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月のケツのライフはもう0なんだ、0なんだよ

「はぁ~、なんかくっそ疲れた」

『お疲れ様です』


あのあと、特になんやかんやなく地球から静止軌道上の俺の愛機――というには付き合いが短すぎるが――に帰還した。

あんまり長期間機体を放っておくと、その辺の塵やゴミのちょっと大きいバージョンが期待にぶつかって損傷するなんていう恐れもあるにはある――その場合はタマヨリが回避高度をとってくれるが――ので正直あんまりやりたくない。

まあ、地球時間で数日程度なら、量子コンピュータに超高性能AIの予測値と大きく外れることはないので心配はいらないんだが。


「ところでラーヒズヤ、なんで隣で待機してるん」

「いや心配で。まあこっちの仕事はもう終わった」


中身おっさんに仕える騎士か何かかお前は。


「久しぶりの地球はどうだった?」

「ああ、F-108を操縦した」

「マジか」


本体のダイエットはもとより、アンドロイド体のマッスル・ダイエットは確かに必要だったことが証明された。

俺らH-1スタートのド素人組は、ワープドライブなどが搭載できる機体を購入するための貯金ができるまでは、太陽系周辺で活動するしかないのだから、地球への配送業務を請け負う可能性は今後もあるのだ。

その時、溢れんばかりの筋肉で超音速戦闘機のシートに体を納められないという事態に陥るわけにはいかないだろう。


「俺のほうの任務も終わった。暇だったから流星群とランデブーまでしてみた」

「すげえ羨ましい」


彼の言語(と言うには語弊があるが)は短文の連続だが、別にぶっきらぼうとかそういうわけではない。

彼の名誉のために言うが、想像を超えるレベルのコミュ障というだけであり、彼自身は心優しく、相手を少しばかり過剰に慮りすぎるだけのナイスガイだ。

コミュニケーション能力があまりにも高すぎるがゆえにコミュ障と表現すべきなのかもしれない。


ともかく、そんな彼の仕事は木星に突っ込んで散る流星群のリアルタイム撮影である。

彼の相棒たるAIが算出した最適な観測ポイントにカメラドローンを設置していき、あとは流星群が木星に突っ込んでいくまで待機するだけの簡単なお仕事。

ではあまりにも暇すぎるので、彼は流星群を出迎えすることにし、それらに影響を与えない範囲内に近づいてランデブー飛行することで、追加の映像まで撮影するというなかなかフリーダムなことをしでかしてくれていた。

実際に宇宙に出られる地球人は今の時代でもさほど多くなく、天文ショーは一大イベントのままであり、彼の映像は幾分か選別されるだろうが、それでも十分に重宝されるはずだ。


ディスカバリー・パイロットは宇宙の何でも屋……いうなれば宇宙冒険者であり、その性質はシルビアや3Mを見てわかる通り、自由人だ。

ぶっちゃけ俺たちの枷は、地球人に必要以上に系外の情報を話せないということくらいで、少々契約を拡大解釈して顧客を狂喜乱舞させるくらいは好きにしていいわけだ。

俺たち日本人はそれを(それが存在するしないに関わらず)義務感からやるが、彼ら超自由人は自分がやってみようと思ったからからそうする、その程度の違いである。


「なーんか二人とも楽しそうな仕事してて羨ましいわ。私なんてパスタの配送よ、パスタの」

「パスタ野郎らしいお仕事なこって」

「何も反論できないから嫌になるのよね」


イタリア宇宙軍の駐留ステーションへ、ムーンベースに届けられたパスタやピッツァの素材を超特急でお届けしたのが、今ようやく合流してきたガラッティである。

当然ながら定期配送レベルの量はお届けできないが、臨時配送の量ならばYHI-100でもなんとかなる……つまり今回は、クリスマスや年末パーティー用のパスタやピッツァだ。


イタリア人にとって、パスタやピッツァを食えなかったり、超絶クソ濃ゆいエスプレッソを飲めなかったりすることは、神を否定することより辛く悲しいことである。

イタリア半島の糸引き姫たるクレリア・ステファニア・ガラッティですら、エスプレッソやパスタを愛していると公言してはばからないほどだ――そして彼女にとってのナットウキナーゼは人生そのものらしい。

宇宙船に家庭用小型納豆製造機を当然の権利のように装備させているのは彼女くらいだろう。


アンドロイド体は食事を必要としないし、カプセル内にいる肉体はどういう原理になっているかしらないが、冬眠状態であるかのようにほぼ生命としての活動をしていないため、基本的に食事で消費するもの自体がほとんどない。

それでも食事こそが人生であるという基本的な概念を否定する地球人なんて一人もいないので、個々人で食料などはカーゴホールドに積み込んでいるし、ガラッティのように拘りの家電を積み込むパイロットも珍しいわけではない。

それでも、それでもなお何度でも繰り返してでもくっそしつこく言うが、納豆製造機を積み込む奴は絶対に彼女くらいだと思う。


パスタやうどんに人生かけてる少数の地球人種はそもそも宇宙生活に向いていないって、3Mにアドバイスする必要はあるかもしれないが――当然把握していることだろうが。


「で、どうする?完了報告はシルビアに言ってるはずだけどまだ連絡ないし、ムーンベースに行く?」

「マスドライバー射出は死ねるから嫌なんだよなあ……」

「それな」


ガラッティからの提案に俺が嫌悪感を示し、ラーヒズヤが同意する。

当然今はアンドロイド体なので、あの爆発的なGが俺を潰れたヒキガエルに変貌させるというわけではないのは知っている。

知っているが、あんな非人道的な体験は1回すれば十分なのだ。


「いや私、あの後ムーンベースに着陸してるから」

「ご愁傷さまで御座る。いや心から」


これが俺の本心。

というくだらない話をしているところで、シルビアから通信が来た。


「全員集まってるねー、嫌がってるところ悪いんだけどムーンベースに寄っといで。ムーンベースイイトコ、シルビアウソツカナイ」

「「「なんでカタコト」」」


杓子定規のツッコミを入れるものの、フリートコマンダーからの指示であるならば否応なしといったところで、全員ムーンベース管制にコンタクトをとってランディングの許可を得る。

ムーンベースは月の南極のエイトケン盆地の一角に設営されており、マスドライバーの構造物は、その盆地の淵から外に突き出るように建設されている。

つまり、地形を利用して最小限の労力で人が活動できるように作られている。


もっとも、エイトケン盆地自体が広大であり、地球上ならともかく酸素のない月面でヒトが生活できるような空間を作るのは並大抵の努力ではなしえなかっただろう。

2222年現在では、宇宙船のコックピットでも利用されているシールドスクリーンや装甲を使って天面や外壁が構築されており、内部では常時酸素が製造・放出されていて、与圧も十全にされているため、基本的には宇宙服は必要ない場所となっている。

盆地内の淵に沿うように施設が設営されているため太陽光で温めてもらえる時間はそれほど長くないものの、大型核融合炉を複数稼働させ、その潤沢なエネルギーをもって常時エアコンを稼働させることによって、ムーンベースとその周辺の気温管理もばっちりである。

一時期は常に太陽光に照らされることになる盆地淵に太陽光発電機を設営するなんていう案もあったそうだが、核融合炉とくらべてコストパフォーマンスが低すぎるし、太陽光発電システムを製造するために地球の土壌を汚染しまくるのはあまりにもクレイジーすぎるので見送られている。


環境汚染についてだが、大気など色々なもので塞がれているわけではないムーンベースにとって人類に不都合な気体などの物質は宇宙空間に放り投げてしまえばいいので、ムーンベースやステーションではあまりそういうのは考慮されない。

土壌さえ汚染しなければどうとでもなるのだ。


ランディングをするための施設はマスドライバーとは別の経路をたどらねばならないらしい。

一度ランディングをしたというガラッティに先導を任せ――もっともAR機能でランディング地点までのナビゲーションはあるが――て、俺たちはムーンベースに向かう。

エイトケン盆地自体が、月のケツ(南極)にぶち込まれた大量のでかくて硬いもの(比喩)の影響でできたクレーターだが、その中に更にあるシャクルトン・クレーターは格別といっていいクソでかくて深いクレーター痕だ。

シャクルトン・クレーターの深い場所は本当に太陽光が24時間ずっと届かない場所となってしまうので、太陽風から身を守るにはちょうどいいかもしれないが、あんまり住みたいと思えない場所でもある。

一応、そこにも出張所的な基地はあるそうだが、メインとなっている場所は盆地の中でも比較的日当たりの良い場所となっている。


当然、ムーンベースが建造された理由のうちの一つとして太陽光というものがあるが、実はエイトケン盆地の上空には弱いながら磁気圏が発生していることも大いに関係している。

これが太陽風の影響を和らげる天然のシールドになるため、ここに建築されたというわけだ。

もちろん、協定によって系外勢力の力を借りることができるようになった現在、ムーンベースやステーションのような重要拠点では大枚はたいて大型シールドジェネレーターが設置されているが、天然防御システムっていうのはノーコストなのでとてもとてもいいものなのだ。


大きなシールドスクリーンが太陽光を反射し俺たちを照らす中、高度を下げていって金属フレームの外壁部分に近づくと、その外壁のうちの一部――機密扉となっているようだ――が開いて誘導ビーコンが点灯しているのが見えた。

誘導ビーコンと管制の指示に従って微速という程度の速度で近づいていき停止すると、壁の中からアームが伸びてきて俺たちの機体をホールドしたような振動が機内を震わせるのがわかった。


これにはある程度のお題目があり、少し前に「土壌さえ汚染しなければ」と語ったように、核融合パルスが基本推進システムであるいじょう、シールドスクリーンの内側でそれを使って飛ぶわけにはいかないというわけだ。

月にだって重力はあり、重力井戸はあるが、核融合パルスであるならばその重力の軛を断ち切って飛び去るパワーは十全にある。

しかし汚染は避けられないため、マスドライバーで弾き飛ばすことによって月の重力圏を抜けさせて、月に汚染の影響を残さないという理由があってのマスドライバー・テイクオフとなっているということだ。


なお、正規軍などは核融合パルススラスターだけではなく、イオンジェットスラスターも装備しているため、マスドライバー以外のテイクオフも可能となっているそうだ。

何しろ、マスドライバー射出は肉体へのダメージがでかいから、アンドロイド体を使っているわけではないディスカバリーパイロット以外はあんまりやりたくないのだろう。


ともかくこうして、第六種補給品ではない状態として初めて、39歳となったオッサン(ハイティーン・ガール)は月に降り立ったのだ。

この一歩は小さいが、地球に棲むうだつの上がらない全ての社畜たちにとって大きな飛躍となることであろう。

……うん、主語がでかすぎるな。

ブラックホールの核を取り出して作った剣なら、漫画やアニメのようにどんな分厚い装甲でも切り裂けそうな気がするので、早急にアラレさんを開発していただき、ブラックホールに送り込んで欲しいです。

彼女ならブラックホールを割ることが能うかもしれませんし。

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