0.3G環境下における前蹴り時のスカートの動きを数式で示してみろよ、それは多分美しい。
パイロット候補生たる我々にとって、YHI-100の受領後からの2日間は研修期間における最後の休日となる。
というのも、この休みが明けてから30日間は、ずっと現実の宇宙空間に出ることになるからだ。
ようやくディスカバリーの社員として活動する日が来たということでもある。
この大事な二日間、どう過ごすかで今後の一か月間のモチベーションが決まる……というほどのことはないが、やるべきことはやっておく必要はある。
『で、向かうのがアンダーソンのところですか』
「そうだぞ、アンドロイド体でオーバーロードしても骨がボッキボキになり腱が千切れて肉が裂けて空気の壁にぶち当たって皮膚が破裂して死ぬって可能性はほぼないと思うから、それ用に調整してもらうんだよ」
そもそも訓練用のVR空間の物理法則は現実世界に準拠しており、肉体も現実世界のものそのままが適用されているので、訓練で俺たちがオーバーロードを使うと、性能を十全に自重しない限り実際にそうなって死んでしまうのだ。
十全に自重しても、元来人類が発揮できる以上のパワーやスピードを使うことになるので、肉体は過負荷となり一瞬でボロボロになるのは変わりないが、アンドロイド体ではそういうことは起こらないそうだ。
シルビアが1回の訓練で何度も何度もオーバーロードを使って平然としていたのがその理由のうちの一つだろう――もちろんオーバーロードを使用することによって発生する脳負荷に耐えられるI.E.S.との親睦性はとても重要なファクターだ。
前日の夜は凡夫面組としてマッチョのハーヴェイと、何故か混ざってきた3Mも巻き込んでしこたま痛飲したため頭痛が酷かったが、アンドロイド体にフルダイブしてしまえば……首から上の痛みや不調はごまかせないんだよなあ……。
「二日酔いでフルダイブとかマジ勘弁なんだが、宇宙生活だとほぼほぼアンドロイド体で活動なんだよなあ。フルダイブしっぱなし生活に慣れないとまともに宇宙にも出られんとなるとやらねばなるまい」
『不承不承感の本質をギリギリついていないところに哀愁を感じます』
「そらそうよ……」
ゲーム内で女キャラプレイするならともかく、現実世界でアラフォー・オヤジが美少女プレイするとなると口に出すのも憚られるような……そう、敗北感だ。
何に負けるとか勝つとか、そういうのは一切ないというのはわかっているしご理解もしているのだが、何故だがそういう敗北感が常に俺のリトル・アラフォーにのしかかってくるのだ。
案外、アンドロイド体は自分と同一の見た目のものが配布っていう通常のルールは、重要な事だったのかもしれないぞ。
もっとも今回の敗北感は、ハイティーン・ガール・ボディーで活動しているという理由だけではない。
ダニエル・アンダーソンから「ちょっと手伝ってほしいことがあるからジャパニカル・メイド・ドレスで来い」と言われているのだ。
もちろん俺に対する嫌がらせであるということは百も承知で、それに従う謂れもないのだが、タマヨリの突撃権(彼や彼のパートナーであるAIと遊ぶ権利)を天秤にかけられてしまっては抗うすべなどあろうはずもなく。
そんなわけで俺はジャパニカル・メイド・ドレスを着込んでステーションの通路を静々としおらしく歩いているというわけだ。
その理由?いつも通りズカズカ歩いてたら、持ち上がったスカートが降りてくるどころか、天に向かって飛びあがるからだよ畜生め!
「そういやタマヨリ、ダニエルのAIの名前は突き止めたのか?」
『いえ、タマヨリが勝つまで教えてくれないそうです』
いつになるやら、今この瞬間でも負け続けているわけで。
開発部の区画は、エンジニアごとに個室が割り当てられているので、区画内を出歩いている人間はそれほど多くない。
多くないのだが、0.3G環境でハイティーン・ガールがスカートを履いて歩いているという異常事態は目立つので、早々にアンダーソンの部屋に入室すべきであるということには変わりない。
というかここに来るまでにすれ違った人の二度見三度見が半端なかったんだよ、何気に他人の視線に敏感になりつつあるのが嫌だ。
PTSDになったらシルビアをアメリカ式に訴えて大金せしめて悠々自適に暮らすことにしよう。
「自意識過剰ってのはこういうものの積み重ねで誕生していくのかね、アンダーソン君」
「ああ、そのようだ……ところでドアを蹴りあけるのはやめてくれないか。オメェで俺のビッグ・ボーイがエレクトしたら……その後はPTSDまっしぐらだぞ」
「今の見た目がコレとはいえ、中身は冴えないおっさんだからなあ。なんでこんな無駄に精巧な作りなんだよ」
人類のオスというのはなかなか現金に作られていて、中身がどうしようもないおっさんだと理解していても目の前の容姿のほうに脳は引っ張られてしまう。
おっさんでハッスルしてしまったというショックからEDになるという、とてもとても辛い人生を彼に送らせる趣味はない。
持ち上がって丸見えになっている足元から上のほうをなんとかすべく手でバタバタと動かしスカートを引きずり降ろして、だいたい正常なポジションを取り戻すことに努めることにした。
ちなみに、近代どころか未来技術感がある宇宙ステーションだが、彼の個室だけはレトロな雰囲気を保っていて、木製のドアにドアノブと鍵がついているタイプのものだ。
おかげでノブをひねってから蹴りあけるという楽しいことができるのだが、今のこのボディでやるべきではなかったといえる。
「まあ自重してくれれば構わない。というかすでにステーション内でお前の、っつーかお前のアンドロイド体の噂が広まっているんだが」
「見た目が小娘だからすげー目立つんだよなあ……まあいいよそんなことは。仕事を1つ頼まれてくれ、アンドロイド体用のオーバーロード・システムだ」
身体能力ってーのは限界まで使ってみないと存外わからないもので、限界まで使う羽目になるようなことは現実世界で普通にのんびり過ごしていると滅多にないし、それを試すための場所もあんまりない。
現代ならVR世界があるのだが、VR世界に現実世界の肉体データを正確に反映させるためには、やっぱり色々と測定を終わらせなければならない。
ではアンドロイド体でも同じように体力測定するのか、というとそういうことはない。
開発元からアンドロイド体のデータは送られてきており、一般地球人社畜男性の限界値よりもずっと正確な身体能力が数値として把握できるのだ。
そしてここからは個人的な問題となるわけだが、元の体と身体能力に違いがありすぎて、かなり訓練を重ねなければ、この能力をうまく扱えるようにはならない。
空想の人間あるいは主人公なら、元がニートだろうと普通の学生であろうと、どれだけ元の肉体からかけ離れた能力があろうがすぐに適応してしまえるだろうが、現実の人間はそう万能多才にはできていない。
ぶっちゃけオーバロードなんぞしなくても、オーバーロードを発動させた状態にほど近い身体能力を出そうと思えば出せるらしい。
故に今必要としているのは、脳処理の最適化バージョンだ。
「んなもんタマヨリにやらせりゃいいんじゃねえか?」
「タマヨリは遊びに忙しいんだ……」
『忙しいのです』
「アッハイ」
相棒がこんなので大丈夫か?という問いには、うまく答えられそうにない。
俺自身がそれを許可してしまっているので余計にだ。
一章部分はここまでで、ようやく宇宙に出られるようになります。
そうなったらそうなったで、説明がまた長いんですが(反省点




