押し倒さないと正面からくる弾が直撃して死ぬぞ?」
「おお?そうか!そういえば今戦闘中だったな!」
俺がそう話しかけると、その海賊パイロットは当然の出来事であるかのように操縦桿を言われたとおりに押し込み機体を制御、ほぼ同時にハーヴェイからぶっ放されたと思われる中距離レールガンの弾丸が艦を掠めていった。
「おお、あぶねぇ……いやマジで助かった……ぜ?」
「ドーモ、海賊さん。ディスカバリー・メイド・オヤジです」
俺は、名も知らぬ哀れな宇宙海賊君の頭部……つまりヘルメットに手をポンと置いて、にっこりと微笑みながら事実を告げる――もっとも見た目はミステリアス・ジャパニーズ・ビショウジョなのだが。
今まであえて言わなかったのだが、冥王星軌道ステーションにて、俺はシルビアとのいつもの賭けバトルに敗北し、メイド服に着替えていた。
ちなみにラーヒズヤにいたっては女性もののビキニ・スタイルなので、俺ら同期組全員彼女の犠牲者であるということだけはここでお伝えしたい。
みんなクソ真面目な顔で任務にあたっていたのだが、正直言って映像化するにはあまりにも見苦しい状況なので、細かくお伝えすることは色んな意味で憚られてしまう。
「エエエエエエエエエエ、メイド!?ナン!」
「それ以上はいけない」
危険な香りがしないでもなかったので、掴んだヘルメットをアンドロイド・ボディの怪力を活かしてそのまま思いっきり捻ると結構嫌な音が聞こえてくる。
このパイロット・スーツは、そのまま宇宙遊泳にも使えるもので、しっかりと機密が保たれているため、彼の者のヘルメットに据え付けられているバイザー部に赤い液体が飛び出して付着し、それで満たされていくところが見える。
正直言って、俺はこうなったら吐いたり気持ち悪くなったり気分が悪くなったり、そんな感じになると思っていたのだが大間違いだった。
それは、俺が冷血野郎だとかサイコパスだとか、そういうもっともらしい理屈ではなく、もっとしっかりとした根拠に基づいた事実のうちの一つが理由だ。
アンドロイド体には胃がないので、逆流するものも当然ない……そういうのがないので気持ち悪くなることは無い。
実際脳ストレス値は多少上がったので、やはり現実での人殺しという事実によるストレス自体はあるようだ。
実際には鬼ごっこ中に数人はぶち殺していたはずなのだが、やはり己の手で直接殺すという実体験に勝るものはない。
そしてなぜ多少かというと、ストレス具合という意味では、オーバーロードプログラムのほうがよほど高いからだ……トンデモ負荷を日常的に受けているから、殺人という負荷が頭の中で過小評価されてしまっているということだろう。
なお多分だが、本体で人を直接殺したら多分吐くと思う――それは生理現象と呼ばれるものであるので、"慣れる"まではどうしようもないはずだ。
そんな状況下、俺はビクンビクンと体を痙攣させている元海賊パイロットのヘルメットを右手でつかみ、左手でパイロット・シートをつかんで姿勢保持の補助を、右足で操縦桿を操作してハーヴェイ達の弾丸を回避している。
「タマヨリ、そろそろ姿勢がきついから偽装解除してくんね?」
『アイアイ』
声紋データでも採取してたのだろうか、すでにこと切れている海賊パイロット君の声が艦内に響き渡る。
「なんとかリセットが効き始めた、これで戦線復帰できるぜ!」
その声に対して、もう残り1人となってしまった海賊パイロット君の相棒からの通信が返ってくる。
――お前だけでも逃げるんだ。ここは俺に任せて先にいけー!
「なかなかカッコいいじゃねえか」
でもまあ、我が同期組達が彼らを逃がしてくれるとは思わんけどなあ、という言葉は呑み込んだ。
そして同時に、FCS信号やその他色々全てが書き換わり、先ほどまでレーダー上で"味方"であった海賊機は赤い"敵機"へと、そして前方の赤い3つの光点は緑色へと変化した。
それを確認したので、俺は電磁広域通信――ネトゲでいうならシャウトとか通常チャットにあたる――にてハーヴェイ達にも聞けるように通信を開始する。
「仮称ニコイチ・コルベット"ぽんこつ丸"、パイロットはヤマト・ナツキ。戦線に復帰する……まあ残り1機だけどさ」




