戦の後の『宴』 2
~回想~
珍しく、ヤツ姉の夢を見た。寝落ちする前に、アレの暴君っぷりを思い出したからだろうか?
『久遠。大事なお知らせがあります!』
高2の冬休み。居間でくつろいでいた俺に、早々と大学卒業を決めて遊びまわってた姉が、意味深な笑みを浮かべ、話しかけてきた。
「お知らせ?まさか、またトラブルしでかしやがったか!?」
『違うよぉ。さすがに大卒って歳になってまで、バカはやらかさないよ』
「どうかなぁ。一昨日ゲーセンで、カツアゲ犯をクレーンゲーム機にツッコんで逃げた覆面ゲーマーって、姉ちゃんだろ?」
『ぎくっ!な、何のことかなぁ……。私、ゲーセン行くとき、レスラーマスク被る趣味ないし』
「(レスラーマスクだったのか)あそこ、半年前に出禁になってたろ。確か、入り口のドア割ったんだっけ?」
『出禁になってないし!割ったのは私じゃなくて、捕まえた置き引き野郎だし!まぁ、あの一件で要らない注目浴びるようになって、店長さんに許可もらって覆面を……あっ』
見事に釣られ、自白し赤面するたヤツ姉を、俺は本題へと連れ戻す。
「はぁ。その件じゃないなら、他に何やらかした?」
『やらかしたの前提にするのやめて!?今回は違うんだから……じゃんっ!』
自信満々に、ヤツ姉は後ろ手に持っていた一枚の書類を、俺に突き付けた。
「……合格、通知?っ、JDFに受かったのかよ!?」
「それも~、『重力圏外特機隊』!お姉ちゃん、一足お先に夢、叶えてきま~す♪』
「終わった。日本、いや世界が滅ぶな」
ソファにぐったりと崩れ落ちながら、俺は天を仰ぐ。
『ちょっと!?縁起でもないこと言わないで!』
「自己中心的な正義感で、町内の不良を『狩ってる』女番長が、人型ロボのパイロットだぞ。安い挑発に乗って、友軍巻き込んだ大乱闘になるのが目に浮かぶよ」
『でもそうなったら、いつもみたいに助けてくれるでしょう、久遠?』
「俺もパイロットになるの前提かよ。いや行くけどさ。宇宙には」
『一緒に宇宙へ行く』という夢は、ガキの頃に2人で誓い合った目標でもあるのだから。
「……くそっ、俺もストレートでJDFに入ってやるから、宇宙で6年、待っててくれよ、姉ちゃん」
『もっちろん!これまでみたいに頼れる助っ人が居ないんだから、大人しくしてる。だから……』
一転して優しい口調になったヤツ姉に、前から抱き着かれた瞬間、周りの風景が消える。
「一日でも早く、『私』を助けに来てよね。クオン君」
*****
気が付くと、知らない天井を見上げていた。
「ああ、そっか。俺今、宇宙に居るんだった。てか、なんであの時の夢?」
別に、あの合格通知を見せられた日が、姉との最後だったわけではない。彼女の訓練生時代、学園祭などでちょくちょく顔を合わせていたから。
それに……、
「『助けに来て』なんて、言ってたか?」
夢にしては、あの一言だけが妙に生々しく耳に残った。
「まぁ、今はもっと気にすることがあるか」
いつもの習慣で、まずは両手を上に伸ばし、自分が2段の寝床の下段にいる事を確認。これを怠ると、つい勢いよく起き上がってタンコブをこしらえる事になる。
そして、片手で、床の様子をまさぐりながら、横に転がり出るように床から離れる。仄暗い部屋を見渡すと、4畳半ほどの部屋に二段ベッドは1つだけ、後は机一つと椅子2脚、コーヒーメーカーが1台あるだけだった。
ボウっと灯る壁のパネルを触ると、部屋の明かりが点き、同時にコーヒーの沸く音がした。
「あれ?」
メーカーに近づくと、自動で1杯分のコーヒーがガラス製のポットに淹れられる。機械にはメモが張られていた。
『目覚まし代わりに用意しておきました。飲んだ後は放っておいて。後で片づけるから♪
その後、もしくは先に食事がしたい場合は、下に書いてある見取り図で食堂に来てね。そこならウチのクルーが誰か捕まるはず。
HAVE A NICE TROUBLE by Alshain』
「『TRAVEL』と間違えたのか、ジョークのつもりで『トラブル』にしたのか、どっちだ?」
もし、同じメモをヤツ姉が描いたなら、確実に後者だ。アレの頭の辞書では『ブラックジョーク』も『ジョーク』として扱われている。
「はぁ、とりあえず、いただきます。……あっ」
ポットを取り上げてから気づく。あのアイマスクウーマン、カップを用意し忘れていた。
こういうところも、ヤツ姉そっくりだ。と、サクラ副隊長に心から同情した。
……食堂へ行こう。
*****
仮想西暦2186年2月16日 国際標準時間 午前11時
兵装実験用軽巡洋艦『宴』艦内 食堂
人型機動兵器に宇宙戦艦、スペースコロニー、果てはワープ航行までもが実用化された昨今でも、太陽系内の星々を行き来するのは至難の業だ。火星の戦場から地球までは、およそ2日の長旅となる。
俺が回収され、<宴>が火星圏離脱を始めたのは、日付が変わる少し前。メモを頼りに行きついた食堂のデジタル時計は、午前11時。地球までは、残り37時間ほどだ。
カレーを受け取り席に着きながら、食べ終わったら何か手伝いでもしようかと、席が3分の1ほど埋まっている食堂内を見渡す。
この艦の正規クルーの姿を探したのだが、厨房の烹炊班員ぐらいしか見当たらない。周りにいるのは、俺と同様に救助された国連軍の兵士たちだった。
それも服装を見れば、パイロットに限らず、整備師や砲手、通信士と多岐に渡っている。国籍もバラバラだ。
「かなりやられていたからなぁ。『とらふす』は無事でいるか。どこかで被害状況を確認しないと……」
後方に配置されていた我が母艦の安否を気にしつつ、一匙すくった、その時だった。
「クーちゃん?クーちゃんだよね!?」
振り返ると、立った状態でも座った俺と目線が合うぐらい小柄な、作業着姿の少女が居た。
「……出雲、なのか?」
東雲出雲。訓練学校時代から組んでいた最初の相棒、東雲八雲の妹。3つ年上の兄貴を支えたい、とメカニックの道を志し、今は俺と同じく「とらふす」に乗り込み、新米整備士として、俺の<アクィラ>の面倒を見てくれていた。
そんな彼女が今、俺の目の前にいた。
「生きてたんだ、クーちゃん。よかったぁ!!」
思いもよらぬ場所での再会に、自分の食事を投げ出し抱き着いてくる彼女を、俺は受け止めることしかできない。
「なんで、お前がここに?『とらふす』は?他のチームはどうなったんだよ!?」
少し考えれば、理由は察せる。彼女のかけている眼鏡は、端の方にヒビが入り、頬にも小さい火傷を負っていた。
だが、認めたくなかった。そんな馬鹿なと、頭が激しく拒否する。
それでも、悲報は全くの容赦なく、こちらにやってくる。
「……クーちゃん、聞いてないの?」
俺の言葉に出雲は肩をビクリと震わせ、恐る恐る顔を上げると、迷うそぶりを見せてから、静かに告げた。
「巡洋艦『とらふす』は、……轟沈したわ」
*****
数分後 ブリーフィングルーム
胃が何も受け付けなくなった俺は、出雲と食堂を出て、彼女の案内でブリーフィングルームへ向かった。
普段は作戦会議が行われるであろう一室では、通夜同然の空気が流れていた。
中にいた先客数名は、皆うなだれるか、険しい顔で正面のスクリーンを眺めている。
「彼らも私たちと同じ。この艦、兵装実験艦『宴』に救助された人たちだよ。そしてここには、NGISSから送られてきた戦況速報が開示されているの」
出雲の言葉通り、巨大なモニターには国連軍の被害報告が流れていた。
『第4次火星圏防衛戦(第14次対イーディア戦) 損害報告
参戦国:中露連合軍、日本国防衛隊、イギリス軍、EU連合軍、USA宇宙軍。
(東南アジア諸国軍、中東同盟軍、オーストラリア軍は後方支援活動のみ)
損害
・艦艇 525隻中 轟沈確認275、大破70、中破3、不明8。
・艦載機 6000機中 撃墜2300、大破1500……』
全体の損耗率は、5割を超えていた。それを見た俺は立っていられず、近くの席にへたり込んでしまう。
「前衛が食い破られたのは知っていたけど。この被害は、艦隊中央までやられたのか?」
俺が知る作戦計画では、火星再侵攻のため集結しつつある敵艦隊へ、前衛が艦砲射撃と白兵戦で攻撃を仕掛け、それを俺達、中・後衛が援護するはずだった。
だが、突然の攻撃で前衛が一瞬で壊滅し、即座に作戦中止と撤退が決定。俺達『リィラ・アクィラ混成部隊』は、前衛の生存者救助と艦隊護衛の二手に分けられ、「とらふす」を含む艦隊は後ろへ転進したはずだ。
だが、艦隊の轟沈数を見れば、前衛だけでなく、逃げたはずの中・後衛の艦まで沈められた計算になる。
「……、……『とらふす』は最期、どうなったんだ?」
顔を上げられないまま問いかけると、出雲は暗い声で、機械的に返してくる。
「クーちゃん達が救助に向かって30分ぐらいしてから、主戦場を抜けた敵艦隊の一部が、突貫して来たの。そのうち一隻を、『とらふす』『なるかみ』『あきば』の3隻がかりで仕留めたんだけど、『なるかみ』は途中で轟沈。『あきば』も航行不能になって、『とらふす』は……艦橋に直撃弾2発、艦長たち幹部陣が全滅しちゃった」
「……くっ」
白い口髭をいたく大事にしていた、優しげな雰囲気のじいさんの顔が、脳裏をよぎった。
「機関部もやられて、生き残ったクルーは救命艇で脱出したんだけど。友軍は救助どころじゃなくなってて。漂流していたところをこの艦に収容されたの。生き残ったのは、私たち整備班と、砲撃班の5人だけだった」
出雲が挙げた乗組員は、20人に満たない。150人近く乗っていた中で、それだけしか残らなかったのだ。
「艦隊護衛に割り振られていた、星野隊や日向隊は?」
他の航空隊員の安否を尋ねる。結果は聞かずともわかっていたが、確認せずにはいられなかった。
「全員、3階級特進が決定してる。でも、偶々判ったんだけどね?」
悲しみを押し殺した中に、幽かな喜びを混ぜて、出雲は告げた。




