何事もなく過ごす平穏なる一日
いくらなんでも毎日死んでいるわけではない、これだけはお伝えしたかった。
罰ゲーム宣言からしばらく、ハーヴェイはやつれているしラーヒズヤは少しずつ細くなっている。
俺はいつも通りおっさんで、ガラッティはイケメンだ。
「うるさいわね!」
「何も言ってねぇよ」
今現在は飛行訓練を行っていて、その前段階である地球大気圏内での飛行シミュレーターでは、無事ラーヒズヤの恵まれ過ぎた肉体はコックピットに収まらなかった。
宇宙用艦船のコックピットスペースは地球の戦闘機よりはだいぶ広いがシートはそうもいかなず、特注するにしても各種インターフェースの配置など限度があるため、彼のダイエットは必須項目だ。
ただ仮想現実空間においては現実よりも圧倒的に自由度が高いため、彼が収まるギリギリのシートを用意して訓練が行われている。
「座っている、というよりは嵌まり込んでいるだけだ」
「ビルダーは引退だなあ」
実は操船のある程度以上は手動で行うことになる、そのためラーヒズヤみたいな恵まれ過ぎた肉体でシートに座るとかなーり大変な思いをすることになる。
AIは操船に多大なサポートを与えるが、特に戦闘機動においてはAIではなく生身の肉体で操作するというのが面白いところだろうか。
仮に同一性能のAI同士で宙間戦闘が行われるならば、開戦と同時にハッキングが行われ両者が機能停止して終戦するだろう……とはシルビアの言。
あんまりにもご無体な話ではあるが、弾丸1発撃つよりもハッキングで倒したほうが低コストかつ高効率なので、AIなら確実にそうなるとのこと。
ようは戦闘したくても相手に犠牲を強いたくても、完全にAI任せだとそうなることがないので人の手でやるってことだ。
当然AI以外の電子戦装備ラインナップも豊富なので、AIを過信しすぎると痛い目にあうだろう。
そんなわけで、きちんと操船するためにシートにきちんと収まる必要があるというわけだ。
そして飛行訓練だが、今はこのステーションの訓練生に配布される機体であるYHI-100という武骨な名前の艦船に乗っている。
マザーシップクラスに搭載される宙間戦闘機よりはだいぶ大きいサイズだがコックピットのシートは1脚の一人乗りのものだ――全翼タイプの戦略爆撃機のような姿というべきだろうか、もちろん翼で揚力を出す必要がないので全幅は狭い――しかし申し訳程度の翼はついている。
ステーションごとに艦船を設計製造している会社が異なり、この火星ステーションでは日本の広島に本社があるヤハタ・ヘヴィ・インダストリーが担当している――そのために機種コードがYHIとなっている。
この会社の艦船の特徴は『快速・高打撃力・低防御』のカチコミ仕様であり、なるべく足を速くするために装甲は薄めで、地球で生産できないシールド防御に頼るというものだ。
攻撃性能は折り紙付きで、同クラスのルーキーシップ(所謂100番船)に比べるとハードポイントの数が2つ多い6か所となっている。
配布艦としての基本武装はレールガンタレットが2門で、空気抵抗がない宇宙空間では空気の壁に邪魔されず発射され、初速そのままの速度ですっ飛んでいくため存外悪くない武器カテゴリのうちの一つだ。
地球勢力、というよりは株式会社ディスカバリーとして提供できる兵装には3種類がある。
内製可能なものから、星系外から輸入しないとまともに賄えないものまで様々で、もちろんディスカバリーで扱っていない兵装も、この銀河には沢山あるそうだ。
消費されるエネルギーも核融合ジェネレータが実装されている今日ではたいしたことないレベルといえる。
費用面でもかなり安価であり、かといって武装として貧弱かというとそうでもない。
そもそも"攻撃力"が低い兵装を、カチコミが大好きなこの愛すべき広島企業が扱うわけがない。
対するデメリットは、レーザーと比べると物理的な弾丸を用意する必要があるという点。
弾薬を弾薬庫やカーゴホールドに詰め込む必要があるのは当然の事として、文字通りの光速であるレーザーに比べると、弾速は遅いうえにミサイルのように加速してくれるわけでもなく、目標を追尾してくれるわけではないという点だろうか。
レーザーのメリットはタレット旋回速度以内ならば的にほぼ確実に当たることで、重力によって滞留する濃密な大気というものがない宇宙空間――本当に"何もない"場所はほとんどないわけだが、地上ほど濃密ではない――においては、かなり親睦性が高い武装のうちの一つである。
デメリットは当然ながらいくつかあり、まず最初に言うべきなのは馬鹿げたと言い切るべき量のエネルギー消費だろうか。
ヤハタ艦でレーザーを運用しようと思うと十数秒ででキャパシタが干上がり、シールドシステムがダウンして死ぬことになる。
レーザーの射程は搭載する光学レンズのサイズと特性に因ることになる。
レーザーは光学兵器であるため、その効果を最大限に発揮できる焦点距離というものがあり、最大射程と最低射程の両方が設定されることになる。
最適焦点距離を外してしまうと威力が一気に減衰してしまうため、レーザー使いは繊細な操船が求められることになる――その幅は地球人感覚でいえば広く思うが、それを維持し相手を殺そうと思うととたんに難易度が跳ね上がる。
ミサイルは初速は遅いものの推進剤が残っている間は加速し続けることになり、その上一定以上の追尾性能があるためレーザーやレールガンと違ってタレット旋回速度に気を使う必要がなく、こちらも悪い武器とは言えない。
こいつのデメリットを上げるなら、同じ物理弾丸であるレールガンなどよりも1つ1つがあまりにも巨大すぎるということだろう。
ヤハタロマンを代表する商品の一つに、着弾と同時に爆発するのではなく着弾と同時に装甲部を目標としてパイルバンカーをぶち込むミサイルなんてものもあるが、ロマンはやはりロマンにとどめておくべきだろう。
なお地球の技術ではレーザー出力が弱く兵装としては不適格なので輸入するしかないが、おかげで目玉が飛び出てアルファ・ケンタウリまで自走してしまうくらいのお値段になっているそうだ。
ともかく、今現在の訓練内容はシミュレータ上の"何もない空間"でのフリーフライトとなっていて、これがまたとてつもなく面白くない。
大気圏内訓練では悪乗りしたシルビアに撃墜されるなどまあ色々あったのだが、宇宙船の操船は文字通りAIとの二人三脚となるため、段階を追って訓練をしていくらしい。
ここに来て初めての経験である……カリキュラム初日に死ぬ思いをしなかったというのは。大気圏内飛行訓練もカリキュラム内のうちと言われてしまうとぐうの音も出ないわけだが。




