デコに張り付ける冷感材つきの湿布めいた商品と俺
現実世界と同等の環境を仮想世界で作り出せるのであれば、教育とか訓練とかそういうのになるでしょう、と小学生並みの感想を抱いたのでこうなりました。
結局のところ、そんなすごいテクノロジーをゲームだけに使うなんて死ぬほどもったいないと思ったってだけなのです。
「まーそんなわけで軽い自己紹介は終わりで、とりあえず無線デバイスの配布ねー」
パンパンと手をたたいて俺たちにお静かにを示して、見慣れぬデバイスを放り投げてくる。
慌てて受け取ったそれはスティック状超小型電子機器で、有線で差し込んでいたI.E.S.デバイスの先っちょに似ているといえる。
とりあえずぶち込んでみろというジェスチャーに従い頸椎部分にぶち込むんでさすってみると完全にぶち込まれているようでとっかかりすらつかめないことに不安感を抱く。
ARゴーグルもといARグラサンと連動して初期登録画面が表示され、そこらへんは手慣れたものということで登録していくと、『Eject』の文字が視界隅にあるのを発見した。
視界中に色々なウィンドウが立ち上がってなんだかそれっぽい処理行ってますよアピールをしてくるが思ってたよりだいぶ処理速度が速い……これが軍仕様って奴なのか!と感動しいるとシルビアが補足してくれた。
「あー地上のと違って何千万とか何百万単位でシェアしてるわけじゃないし、ステーションのセントラルサーバに接続してんのは1万ちょいで、なんなら個人IDに紐づけされた個別の量子サーバがメインだからそりゃ早いよ。地上のと違って小型で性能も高いし」
「「「「マジか」」」」
なんて贅沢な環境なのでしょう、若かりし頃社内SEという名のドカタとして働いていたこともある俺にとってはよだれが出るような話だし、元同僚や見知らぬ数多のエンジニアにとっては失禁レベルの話だろう。
もっとも軍用量子サーバなんて扱いきれる力量はないけどな、と自嘲していると扱う為の最低限の力量を持たせるためのカリキュラムもあるということを知った。
実時間ベースでいうなら完全に不足している半年間という研修期間だが、仮想空間上で行えばその不足分を埋めることは可能だ。
民間ベースでは脳負荷の関係で2倍までという制限のある仮想空間内の体感時間引き延ばし機能は、俺たちが受け取ったものは10倍にまで延ばされているとドヤ顔解説をいただいた。。
つまり実時間1時間で10時間分使えるということだが、実際には1時間で8時間分として運用されるようだ……2時間分は色んな意味での安全マージン。
しかし脳みその処理速度を通常の8倍やら10倍にしろとか言われたらあっという間にヘロヘロになっちまう。
そのため休憩時間の設定というのが非常に重要になってくる。
それぞれのカリキュラムは1時間1本で1日5セットで行われる。
各セットごとに30分の休憩が用意されていて昼休憩は3セット目が終わった後の休憩に加えて追加30分ということでご提供。
とにかく負荷が高まりすぎないように配慮されている……と表現するとなんだホワイトじゃねぇかと思うが、ハーヴェイの表情が硬い。
「ハーヴェイ、アンタ軍人だったよなあ、8倍速の世界ってのはどんなもんなんだ?」
「8倍は未体験だぜ、海兵隊の訓練でも4倍までだったんだ。正直に言うが4時間ただそこにいるだけでも最初は脳みそがシェイクされたプリンになったみたいになるから8倍はやべえ、想像がつかねえよ」
ああ、なんということでしょう……恐れ知らずの海兵隊ですらブルっちまうような超絶ブラックカリキュラムでした。
仮想空間上でのカリキュラムは今後5か月間続く。
最後の一か月が実際に宇宙用艦船に乗っての実地訓練で、それまでは1日40時間、週200時間、月にしてもう考えたくないです時間の訓練スケジュールというわけだ。
「ヘーキヘーキ、最初は座学から入るから」
シルビアはなんてことないという風体で言うが、座学40時間ぶっ通し・・・・・いや流石に仮想空間内で休憩あるかもしれないが、いるだけで脳みそプリンと隣のマッチョが証言してんのに、きついんじゃないでしょうか。
などと反論する間もなくサーバーからの招待ウィンドウがポップアップしてくる。
みんなはそれぞれが信仰する神様やらなにやらに己の境遇に対する呪いの言葉を吐きながらログインしていった。
一方の俺は、なんかニヤニヤしてるシルビアを見て「なんすか」と聞いてみた。
「ジャパンの神に祈らなくてもいいの?」
「すまんな、ジャパンの神様はジャパンの外のことまでは気にしたりしないんだわ」
ちなみに俺が運が無かったり実力が足りなかったり間が悪かったりするのはいつものことなので今更己の無力さを嘆いたりはしない。
とりあえずやってやろうじゃねーかと勢い込んでログインするしかないわけでして。
……。
サーバータイムで8時間後、現実で1時間後にログアウトした俺は無言でショップ区画へ向かっている。
タフなハーヴェイですら床に転がってイモムシめいた動きをしているし、細身のガラッティは真っ白になって燃え尽きた昔のボクシング漫画のキャラクターのようになっている。
ラーヒズヤは白目を剥いて静かにしているが、彼が静かなのはいつもの事なので問題ないだろう。
では俺は平気なのか、んなこたぁない。
フルダイブだから目なんて使ってないにもかかわらずショボショボするし、頭痛はひどく世界が揺れているようだ。
貴重な30分間の休憩を無駄なことに使いたくないが、何故今こうやってイモムシにならず歩いているのかっていうと、それが必要だからだ。
ぶっちゃけ自分で赴かなくてもそれが必要ならI.E.S.ネットワークで購入して届けてもらうことができる。
しかしI.E.S.を使うということは脳みそを使うということでもある……今は1bit分のデータだったとしても脳みそを使いたくないのだ。
現実として、商品選択とお支払い時にARゴーグル……つまり脳波操作を行うので脳みその使用量をなるべくレベルでも少なくすることはできないが、最小限に抑えたいってだけだ。
ショップ区画で買おうとしているものは青いゲル状部分の中に冷感材が入っている湿布めいたもので、額に張り付けることで脳みその熱を吸い出してちょっとでも冷却してやろうという意気込みを感じさせる商品名を持っているものだ。
飢えたゾンビのような震える手つきでパッケージをむしり取って、デコに張り付けるといい感じの冷たさを感じることができる。
これですぐ元気ってことはないが、気休めにはなるだろう。
他にもチョコレートやら翼を得たりモンスターの活力を得られそうなドリンクをいくつか買って、ブリーフィングルームに戻る。
休憩が30分でなければトレーニング区画にいって1G環境下で真っ白になるまでランキングマシーンで走ったほうが回復できるかもしれないなあと思いながら歩いていると、正面にでっかい笑顔のマッチョマンが立っているのが見えた。
「やあ3M、最初の1時間でこれってのは流石にアレだな」
「やあヤマト、みんな最初はそんなもんさ」
多分俺は顔色も悪いし足元もおぼついていない……手は震えているしまぶたはピクピクと痙攣しっぱなしだ。
ARゴーグルを外してフラフラと歩いているおっさんの存在は、ステーションではものすごく目立つはず、というのが俺のイメージだったのだが、この往復区間で何人ものステーション職員とすれ違ったが、同情的な声をかけられたりもしたが心配されたりすることはなかった。
新人が来るたびにこういうことが繰り返されているから慣れたものなのだろう。
無駄話をしている時間はあるが余裕はない。
ほどほどのところで切り上げて俺はブリーフィングルームへと向かう……とりあえず、残った時間はイモムシのようになろう。
ただしどう考えてもリスクの塊にしかならないと判断しましたので、民間向けとそれ以外ではっきり区別される、という形をとりました。
脳負荷をモニタリングして強制的にネットワークから叩き出す、というルールのほうが民間のサービス的にはより公平な気もしますが、明確な仕様差や規定がないとやりすぎる奴が出て事故るなんてよくある話ですし。




