ダイヴ・イントゥ・ザ・ヲトメボディ
『もう少しで月重力圏です』
タマヨリからのアナウンスが入る。
このくらいまでくればダークマター通信によらない、通常の電磁波による通信でも大してラグが発生しないだろう、と思われる距離なので、月にいるはずのシルビアに対して連絡をする。
「こちらヤマト。シルビア、荷物受け取ったんだがこの後どうすりゃいいんだ」
「ハーイヤマト、相変わらずかわいい声ね。同期軌道上から地上のアンドロイド体にダイヴすればいいわ。IDリンクはされてるから飛べるし」
「可愛いは余計じゃ。つうか地上の体もコレなん?」
「もち」
望みは絶たれた。
星系外超技術の賜物であるアンドロイド体の片割れたる種子島のマンションに座っているであろうビショウジョ・ボディのほうもすでにアクティベートされているというのはまあいいだろう。
宇宙からダイヴってのはちょっと勇気がいりますゾ、と思うが……よく考えてみたら3Mの面接と同じ状況か。
2222年となる現代では地球はもちろん、月と地球を結ぶ空間の間、衛星も含めて濃密と言っていいほどのネットワーク網が張り巡らされているが、それを利用するのかなあもしどっかで詰まってたらヤダなあと思うが、仕事なのでやらざるを得ない。
というか、今現在ダイブ中なんだけど、そこからさらにダイブって……
『できるみたいですよ』
とはタマヨリの言。
まあ宇宙空間にいたままダイブして、船を放置っていうのはよほど安全が確保されている宙域以外ではやらないっていうかできないだろうから、地球限定の裏技みたいなものだろうなあとは思う。
同期起動周辺にもデブリはあるし、塵やらゴミやらがすっ飛んでくることもあるが、よほどの大物が飛んでこない限りはシールドがなんとかしてくれるだろう。
「……やっぱ不安だわ。ネットワーク・アクセラレータ使ったほうがいい?」
『射程的に地表まで届かないので無意味です』
「はい」
ネットワークダイブは、電磁波を使う地球でも普通に用いられているネットワークを介して使うものだ。
ダークマター通信は非常にクソ便利な機能だが、その性質上ダイブに使用するネットワークとして、こいつは使われていないはずだ――だからこそ本体をカプセルに突っ込んで宇宙を飛んでいるわけだから。
脳波操作でUIを操作していくと、待機状態となっている種子島宇宙センター周辺にある片割れの存在を検知することができた。
「宇宙技術ってのは、便利なんだか不便なんだかよくわかんねえなあ」
目をあけると、非常に短期間――といっても3か月ほど――住んでいた、種子島のマンションの一室に、俺はいた。
ディスカバリー社が管理しているマンションで、出張所も1階にあるのでまずはそこに行けばいいだろう。
「で、なんでメイド服なんですかねえ……」
残念ながら、火星ステーションで受領した時のような服がたくさん詰め込まれていた段ボールがあったりはしなかった。
本体とアンドロイド体では体格に差がありすぎるので、俺元来の服を着てごまかすという手法はとれそうにない……着てるだけマシとポジティブにとらえることは可能である。
現実の俺がこの見た目の肉体を持っていて、日本で過ごしていたのならば、知り合いにあって心が死亡するという可能性だってあっただろう。
でも俺にとってのこれは現実にある完全なる仮想体だ……ヤケっぱち気味に言ってしまえば、失うものなんて何もない。
『そのまま1階のディスカバリー支社へ向かってください』
俺の独り言から数瞬遅れてタマヨリの声が聞こえてくる。
宇宙空間上にいるときと違い、物理的に距離があり、地球における通常ネットワーク越しでの会話となるので、遠隔地交信よろしくやり取りにラグがあるのだ。
アンドロイド・ボディの中にはダークマター受信機なんてないしな、ぶち込もうと思えばぶち込めるんだろうけど、そうなるとアンドロイドというよりはロボットめいてくる――どっちもたいして変わらんとは思うが。
「ちわー、火星ステーション所属のヤマトっス。軌道上から送信してたデータ受け取りに来ました」
「「「ナンデメイド!?」」」
知らんがな……俺はしょんぼりした顔でびっくりした表情の種子島スタッフに返す。
宇宙に出る前、3か月程度だが彼らと話したり遊んだりする機会があり、"大和夏樹"がどういう奴なのかは彼らは把握してくれている。
その俺(完全無欠の凡人型おっさん)がアンドロイドにダイブして、仕事とはいえ帰ってくると聞いて、ちょっとワクワクしていたら俺がメイド服着てやってきたんだから、まあそりゃ吃驚はするだろうさ。
「すまん、あっちのボスであるシルビアにしてやられたんだ」
「「「ああ~」」」
流石ディスカバリー社員、シルビアの破天荒っぷりは一応のところ知られているらしい。
ここまで規格外のやらかしをするってのは流石に想像の範疇を超えているだろうが。
「スマン、いろんな意味で時限ミッションなもんで、急いでもらいたいんだが」
ここは種子島、配送先は横浜であるため、長距離の移動をしなくてはならない……現在時刻は日本時間12月23日の昼過ぎと言ったところで、クリスマスプレゼントとしての配送業のため明日までには引き渡しを終えたい。
欲を言えば本体に戻って休暇と洒落込みたいところだが、現在は研修中かつフリートミッション真っ最中だからそれもままならん。
「ええ、今出力中ですよ」
何でもかんでもI.E.S.でデジタルデータ化できちゃう世の中だが、だからこそ物理的なプレゼントというのはこの時代でも映えるものである。
今回はビデオメッセージというデジタルなものではあるが、物理メディアにぶち込んで、クリスマス的なパッケージングまで行えば完全無欠のプレゼントとなる――ちなみに手書き(の再現になるが)のメッセージ付きで、パッケージングのデータまであのICカードに入っている、そうだ。
顧客のプライバシー的な意味で俺はその中身を一切確認していないからなんでもいいが、当然のことながらクライアントは軍人であるので、軍内部での検閲は受けている。
「ここからだと船便か、それとも飛行機で本州まで?」
「種子島飛行場にF-108練習機が駐機していますので、それで厚木空軍基地まで飛んでください」
「ワーオとして言いようがねえなオイ」
実際問題として、VR上ではあるがF-108は散々乗り回していて、ライセンスまで持っていたりするので乗る分には問題ないが……まあ宇宙飛行士がジェット機のライセンス持つってのは昔ながらの伝統らしいしそれはいいだろう。
しかし、F-108は単座式であるため自力で空を飛ぶ必要があり、メッセージの宅配程度の事に超音速ジェット機使用させるってのは豪快を超えて頭おかしいとしかいいようがない。
「というわけで、頭おかしいだろこの会社」
「契約順守、納期厳守がモットーです」
「アッハイ」
我が国において契約ってのはイマイチぼかされることが多いが、契約が持つ拘束力っていうのは契約を結ぶ双方に強力に作用する現代の呪いみたいなもので、実のところ太陽系外でも"契約"というのは同じように作用するそうだ。
そのため太陽系外での活動を重視して、太陽系外の各勢力からテクノロジーを積極的に輸入しているディスカバリーでは、ゲームめいた「ミッション請負」という仕組みの仕事を行っているというわけだ――つまり契約という呪いが密接に関係しているということだ。
俺とディスカバリーの間では、ディスカバリーは俺に仕事を紹介し宇宙での活動をサポートするという契約があり、俺はその仕事を請けて得た報酬の一部を"税金"であるかのようにディスカバリーに納めるという契約がある。
もちろん、気にくわないなら契約を結ばなければいいし、契約を結んだあとで解除したっていい。
それで失うのは金だったり時間だったり、もちろん信用だったり様々だが、契約で「命」がテーブル上に載せられていない限りは契約解除や不履行で"タマ"をとられることはない……契約結ぶ前にはきちんと契約書を読み込みましょうということだ
文字や音声データはダークマター通信でラグなく送信できるため、ディスカバリーに集約された各種ミッションを検索して受領することは、ミルキーウェイという銀河にいる限りは不便することはない。
また、通貨は太陽系内、または地球内と太陽系外でそれぞれ違うものだが、通貨レートは設定されていて、支払いごとに自動で変換され適切な通貨で決済されることになる。
もちろんそれは物理貨幣ではなくデジタルデータなのでその送受信も簡単で、ディスカバリーに納める金もAIたるタマヨリが勝手にやってくれる。
いかん話が飛び過ぎた。
「まあ、ヤマトさんは名前が名前ですから、見た目がどうであれそのまま通用するのはいいですね」
「哀しいなあ……」
その昔、ヨーロッパで男女平等の理想が少しばかり行き過ぎた時代があった。
その流れが世界中に少しずつ浸透していくにあたり、自然的にブラッシュアップされ、それなりの位置に落ち着いたわけだが、その代表的なもののうちの一つとして挙げられるのがパーソナルデータにおける性別欄の撤廃である。
生物学上の雌雄が無くなったわけではないが、名前年齢生年月日や住所などを閲覧する権限が付与されている人物――例えば警察など――が俺のデータを覗いても、性別はどこにもないため、「大和夏樹」という名前と、今のこの姿からどういう人物であるかを推測するしかなくなる。
なお、雇用は兎も角――雇用に関してはヒトが関与するため――人事評価については、以前言ったかもしれないがAIが判定しているので、完全に平等かつ公平になっている。
つまり、今この地球上において俺は、俺を知らないやつが見たらあらゆる意味で完全に女の子なのだ……路傍の石ころ並みの存在でしかなかったボンクラオヤジだというのに、哀しい。
現実世界でもフルダイブ的なものを目指している科学者さんがいるらしいっすね。
果てさて、私の妄想力はどこまで現実世界に追いつけているやら。




