やるべきことをやれるだけ
「セーフティ・アンロック」
「「「「あいあい」」」」
シルビアの指示を聞いてから武装のセーフティを解除し、いつでもぶっ放せる体制を整える。
ほぼ同時にハーヴェイから、まだ十数kmは離れている敵機のマーキング情報が送られてくる――これは単純に「1・2・3」と数字のマーキングがついていて、指示された数字をロックして攻撃するために使われる。
何故ハーヴェイからこのようなデータが送られてくるかというと、彼がこのフリートにおける副官だからだ。
コマンダーが負うべき職務は多岐にわたり、その責任も重い。
5~6程度の極々小規模なフリートだとしても一人に全ての仕事を任せるのはヘヴィーすぎるし、かといって各自自由になんてやっていたら仕事にならない。
俺がこの仕事を日本人向きだと感じているのはこの部分で、下っ端から副官あたりまでならば日本人の基本技能が活きると思っている。
上司の仕事がやりやすくなるように空気を読んでお膳立てをするだけの簡単なお仕事。
これこそまさに、社会の歯車の得意技でもある――拘束時間はかなりのものになるが、その責任も業務量も、コマンダーと比較すれば圧倒的に軽いというのは重要な要素だ。
もちろん、強力なリーダーシップという能力を持って生まれる日本人だって当然いるからその限りではないのだが――世界的に見ても、実のところ専門教育無しにリーダーシップを発揮できる人間は常に一握りだ。
日本の基礎教育の特性として、誰かの指示を聞いてその通りにやるということ自体の親睦性が高いため、この仕事にもっと日本人が目を向けてくれさえすれば、宇宙産業のステップアップが可能になるとさえ思っている。
もっとも当然の話だが、日本人にだってどうしようもないくらいにそういうことに向いていないやつだってある程度は存在する。
どんなことでもそうなのだが、割合の話なのだ――日本人向きの労働内容である確率が高いという話だ。
日本人以外のこの仕事に対する向き不向きについては「知らんがな」としか言いようがない。
同じように日本で生まれ育ち、日本で教育を受けて日本の飯くって育って日本語使って生きている奴らの思考は、人種や肌の色の違いがあっても大して俺と変らん――つまり日本人そのものだ――と思っているが、俺自身がその本人であるわけではないし、日本以外で生まれ育った奴ならなおの事わからん。
つまり、俺の知ったことではないからだ。
単独で宇宙を飛ぶという業務に日本人が向いているかどうかはわからないが、調子に乗ってテキトーぶっこくまでの間ならば平気なはずだ。
何かをやるたびに指差ししながら「ヨシッ!」している間は平穏無事に仕事をこなせると思う……優秀なAIもサポートしてくれるし。
さて、現在海賊集団に向かってスラロームしながら近づいている状態だが、それは当然有効射程というものが存在するからだ。
宇宙空間なのだから数百キロ離れていようが関係ないといえばないのだが、タレットから直線状に発射される以上、距離が離れれば回避自体は難しいものではないし、正しい角度でもって電磁シールドで受ければ受け流しのようなことだってできる。
距離が遠いというのはそれだけ防御側にとって有利となる。
機体そのものの運動性能、タレットの旋回速度、弾丸そのものの速度、そして積み込まれているタレットの数とそのサイズを考えると、俺たちが乗っているコルベットからフリゲート、そしてデストロイヤークラスあたりまでの「有効射程」は2,3kmあたりとなる。
コルベットに至ってはそれよりも更に肉薄したほうがいい場合すらある――シールド強度や装甲厚が悲惨なため、受けるよりもタレット旋回速度以上の相対速度や角速度で動いて回避し続ける必要があるからだ。
俺たちがスラロームしながら敵の攻撃を避けているのは、シールドを無駄に消耗するのを避けたいからでもある――シールドというのは万能な防御手段ではない。
シールドが十分にある状態でも、直撃を受ければそれを貫通して装甲まで届くことだってあるし――というかそれが普通だ――、シールドジェネレーターのシールド展開速度を超えるダメージを受け続ければシールドは崩壊して、役立たずになってしまう。
そして更に言うならば、この太陽系においてシールドを積み込めるような資金力を持った組織というのはかなり限られている。
シールドはジェネレーターがあれば回復していくが、装甲って奴は勝手に増えてくれたりはしないものだ――リペアナノマシンとか生体金属的なのは地球ではやっぱり開発成功できていない。
だいたいからして敵の数がこちらの倍ということで、単純なタレットの数もこちらの倍以上なわけだ。
彼ら海賊が有効射程外から弾丸垂れ流している理由は当たればラッキー程度のものではあるが、シールドの有り無し関わらず存外有効な戦法なのである。
などと無駄な思考を垂れ流している間に海賊軍団とこちらの距離は3km程度となっていた。
「相手さんはコルベットが9にフリゲートが1……何気にバランスよくできてるじゃない」
「USAの巡洋艦出てくるかと思ったけど、思った以上にぶっ壊してたんかね」
「海賊ちゃんに巡洋艦が運用できるわけないじゃない」
「アッハイ」
ここまでくると実弾兵器の回避は人間の反応速度をとっくに超えているからムリゲーになるのだが、俺たちにとってはそうではない。
人間をはるかに超える反応速度を持つことができるアンドロイド体へのフルダイブに、人間を圧倒する思考速度を付与できるオーバーロードアプリケーションの二段構えがあれば、漫画やゲームの世界が現実にハローワールドしてくれるからだ。
現実世界でこれができるようになってくると、VRゲームで「~できます!」と言われても陳腐にしか感じなくなってくるから悲喜こもごもといったところであろうか。
実際、アンドロイド体フルダイブを行うようになってから、休暇中にゲームを楽しむことは極端に減ってきている――まあ、まだ研修中だからその暇もあんまりないというのは事実だが。
そんな現実世界に舞い降りたクソチートがあるが故に、軽口ぶっ叩きながら敵に近づけるという寸法だ。
海賊からすればたまったもんじゃないとは思うが、これもまた現実。
「そういや、相手さんのフリゲートは牽制射撃に参加してこないな」
「タレットは動いてるわよ……ロック先は、ヤマトね!」
『ロックされました』
我が親愛なるAIBOたるタマヨリの声を久方ぶりに聞いた気がする――もちろん普段からコミュニケーションは取っているが。
加速された思考回路や視神経など色々をつかって、相手さんの攻撃をうまく回避してやろうと待ち構えていると、フリゲート艦のタレットのうちの数個から光が見えた気がした。
『警告、装甲表面温度が急上昇しています。やったねヤマトのボイルが食べられるよ!』
「レーザーかよ畜生!」
「回避行動!その後アフターバーナー使って接近戦するわよ!」
例えば地球上で活動している戦闘機などのアフターバーナーは速度を調整するレバースロットルを一定以上押し込んでいくと起動されるが、こちらのアフターバーナーは、フットペダル(ようは車のアクセルペダルだ)を押し込むことで起動し、そのパワーはアクセルペダルのように調節可能だ。
アフターバーナーの推進力は前方側に向けてのみ発揮されるため、単純な回避や旋回能力を向上させるものではない――むしろ低下する――が、とにかく敵に肉薄したいときはとてもとても有効だ。
何しろ、通常航行ならば800m/sec程度の速度――コルベットやフリゲート艦の速度である――のものが、1500m/sec程度まで引き上げられることになる……もちろん構造材の耐久力を犠牲にすればもっと早くできる。
急速に引き上げられた速度に加え、ずいぶん荒っぽくなってきた回避行動がシートに座りシートベルトで固定されたアンドロイド体をギシギシと軋ませるが何も問題ないというのはありがたいことだ。
「シールドは60%消し飛んだ、装甲へのダメージは20%ほどだが直撃部位の劣化がヤベえ」
「OK、フォーメーションはCね」
「タンクかよ畜生、だが知ってた」
『現実世界では1度しか死ねません。堪能できないのは残念です』
「うっせ!」
指揮官によってどの敵を集中して潰すかというのはクセがでるものだが、どんな指揮官でも共通することが一つくらいはあるものだ。
――弱っている敵から叩け――基本であり、今のそれが俺だ。
アンドロイド体が爆散しても俺自身は死なないが、保護カプセルが潰れたらもれなく死ぬ。
こんだけ弾が飛び交う戦場とはいえ、保護カプセルに都合よく弾丸が直撃する可能性はそれほど高くはないが、それでもゼロにはならないし、そもそも宇宙海賊のテリトリーであるので、回収してもらうまでのタイムラグで海賊に破壊される可能性だって十分にあるだろう。
そもそも10の敵から狙われている現在、機体が爆散するまでに保護カプセルをきちんと射出できるかどうかという不安もある。
とはいえ、今現在はそんな不安に集中している暇なんてないので安心(?)である。
ともかく敵の先制で不利を被り、特定のメンバーが集中して攻撃されるという状況だって当然想定されていて、今回の指示によると俺が少しだけフォーメーションから外れて回避行動をとりやすい形をとることになる。
完全なフォーメーションを維持しようとすると、当然流れ弾の直撃など弾丸の通り道に味方の艦がある形が増えてきてより危険度が増すために、恐らく狙われるであろう艦をあらかじめ若干フォーメーションから外しておくことで全体の保全性を高めるというわけだ。
宇宙による戦いでは集中攻撃が基本になるため、誰が最初にこうなるかは完全に運次第ということであり……そして俺はめっぽう運が悪い男だ。
「さて、ロックオン。NO.1!」
「「「「あいあいさー」」」」
暢気に返事しているかのように感じるかもしれないが、少なくとも俺は顔真っ赤にしてクッソ必死である――アンドロイド体の顔が赤くなるかどうかは知らんが。
フォーメーションから少し外れるといっても置いていかれるわけにはいかない。完全に単独になってしまえば10機全てから確実に狙われてしまう。
フォーメーション的な形を維持し続けることで、相手にプレッシャーを与えることだってとてもとても重要なことだ。
ここで完全単独行動になって敵の攻撃をすべて回避してしまえばいいじゃないという勇者様思考の持ち主は、そもそもここにたどり着く前に宇宙デブリになって死ぬ――座学講義で散々見せられたビデオでそういう奴は沢山いたからだ。
そんなわけで、フォーメーション内は適宜アフターバーナーのスロットルを調節して俺がついてこれるようにしてくれている。
一方の俺は、三半規管が存在しないアンドロイド体であるのをいいことに、アフターバーナーペダルを親の仇であるかのように踏みつけながら全力回避運動をしながら無理やりついていってるという形である。
もちろんオーバーロードプログラムも全開であり、研修開始時ならば数秒でミノムシになっているかのような負荷がかかるわけだが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
さて、指揮官によってどの敵を集中して潰すかというのは癖が出るとは直前に俺自身が語った。
シルビアの狙いはレーザータレットを持っているフリゲート艦――おそらくこの集団のコマンダー機――へのカチコミである。
そして現在は射撃指令は出されていない。
この辺も癖が出るが、撃たれまくっていても射撃命令がでるまで射撃せずにしっかり待てができるかどうかも、俺たちが下っ端としてきっちり訓練されているかどうかを見るための目安にもなる。
今回は……合格点は確実だろう。
「さーて、ぶち殺すわよ!覚悟はいいわね?」
「「「「ウェーイ!」」」」
この先生き残ることができるのか、流石に現時点では誰にもわからないことだ。
やるべきことをやれるだけやって、それでも死ぬならば仕方ないというしかないのだろう。




