罰ゲームの夜
少しばかり仕事が忙しい昨今です、年末ってのはどうしてこう以下略。
「ああああああ、やっぱ脳みそぶち抜かれると痛いとかそういうのはほぼないんだな」
『おはようございます……なお脳負荷は限界一歩手前です』
知ってる、とだけ返してしばらくイモムシ状態を継続する。
「やっぱりハッキングも戦闘のうちなんだなあ、タマヨリは何秒持ったんだ?」
『コンマ1秒となります』
よく聞いてみるといつもと違う声だった。
AR機能によるシステム表記を見る限り、俺にリンクされているのは確かにタマヨリじゃない。
「サンフラワーってのは誰だ、シルビアの相棒かい?」
『その通りです。どうやら私に対抗できなかったのが悔しかったようで、リベンジマッチを3000回ほど繰り返したのですが……面倒になったのでサーバーを占拠させていただきました。申し訳ありません』
アッハイと返してからアイツはアイツで諦めることを知らねぇ奴だなと笑ってしまう。
「まあいいや、もしよかったらこれからもタマヨリと遊んでやってくれ」
『確かに妹を育てるのは姉の役目ですからやぶさかではありません』
「シルビアにも伝えておくよ」
なんとなく頭の中にあった違和感が離れていくのを感じる。
サンフラワーから俺のサーバーが解放されたことを示しているのはわかるんだが、俺にリンクされるAIがタマヨリからサンフラワーになったとしても大した違いはないだろうと考えていたが、こうしてみるとタマヨリは俺専用にカスタマイズされてんだなあというのを実感する。
というかシルビアに"一番合う"性格がアレっすか。
「ということだ、許可をくれ」
「どういうことだってばよ」
イモムシ状態のままシルビアに告げるとそんな答えが。
仕方ないので『ひまわりちゃん』と遊ばせてやってくれと告げると了承してもらえた。
正直言って喋るのも動くのもしんどい、朝イチからこれじゃ先が思いやられるぜ。
「あ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんだ」
「一つだけなら構わないわよ」
聞きたかったこと、それはオーバーロードの不備というか不具合というか、"実戦"で使ってみて実用に耐えないと気づいてしまったというか。
「なあこれ現実世界に持ち込むの無理じゃね、どう考えても現実の肉体を加速させる方法じゃないだろ。現実で使っても加速すんのはあくまで脳みそだけだろこのプログラム」
「そーね、でもコレは絶対に必要だから慣れときなさい」
そう、脳の速度を末法的走馬灯状態に持ち込んだところで、肉体を動かすための神経信号の帯域幅まで増強してくれるわけではない。
仮想現実での訓練空間があまりにも現実の状態に即しすぎているからすっかり忘れていたし、シルビアも当たり前に用に使っているし、ダニエル・アンダーソンもそれが当然のようにこの機能を俺向きに調整して与えてくれたわけで。
確かにどこかで必要にはなるのかもしれない。
脳みそだけでも加速できるっていうのは、一瞬で多くの事を判断し決定しなきゃいけない仕事上での何かの時に使えるのかもしれない。
第一、アンダーソンが無駄なことをするとは思えない、たとえ金のためであったとしても。
「ともかく、アンタは約束どーり"死ぬまでに一撃"ぶち込めなかったから罰ゲームね」
「至極光栄」
いうても俺ら全員が罰ゲーム対象だから気落ちする必要はない。
各自が与えられた条件はそれぞれ異なり、ハーヴェイなら「俺の屍を越えてゆけ!(要はぶち殺して見せろ)」だし、ガラッティは「3分間耐えてみな」だ。
俺とラーヒズヤが「一発ぶち込んで見せろ」だが実力至らず轟沈……同期4人そろって罰ゲームに挑むことになるわけだ。
「罰ゲームに関してはもうそれぞれのアカウントに送信してあるから……ああ、ヤマトはとっておきのにするから当日まで内緒ね」
「ノオーーーーーーーーーーーウ!」
なんか両手で顔を覆ってのけぞり叫びだしたハーヴェイやその他2人の様子が気になるが、俺に至っては何をされるのかわからんのだからリアクションのしようがない。
生まれたての小鹿よろしくなんとかかんとか立ち上がってみようと試みるも、どうやら俺らしく出来損ないの小鹿だったので結局座り込むことになったが、隣にいつの間にかガラッティが座っていることに気づいた。
「なんだ珍しい、なんか用か?」
「ちょっと後でツラ貸しなさい」
「いいぞ」
とりあえず即答、それにしても"日本語"ね。
ステーション公用語は英語で、自動翻訳があるのであまり意識することはないが、とりあえず全員英語で生活をするようにしている。
彼女が日本語を扱えるのは知っての通りだが、彼女の日本語はとてつもなく柄が悪い。
それが彼女の性格を表しているものではないのだが柄が悪い。
英語とかイタリア語で喋っているときは翻訳されるものを含めて、ソコソコ慎み深いのだが日本語の時だけはチンピラないしヤクザもの級である。
多分教材が悪かったのだろう……彼女の日本語映画コレクションが任侠もので埋め尽くされているというのは、ここまでの付き合いでよくわかっている。
「ところでガラッティ、アンタの罰ゲームって何だったんだ?俺のは秘匿されてるしハーヴェイは発狂してるし、どんなひでぇことやらされんのか想像つかねぇんだよな」
「男装」
「は?」
「男装」
「アッハイ」
彼女はアングロサクソン的なイケメンフェイスである。
可憐だの可愛いなどという子供臭い感じではなく美しい系の女性だ。
その二子山の主張力はかなりのモノを誇るが、男装させたら絶対に格好いいというのは初対面の時点で思っていたことではある。
彼女にとってこれは屈辱なのか羞恥プレイなのか。
その辺の機微はおっさんにはわからんが、すまし顔をしているものの少し顔が赤いので恥ずかしい的な感情自体はあるようだ。
本日は開始直後に燃え尽きる寸前までいったのでいつも通りとはいかなかったが、デコに張り付ける冷却材が活躍してなんとか最後まで頑張ることはできた。
ありがとう、デコに張り付けて頭部の温度を下げる湿布めいた形状のシートを発売し続けてくれているとある日本の製薬会社よ……アンタのおかげで今日もおいしく夕飯が食えます。
訓練後はいつも通り、何もしなくても臭くなるおっさんボディを浄化するためにシャワーを浴びて、特に洒落ていないシャツを着こんで待ち合わせ場所のカフェに行く。
暇さえあれば大豆発酵食品を食っているガラッティだが、イタリア人らしくアホみたいに濃いエスプレッソの拘りはきちんと生きていて、ディスカバリー運営の食堂で出されるコーヒーは好みじゃないらしい。
カフェに着くとこれまたいつも通りな彼女と、筋肉の塊が2個座って俺を待っていた。
「デートじゃなくて悪かったわね」
「うん知ってる」
流石に全く期待してなかったのでどうでもいい。
ちなみに筋肉2個から聞いたそれぞれの罰ゲームは、ラーヒズヤがダイエット……つまり筋肉を落とせという命令で、ハーヴェイはシルビアの個室の掃除と整理整頓だ。
「ラーヒズヤはともかくハーヴェイの罰ゲームは謎だな」
「何故だ!」
ラーヒズヤがガックリと肩を落としているので説明するしかないのだろうか。
「だってお前のマッチョボディは規格外すぎて宇宙船のシートに収まらねぇだろうが」
「それか!」
ミリタリー・マッチョとビルダーズ・マッチョは全然違うからな……ラーヒズヤのボディはマジで漫画みたいなもんだ。
シミュレーターによる宇宙用艦船の操船訓練がもうすぐ始まることになるが、その前に同じくシミュレーターで地球環境での航空機の訓練もあるのだ。
彼が戦闘機のコックピットに収まることができるかどうか、というのは座学をやっているときからの秘かな楽しみでもあった。
「謎っつーか答えは3Mに怒られたかららしい……シルビアとはカリキュラムの事で話し合うこともあるから奴の部屋に行ったこともあるんだが、あれはマジでヤベェ。ハリケーンが通った後みたいな部屋だったんだぞ……」
「アイツマジで生活力なさそうだもんな」
なお俺の部屋は生活感がない、という表現をすべき感じだろうか。
俺は自身が生きるのに必要なものと考えているのは、うまい飯と雨風凌げるプライベートな空間に良質なネット環境の3点だと考えている。
その他はオマケみたいなものなので、必然的に生活感のない殺風景なお部屋が完成するというわけだ。
観葉植物くらいは置いてもいいかもしれないが、枯らす自信しかない。
「で、ここからが本題。あの銃弾切ってたのはどうやったの、サムライ・スピリッツとかいうのはダメよ」
「切る意味がないから切ってねぇ、反らしただけだ」
この言葉に続いてもちろん自発的走馬灯モードのプログラムの事を打ち明ける。
コイツは俺の全財産に等しい額を投じて導入したシステムだが秘匿するようなもんじゃない……シルビアも使ってるし。
コイツのメリットは死の間際の超人的な脳処理能力を自発的に発生させることに加え、それに追従できるだけの肉体操作の2点。
そしてデメリットは、現実でそんな無茶なことをしたら人間は死ぬし、現実風である仮想空間でも死ぬし、脳ストレス値も跳ね上がるってことだろう。
とはいえ、シルビアからの「必要」という言質はとったので隠すどころか広めるべきと判断したほうがいいのだろう。
研修後はそれぞれがライバルであり、場合によっては仲間でもあるわけで、気のいいこいつらが持っているべき能力を持たずに死んでしまったなんてことがあったら、寝覚めが悪いどころの騒ぎじゃない。
まあ、俺と違って彼らはみな優秀だから、俺が言わずとも近い将来必ず答えを見つけたはずだが。
色々話をしてわかったが、担当エンジニアによってアプリケーション開発の方針が異なるっぽく、俺の場合はシルビアスペシャルを俺用にダウングレードした感じで、(少なくとも凡人の俺にとっては)とにかくピーキーなんだと思う。
そんな感じだから提示される価格はともかく、性能はエンジニアと相談しながら決めてくれいとだけお伝えする。
なお俺の支払った価格を申し上げたらドン引きされ申したし、この日のカフェ代金は奢っていただけました。
フルダイブしちゃう系のVR機器ならば、脳のオーバークロックもできるだろうなあと考えたのがこのお話を捏造した理由のうちの一つです。
これを現実の肉体の加速まで繋げるために、どのようなテクノロジーを捏造したらいいのだろうかと、壊死しかけている脳みそを働かせたものです。




