アフターサービスは業務外で
「株式会社ディスカバリーです、土星からのお届け物でーす」
こうなりゃヤケだ、クリスマス・イヴらしくはっちゃけてやるぜ死にたい!
表情筋というやつは一朝一夕で鍛え上げられるものではないのだが、そこはハイテクを超えた超テクノロジーの産物であるアンドロイド体、表情筋が壊死しているかのような本体を持つ俺でもハイティーン・ガール・スマイルは楽勝でできるが、多分それでもひきつってる。
「はーい、ってメイド!?」
「HAHAHA、上司の陰謀でして……」
俺は嘘を言ってねえし、俺は悪くねえ……まあ罰ゲームかけたガチバトルで負けたのが悪いと言われてしまえば反論もできねえが。
ともかく渡そう、荷物を。
「ではこれが荷物となります。受領確認お願いします」
といいつつ、視界内のUIをいじって相手に受領確認の画面を表示させる――もちろんこの時相手がARゴーグルを装着していなければ意味がないので、装着してもらう必要がある。
といってもこの時代に「お届け物でーす」と言った相手に対してARゴーグルなしで出てくる家主なんていないので安心だ――何事にも例外があり、その数少ない例外事例にぶち当たった場合は「紙」の用紙にハンコを押してもらうことになる。受け取り主が受領ボタンを押せばネットワークを通じて依頼主に伝わるわけだが、今回は個人依頼とはいえ軍人だから軍に報告が言っているはずで、そこ経由で葛西少佐のもとに報告が行くだろう。
ちなみにもう報酬は振り込まれた……わけだが、宇宙から地球までの配達って結構金かかるなと、しみじみ思ってしまうお値段である。
よほどの緊急事態でもない限り、こういう個人配送依頼なんてないだろうなあ。
「はい……と、そういえばディスカバリーというと、宇宙の会社ですよね?」
「はい。私もパイロットですよ。現状だと"見習い"が付きますが」
これでも俺は社畜人なので一人称が"私"であることに違和感を持ったりはしないが、普段が"俺"なのは工場生活が長引くにつれて定着してしまった形だ――もちろん工場労働者の中にも一人称が"私"である男性はいるが。
まあ今は女性体なので余計に問題ないわけだが、ここで"ボク"とかやっちゃうのはまずい。
現実でその一人称を喋るのは、見た目どうこう以前に痛いってレベルじゃない。
「どせいー?」
「うん?火星から月、月から土星に行ってまた地球に来たって感じですねえって、ああ、この子が葛西さんがおっしゃっていた娘さん?」
女性の背中というか腰元に引っ付いている小さいのにようやく気付くことができた。
身長は1メートルほどだろうか、おそらく母親であろう目の前にいる女性の腰にしがみつくようにして俺をガン見しているこの子が、クリスマスプレゼントのお相手ということだろう。
というかこの年頃の子供がいるご家庭の大黒柱を宇宙に連れて行くなよとは思うが、日本の宇宙軍は完全志願制の上にある超絶エリートのうちの一握りしか行けないから自爆なんだよなあとしか言いようがない。
「ええそうです。ほら、御挨拶して?」
「どせいみたーい」
『ええぞ、ええぞ!』
だからタマヨリお前の語彙は何なんだよ、といつも通り喋るように"彼女"に話しかけると変質者の仲間入りしてしまうので、脳波操作でツッコミを入れるに留まる。
それと同時に「見せられる」映像が送り込まれてくる。
「ちょっ……すみません」
「うーん、軍基地ステーション内部の映像はお見せすることはできませんが、土星周辺ならなんとか?」
なんとかいうても、口から記録媒体を吐き出すみたいな手品はできないし、このちみっ子の年齢だとI.E.S.手術対象外だからデータも送れない。
故にテレビモニタかなにかで映すしかないのでおうちにお邪魔せざるを得ないのだが。
一般的な日本人にとって、ディスカバリーや宇宙関連企業などと身近にあるはずなのに、自分が宇宙に出てやろうっていう奴は今でもそれほど多くない。
もちろん日本人らしく尖ったレベルのSFマニアや宇宙オタクは数多くいるのだが、そういう奴はとっくにズッポリとディスカバリー沼に入り込んでいるし、それ以外の企業や軍で宇宙に出られるのは前述の通り、超絶エリートマン達だけである。
そんなわけで、近くて遠い世界なのがこの時代の日本人にとっての宇宙観なのだが、父親という短すぎる存在が宇宙にいるこの幼稚園児のちみっ子にとっては気になる場所なのかもしれない。
『ああ、めんこうのう……めんこいのう』
『お前一体何なんだよペドフィリアかこの野郎、やめてくださいお願いします』
『ちがいますよーう、タマヨリこれでも女性体なんですよ!』
仮にも俺の契約を司っているAIがちみっこ全力忖度姿勢だと今後に差し障りそうなのでやめてほしいのだが。
『いやよくよく考えてみると、お前もクソガキだろうに』
『AIの0歳児はヒトのそれとは違うのです!』
このキャラクター性のブレっぷりは間違いなく子供なのだが、確かにヒトの0歳児じゃそれは不可能だな。
地球圏に入ってからタマヨリの暴走っぷりはなかなかにひどく、多分最新の情報を仕入れまくっていろいろハイテンションになっているのだろう。
できたら彼女の情報源となっている便所の落書きの集合体を叩き潰したいところだが、あそこはあそこで有用だったりするのでそっとしておくとしようか。
「ええと、では娘に土星の映像を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「業務外ですが、少しくらいならいいですよ」
まずディスカバリーの理念としてあるのが「誰でも宇宙パイロット」である。
そのために何が必要かと言ったら、地球人にとっての宇宙をもっと身近にする必要がある。
配送というミッションの業務からは外れているが、地道な啓もう活動というのも広義でいう業務の一つだ……ただし金にはならんが。
いつの日か来るかもしれないし来ないかもしれない同僚または後輩または、何故か神に愛され無双するようなまだ見ぬ英雄譚の主人公たちのためにこういう活動は必要だし、アフターサービスを手厚くすることでディスカバリーの評判を上げることだって重要だ。
何が言いたいかというと、日本人の顧客は1円にもならぬアフターサービスを当然の権利のように求めるので、日本の企業はそれに当然の義務が如くそれに答えなければ、この先生き残れないっていうだけの話だ。
よく見ると、名も知らぬちみっこは目をキラキラさせて俺のほうを見ている。
そりゃフリルがついたフリフリなメイド・ドレスを着たねーちゃんが俺なのである。
園児とて女性は女性、なにやらハイカラなドレスめいたものに憧れを持つのは想像するに難しくないが、だからと言ってこれに憧れるのはやめておいた方がいいと思うのが当然の思考である。
まあ、それは口には出さない。
「じゃあ、土星みせたげるから案内して?」
「うはーい!」
「はーい」と「わーい」を同時に言えばこうなるだろうか、ちみっこは俺の胴――母親の身長ならば腰だが俺にとっては腹となる……哀しいぞ!――へと飛び込んできて、その後は手を引っ張られるようにして屋内へ案内されることになる。
みぞおちに全力で身長1mの質量を持つ物体が突っ込んでくれば、常人であれば「ウボァ!」といううめき声が漏れてしかるべきだがそこはアンドロイド体、園児や大型犬程度が前進の体重をかけてミサイルのように突っ込んできてもビクともしないのはマジで便利だ。
かといってカッチコチの金属ボディというわけではなく、ヒトめいた柔らかさを持ち合わせているので、このちみっこたる園児がひしゃげて負傷するというような心配をする必要もない。
そうしてリビングに案内された俺はテレビモニタにI.E.S.経由で接続し、タマヨリから送信されてきている土星周辺の映像などをモニタに映しながら、ちみっこや葛西婦人に解説をする簡単なお仕事をするわけだ。
葛西婦人はARゴーグルはおろか、I.E.S.接続コネクタすら見当たらない俺が当たり前のようにI.E.S.系の操作をしていることに首をかしげていたが、俺があまりに自然にふるまっているから途中でその疑問すら忘れたようだ。
ちなみに俺は、アンドロイド体生活に慣れつつあり、地球じゃそれはおかしいってことを完全に忘れていたし、タマヨリも完璧に忘れていた。
なおそれで後々騒動が起こったりはしない……ディスカバリー職員は何か頭おかしいっていうのが地球人共通の知識だからで、それである意味助かったともいえる。
見せた映像は、土星から距離15万kmほどという超至近距離――土星の環の外延部がだいたい12万kmほどだ――で、そこから一気に土星の環に近づいて、その周辺をかっ飛ばしてドライブしたり、80個以上ある土星の衛星のうちのいくつか、つまり主要な衛星を肉眼による光学観測できる位置まで移動して見学したりと、我ながらテンション上がりすぎて遊びまくった時の映像である。
そうやって説明している間、園児たるちみっこは俺の膝というか太ももの上を低位置と定めたのか座っており、母親は大変恐縮していたが、俺が本体であるならばいざしらず――通報されかねない!――、文字通り人畜無害そうなハイティーン・ガールの俺なので別に断ったり引きずり下ろす必要もないのでそのまま受け入れていた。
やはり、父親がいるという土星という場所が気になっていたのか、それとも園児なりに宇宙というものに興味を持ったのか、それはこのちみっこの心の中を調べてみないとわからないが、この年頃の園児にしては珍しく、非常に大人しく、そして真面目に俺の解説を聞いてくれていた。
そんなちみっこに気をよくしたのか、タマヨリは惑星から発せられる電波やプラズマ、あるいは磁場などを可聴化してみるという古典的な手法、データ・ソニフィケーションまで引っ張り出して送り付けてきた。
いやこれはダメだろう、子供のうちの聴覚効果による恐怖感ってのは以外と馬鹿にならんもんだゾと思いつつ、もしかしたら嫌がるかもしれないがとデータ・ソニフィケーションの話を母親にすると、今度は彼女が興味を示したので、土星の音声データを流してみた。
土星のオーロラから放たれる電波を音声化すると、超古典的な日本の怪談話に流すべきBGMめいたものになる。
確かに俺の膝というか太ももの上に座り、俺の上半身にひっついて映像を鑑賞しているこのちみっこの体は「ビクッ」としているが、それでも画面や音から気をそらすこともなく、データ・ソニフィケーションは実際に土星がこの音を流しているのではなく、発せられている電波などを音に変換して人間でも触れられるようにしているだけという解説に真剣に聞き入ってくれていた。
小学生を超え始めると、嫌いなものでもある程度は打ち込まざるを得ない人生になっていくが、彼女の年齢はそうではない。
興味があるもの、好きなもの以外にははっきりと拒絶するという、当たり前のことを当たり前にやるお年頃だ。
このまますくすくと、宇宙が好きなまま育ってほしい。
まあ、それでも彼女にディスカバリー入りして欲しいかというと、そうは思わない。
どうせならエリート街道を突っ走ってほしい。
老婆心(男なので)ならぬ、ミドリエイジマンズ・ハート(おっさんでありジジイではないので)でそうおもうのだ……ディスカバリーでやっていくのはやっぱり茨の道すぎるわ。
データ・ソニフィケーションは好物のうちの一つです。
そういえば、先月からベテルギウスちゃんの霊圧が弱まっているらしいですね。




