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おお勇者よ、死んでしまうとは……

チートは持たせていませんが、アースノイド・ジャパニーズ・オヤジ種特有の、重圧が来ればその方向に逆らわず曲がり、重圧が去ればシレっと元に戻るムーヴ的なぱうあーを主人公特性として持たせています。

日々体感時間40時間の8倍速I.E.S.フルダイブでの座学は、脳を慣れさせる意味合いも持っているとはいえ、時間の経過ごとに多少ダレてくるのが人情というもの。

現状では、昼飯前までのカリキュラムで真っ赤なDanger(警告)が出ることはなくなった……黄色いCautionは表示されているが。

まるでメガネをかけているが如く、24時間I.E.S.装着しっぱなしでも生活できるようにならないと実際に宇宙空間に出たときに苦労するだろうなあ。

ここは気合い入れてどうにかなるものではなく、とにかく脳みそに軍用I.E.S.のことを受け入れてもらえるようお祈りするしかない。


「じゃー今日は気分転換を兼ねて近接戦闘でもやろっか。これはタダの遊びじゃなくて先々のカリキュラムにしっかり入ってるから、自分がどうなるかちゃんと今のうちに体験しておくのも悪くないね」


いつもの軽いノリで怖いことを言い出す。

座学で学んだことの一つとして、宇宙パイロットものに欠かせない宇宙海賊(スペース・パイレーツ)の存在は聞かされている。

そして意外というべきか、やはりというべきか……地球外知的生命体の存在もだ。


地球の勢力としての実力は、身内びいきを差し引いてもミルキーウェイにおいて、シルビア曰く下の下の下のクソ下の超絶ド底辺。

素のままだと系外星系のド底辺海賊にすらヌッ殺されるどころか星ごと制圧されかねないが、系外勢力からの技術の輸入などでなんとか守ることは可能とのこと。

海賊の種族は多岐にわたるが、この辺で一番多いのは地球上各国の宇宙軍からの脱走兵で構成されているものらしい。


どう考えても太陽系で宇宙海賊をやろうなんて分の悪い話で、普通に考えてなろうと思うわけがないが、そこは色んな勢力からのちょっかいがあってゼロに抑えるのが難しいとのこと。

政治の世界のアレやコレの問題って奴が原因の一つとして挙げられており、政治はいつでもどこでもたとえ太陽系外であっても海千山千宇宙千の魑魅魍魎が跋扈する世界なのは共通で、自分らが細かいこと気にしてもしゃーないってのがシルビアが悟った答えの一つらしい。


一つ疑問に思うのは、地球上の色んな人たちが系外知的生命体に関して調べて回っている中で、これが機密扱いになっているということである。

答えとしては「き・み・つ」というハートマーク付きの言葉をいただけたのであるが、仮にもディスカバリー内部にいる俺らにもいまだ機密とされてしまうとどうにもならない。

じゃあなんでシルビアは知ってんだと思うが、給与等級イコール階級という認識が正しいのであれば、多分そういうことなのだろう。


会社において、肩書が足りないのであれば情報をもらえないというのはよくあることだ。

系外勢力の存在自体は教えてもらえたということは、色々説明していく中でその存在自体を明かす必要があって、秘匿されている理由を説明する必要はないということだろう。

何でもかんでも情報開示するのが正しいとは言えないのだ。かみ砕いて呑み込めないものを渡されても、どうしようもないからな。


上の情報が白兵戦訓練がある理由のうちの一つであり、次から語ることに繋がるものだ。

地球勢力の宇宙海賊が乗っている艦船は、地球人に最適化されたものとなり、太陽系で飛んでいる宇宙船は、当たり前だが地球人が乗っている。

仮に鹵獲できれば、鹵獲した奴の所有物となるためとてもおいしいということだ。

もちろん逆もまたしかりであるが……航行不能に追い込んで、無理やり乗り込むという場合でもそうだが、艦船のドッグファイトで投降させても偽装投降の可能性があるので白兵戦の技能習熟は必要なことなのだ。


ディスカバリーにおいて、ボクは配達専門でやるから戦闘訓練いらないですは通用しない。

この宇宙でやる可能性があるものを、全部叩き込んでからじゃないと宇宙に出してやんねーといっているのだ。

それがこの8倍に引き延ばされた、現実時間の5か月間で俺たちが成さねばならないミッションである。


「訓練つっても今回はお遊びだからゲーム気分で気軽にね、シチュエーションはアタシとのタイマンで、えーとそうねぇ……装備はナイフとハンドガンで環境は1G、あたしの立ってるところから10フィートの地点でナイフを構えたら開始。ガンはホルスター内ね」


軍人のハーヴェイやゲーマーを自称している俺にプロゲーマーのラーヒズヤは気にされていないが、気を使われているのはガラッティじゃないかな、多分だけどな、多分。

しかしガラッティも日本で納豆に魅せられた女である。

ゲームの経験はあるから理解できるといつもの強気発言が飛び出すのを横目で見ながら、こういう気合いの入った奴が成功するんだろうなあと、小学生並の感想を抱いていた。


意外だったのは研修生同士での訓練ではなかったということだが、よく考えてみたらいくらVRとはいえ毎日顔併せて飯食ったり死にかけたツラ見せ合ったりしてる奴らを刺せるかと言ったら、心情的に難しい。

1G環境下ならハーヴェイも十二分に共感としての役目を果たせるだろうに……と思っていたが、ハーヴェイが彼女の目の前に立って戦闘が始まるとその意見を引っ込めることになった。


ハーヴェイは強い。

んなもんいちいち言う必要がないレベルで喧嘩も殺し合いも現実でやったことがないジャパニーズの俺にだってわかる。

しかしもうひとつわかることがある、仮想現実はあくまで仮想(ファンタジー)だが現実でもある。

ナイフで切りあっている二人の距離は5フィート以内、そこで切りあい殴り合いをするならば、相手のナイフの軌道をまともに把握するのは相当難しい。


俺がゲームで学んだことを一つ上げるなら、刃を追うのではなく相手の体の動きそのものから予測するしかないってことで。

俺がケンドーやらカラテを学んでいたならば、そういう防御面の素養の一つも持っていたかもしれないが、一人称VRゲームで一番最初に苦労したのはその点だろう。

データ上ではただの雑魚の攻撃であっても、近接格闘戦って奴は非常に難解なコミュニケーション手段であり、素人ではまともに反応するのは難しい。

例えゲーム設定上の伝説的な英雄だったとしても、喧嘩すらまともにしたことがない雑魚であるという現実までねじ曲がってくれるわけではないからだ。


逆に仮想現実である程度喧嘩にこなれておけば、現実世界でもある程度喧嘩めいたことができるようになる――I.E.S.が提供するVR空間が、訓練や学習教材として優れている事を示すもののうちの一つだ。

ここで仮想から現実への逆輸入が起こるわけだが現実はあくまで現実。

一発顔面を殴られたときに、仮想はあくまで仮想なのだという現実が、痛みとともにハローワールドする。


今戦っている二人はどちらも俺からすれば天上人で、ただでさえ貧相な俺の語彙は脳疲労によりとうに天に召され、ただただすげぇ奴らとしか言いようがない戦いを繰り広げている。


しかし、明確に劣勢となっているのがハーヴェイだった。

俺からすれば何が何だか理解不可能な動きだ、唯一何となくそうなんだろうなとご理解できるのはハーヴェイの攻撃も回避もフェイントも何もかも、動き出すときにはシルビアに読まれきっていて翻弄されている。

ひとつ、またひとつとハーヴェイに刻まれる傷の数が増えていき、流れる血と切られた苦痛からか彼の表情がどんどんと歪んでいき、明確にその動きは鈍っていくのがわかる。


「ねえなんだかおかしいよ。すごい痛そうじゃない?」


ガラッティの言に、そりゃ切られたら痛いだろって思って気づいた……そう、おかしいのだ。

仮想空間での肉体的な痛みや疲労感は緩和されていてほぼ0となっている……脳が誤認するとまずいことになるからだ。

ゲームによっちゃ体の部位が吹っ飛ぶものなんて今時珍しくもなく、I.E.S.の神経信号処理機能がなければ大惨事といったところだ――脳の思い込みって奴はアニメのヤンデレ・ビジョよりおっかないのだ。

 

「おい、ヤマト」

「なんだグハッ!」


ラーヒズヤに肩をたたかれ振りむいたとたんにマッスルボディから繰り出される渾身のデコピンを食らってのけぞった。

超いてぇ……そうか、これほとんど緩和されてねぇ奴だ。

そうなると俺にとってこの訓練は超絶分が悪いということになる。

ガッチガチに保護されているVRゲーでの切りあい殴り合いならともかく、実際に痛いとなると絶対にうまくいかない確信がある。

 

『痛いのは嫌』はもう真理といっていいはずだ。

この身がそれに対して竦んでしまうのならば、体なんぞまともに動くはずがない。


「クソッ」


ハーヴェイに顔を向けると、ついにナイフを取り落としてしまった場面である。


体中傷だらけ血まみれであり、それでも米軍海兵隊のタフな男らしく凄まじい速さで銃を抜き構え打つ。

それと同時にすでにシルビアも動き出していて、その動きで弾丸の軌道上から外れてたのだろうか、ナイフを投げハーヴェイの手に突き刺さった。

……化け物か、あいつは。


「畜生!降参、降参だ!」

「あっそう」

「あ、待て、待ってくれ!」


そんな簡単なやり取りの後、シルビアはハーヴェイの頭を銃で打ち抜いて、こっちに振り向いて「はい次の方どうぞ―」と看護師並みのセリフを言い放ったのだ。

『自分がどうなるのか今のうちに体験』っていうシルビアの何気ない一言を思い出す。

そこまで体験するんですか……。


その後は壮絶の一言と言っていいだろう……しかしいろいろ学べたことも多い。

一つだけ言うべきことがあるのならば、戦闘技術は一切学べなかった……だって瞬殺されてんだもん俺。


ナイフで切られると、冷たくてそのあと熱く、つらく悲しくそしてやっぱり痛い。

銃で撃たれたなら痛いより先に来るのは熱いで、ナイフで肉を切られた場合もそうだが、腹を撃たれた時なんて体を支えることができなくなって、ただ単に力が抜けたように倒れることしかできなかった。

頭を撃ち抜かれて即死できたハーヴェイはマシなほうで、呼吸してるのに呼吸してる気がしなくて苦しくて、少しずつ呼吸ができなくなっていって、目がかすんで物が見えなくなって、周りの音がわからないのに自分の鼓動がゆっくりと静かになっていくのがわかって、全身の力が抜けていっている中で、「ああ、俺は死ぬんだな」ってそんなときだけは異様に冷静になるものだ。


「ああ、俺は・・・」

「おお勇者よ、死んでしまうとは不甲斐ない!これで3回目だったよね?」


そして目を覚ます。

イモムシ状態のままサーバータイムを確認すると、休憩まで仮想空間時間で10分未満であることがわかる。

脳負荷はとうにレッドゾーンで、頭が年末の除夜の鐘みたいにグワングワンしていて、それでも俺はのそのそと立ち上がることを選んだ。


この時間なら直後に強制ログアウトくらっても名目上はカリキュラムクリアとなるはずだ。


シルビアが言うには限界ぎりぎり死の瞬間までシミュレートしているが、色々な経験から本当に死亡するには至らないから安心して死ねとのこと。

ゲームの世界みたいにステータスとやらを数値で表示できるなら、"Sanity"の項目がえらいことになっているだろう。

もしかしたらそれが脳ストレスとして表出しているのかもしれないし、もしそうなら今の俺は古典アナログゲームよろしく発狂状態ってことだろうか?


脳ストレス値が一定以上に到達すると強制ログアウトをくらったり、仮想空間上での動作に支障をきたすようになる……もちろん現実世界での動作にも支障をきたす。

現にハーヴェイも含めて同期組は仮想空間内ですらイモムシみたいに転がるだけでピクリとも動けなくなっている。


ゲーム適性の高いラーヒズヤやストレス耐性の高いハーヴェイも頑張ろうとしたが、シルビアの攻略法のとっかかりを見つける前に限界を超えてしまった。

ぶっちゃけ死ってのは人生の中で1回やれば十分すぎるほど十分なシロモノで、日に2回も3回も死ぬもんじゃない。


己を殺して目の前の業務に邁進するのは俺たちジャパニーズの悪徳だ。

死ぬのは誰だって嫌だろう?俺だっていやだ。


しかし死んでも死なないのであれば話は別で、やれるかもしれないのであればやってみてしまうのが俺だ。

完全無欠のヤケクソムーヴでもある。


「古い話を知ってるんだなあシルビアは。もう1本手合わせ願うわ、合わせる前に死んでるんだけどな!」

「元気ねぇ、元気とは程遠い状態でしょうに」

「気合いだ気合い、バカバカしい精神論言わせたらジャパニーズが銀河イチのはずだ」


俺は要領が悪い人間で、人並みになるのにちっとばかり時間がかかるんだ。

そのため痛かろうが苦しかろうが例え死にかけても、俺みたいな怠惰で無能な人間は人並みになるまでは一切手を抜いてはいけないと知っている。

俺がブラック業界で生き残ってこれたのはコレをやりぬいてきたからで、ワーカーホリック扱いされかねないが俺にとってはこれが最低限なのだ。

破ってはいけない絶対のルールで、ここをサボってしまうと俺はこの先も無能であり続けることになる。

今を突破できれば晴れて人並み程度になる。


俺の人生のうちでそれが成せなかったことはない。

無能でも人並み程度までなら成し遂げることは可能なのだ。

そこが限界だったとしてもいいじゃない……だって元が無能なんだもの。


そういえばあの日の朝、見事なクマを目の下に搭載していたおっさんにも言われたなあ「死ぬまで働け」ってさ。

おかげさまでここでは死んでも死なないわけだから、動ける限りは働き続ける必要があるってことだなあ。

走りすぎて足が痛くなったのならば、さらに走れば(走っている間は)足の痛みが治まる理論です。

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