テーブルのないテーブルテニスは宇宙向き
「そろそろっていうかもうインタビュー始まるぞっていうか始まったんだぞお前ら」
「「うおおおおおおおおおおおおお!」」
あれから7時間後。
ハーヴェイの言葉に対して凡そ見た目にそぐわないガチ唸り声をあげているのが俺とシルビアのバカコンビである。
馬鹿が馬鹿やっているのはともかく――俺の事だが――、何故7時間も待機時間があったかというと、パイロットの国籍は見事にばらばらであり、そのタイムゾーンもばらばらだが、そのパイロットの国の記者が一か所に集まってインタビューが始まるので、その集まる場所にふさわしい時間帯になるまで待っていたという形である。
今回記者諸君が終結したのが、アメリカ合衆国のNASAであり、集まった国の記者の国籍はイタリア、インドに日本……そしてアメリカ合衆国の4か国だ――見事にタイムゾーンバラバラだな?。
で、馬鹿が馬鹿やっている理由に移ろうか。
まず待機時間ということでそれぞれ本体に戻って、各々の艦船に備え付けられているシャワールームでネトネト・ゲルを落として爽やかな気分になった後で仮眠をとり、軽く食事。
その後、俺が懸念した通りまたもやアンドロイド体にフルダイブして集合したはいいものの、いたずら女が暇を持て余し過ぎたのが原因で、テーブルテニスのテーブルがないバージョンという遊びを発明し、アジアで人気のスポーツでしょとかいうわけのわからない理由で俺が巻き込まれたわけだ。
この遊びはテーブルテニスやバトミントンというよりは羽子板遊びに近いだろうか……そもそも相手との間に遮るものなど一つもないわけだから。
ただし上方に放物線を描くように撃ち合うのではなく、直線状に弾丸のような速度で殺気を込めてスマッシュを連打しあうという意味ではバトミントンに近いと言える。
人間同士であれば反応しきれずといった感じで放物線を描くように時間を作って体勢を整えるなどもあるだろうが、地球人類の限界を軽く超えているアンドロイド体においては常時全力打撃のラリーが成立してしまうわけだ。
そう、地球人のトップアスリートをかるーく超える肉体性能を持つ、アンドロイド体同士の戦いだ。
シルビアはもちろん俺だって極度の負けず嫌いクソ野郎であり、ちょっとした暇つぶしであろうと、シルビアに負けるというのは文字通りの屈辱であり――実際は敗北の文字しか知らないが――、脳処理のオーバーロードを使ってでも勝つという意気込みで全力でバトルしているわけだ。
おかげさまで、インタビューをするためにNASAへ接続されモニタに映された記者たちが最初からドン引きするような超人決戦が繰り広げられているというわけだ。
こうなってしまえば、当然の権利のように事前のスケジュールなんて関係ねえ、俺はシルビアをぶち殺すまでは全力でやり続けるんだ!という義務感の元で頑張っているわけだが、頭部に強い衝撃と痛み――違和感を感じるかもしれないが、アンドロイド体は生身の肉体のように五感が備わっており、痛覚制御していないのであればきちんと痛みも感じる――を感じ、手が止まったところでピンポン玉が腹にめり込んだので今回もまた俺の敗北が決定されてしまった。
「なんたる……なんたることだっ!」
「フゥーハハハァ!アタシの勝ちブベラッ!」
俺の頭頂部にゲンコツくれてきたのはフリートの副官たる、親愛なる我がネガティブ・フェデレーションの兄弟、金髪碧眼の元軍人ヨハン・ハーヴァード・ハーヴェイであり、シルビアが吹き飛ぶほどのツッコミ・ヤクザ・キックかましたのはイタリア半島の糸引き姫ことクレリア・ステファニア・ガラッティだった――こういう時、そのツッコミ・アタックを正面から受けるというお約束を遵守する女がシルビアである。
ともかく、先に邪魔が入った俺にとってこの敗北は受け入れがたいが、勝負とはそういうものであり……故に俺はヨトゥンヴァインになって悔しがっているというわけである。
「インタビューだって仕事なんだ、きちんとこなそうぜ」
「畜生……ちくしょーーーーーーーう!」
およそ可愛らしいハイティーン・ガールにそぐわない叫びであるが、俺は39歳となった中年オヤジである。
見た目がどうであろうと俺は精神的不気味の谷理論にしたがい、中年オヤジの俺のままでいることを選んでいるのだ。
何も恥じることなどない。
この騒ぎの中、ラーヒズヤは当然の権利のようにソファに静かに座って、インタビューが始まるのを待っている……というか早く終わってほしがっている。
少しは手伝え、という修羅フェイスのガラッティの視線を受けてもビクともしない。
彼は彼で、シルビアとは方向性が違うが自由人である。
じゃあ俺はこんなはっちゃけていいのかというと、ぶっちゃけどうでもいい。
何しろ本体と容姿が違い過ぎるので俺が俺であると認識できるのは一部のディスカバリー社員くらいなものだからだ。
失うものがないっていうのは本当に人をヤバイ人にする。
「じゃ、あとは国籍別のブースに入ってインタビュー受けてね!」
「「「「アーイ」」」」
ハーヴェイが歩く先にシルビアもついていくものだから、ハーヴェイが俺のほうを向いてヘルプ的な顔をしていたが、スマンな俺は日本人なんだと手をひらひら振って日本国旗がくっついているブースに入る。
「こんにちは、なのかおはようございますなのか。5か月も宇宙にいるとわけがわからなくなりません?私は日本宇宙科学出版の鈴木です。本日はよろしくお願いします」
「ヤマトナツキです、今日が何日なのかもわかりません。よろしくお願いします」
例えば、壮大な発見をしたガチ科学者に対してその辺の記者(普通の人からすれば一流なんだろうが)が突撃していって、何かを聞き出そうとしても、その専門とする人からすれば、凡百のおっさん(例えば俺)と変らん程度のとんちんかんな質問しかできない。
まあそんなことを100年以上繰り返してきたのがジャーナリズムという奴だが、ここ最近ではようやく「専門的なことは専門家に」という形に落ち着きつつある――だいたいからして専門的な事柄を一般人にもわかりやすいように翻訳できるのも、その道の専門家しかできないのだ。素人では手も足も出ない世界というものはとても多い。
日本宇宙科学出版は日本における宇宙科学全般の取材を取り扱い、その記事や映像をTVやニュースサイトを運営する企業に提供することで商売として成立させている会社である。
その構成員のほとんどが宇宙に関連するものや学問を専攻し、専門としてきた人間であり、宇宙軍やらJAXAパイロットや学者様にはなれなかったあるいはならなかったが、宇宙とかかわりあうことを選んだ人たちの受け皿にもなっている。
まあ会社の経営陣で天文学派閥と物理学派閥などで殴り合いの喧嘩(比喩)をするとか、そういうニュースも稀に良く地球にいたころは見かけたので別に一枚岩というわけではないが。
「いやどうせならディスカバリーに来てくださいよ専門家」
「いやあ、ディスカバリーは流石にちょっと」
絵にかいたようなこの苦笑いである。
まあ、彼らのような専門家であれば、ディスカバリーを選ぶ理由なんて何一つないというのも事実である……ディスカバリーは妖怪たちの本拠たる霞が関がいじくりまわしたことで魔境と化しているが、他の民間企業だって宇宙に関わっている会社は沢山ある。
己や他人に対して胸を張れる宇宙関連の仕事が山ほどあるというのに、自ら進んでディスカバリーを選び日陰者になりたがる一流人はそう多くないだろう。
「では、当たり障りないところから始めていきましょうか」
「わかりました。問題ある箇所はAIが音声カットするらしいんで、こっちは気にせず喋りますよ」
直接対面式のインタビューでないのには理由がある。
ムーンベースまで連れてきて帰すコストってのは当然あるわけだが、直接対面式だと喋っちゃいけないことをカットできなくなってしまうのだ。
通常の光通信で地球上とやり取りするのであれば、ラグというものが確実に存在する。
そうである以上、その隙に問題ある点をAIがカットすることで追加で発生するラグがコンマ何秒か増えたところで何も問題はないし、お互い気楽にやり取りができるというわけだ。
例えばJAXAパイロットやムーンベース職員、もちろん宇宙軍の軍人だって喋っちゃいけないことってのは沢山ある。
我々ディスカバリーパイロットもそうだが、口に出したり伝えてはいけない機密を自然にカットできる、遠隔通信インタビューってのはお互いの為でもある。
でまあ……専門家に来ていただいて非常に恐縮なのだが、実際に宇宙に出てまだ間もないもんであんまり突っ込んだ話はできなかったりする。
もちろん座学で学んだ部分なら5か月間の8倍分詰め込んだだけあって、かなり専門的な知識を脳みそにぶち込まれてはいるんだが、経験が足りなさすぎるんだよなあ、やっぱり。
と思いつつ、自分なりに当たり障りなく……つまり日本人らしく無難にインタビューをこなしていくのだった。
自動検閲機能というものを思いついたとき、やっぱりラグのある通信っていうのは必要だなあと思いました。




