戦の後の『宴』 1
仮想西暦2186年2月15日 国際標準時間 午後11時10分
兵装実験用軽巡洋艦『|宴《うたげ』 格納庫内
「私の名は、ラトゥーラ・トイライデ。あなたの名は?」
ヘルメットを脱いだ拍子にフワリと舞った赤毛を抑えながら、ラトゥーラと名乗ったイーディア人の女は、<ホーク>に問いかける。
「私は、か……」
すると、目の前に立つアイマスクをつけた地球人は、少し迷う素振を見せてから、それをごまかすような軽い口調で返す。
「私は、カスミ。カスミ・アルシャイン。地球連合軍総司令直属の傭兵部隊<ブレイブナイツ>の隊長よ」
このとき、ちらりとこっちを見たように思えたのは、俺の錯覚だろうか?
「そして……」
今度は錯覚ではなく、ラトゥーラと名乗った褐色肌のイーディア人と2人で、こちらを振り返った。
「彼が、あなたにボッコボコにやられてた機体のパイロット。名前は……ってあれ?」
「は!?……ちょっ、おい!」
意地悪そうに俺を指した仮面の隊長を無視して、ラトゥーラは突然、俺の方へ、文字通り跳びかかって来た。
無重力状態の中、跳び箱を飛ぶ姿勢で手すりを器用にブレーキとして使い、俺の目の前へ降り立った異星人は、大破したアクィラを指差し、興奮気味に詰め寄ってくる。
「君が、君がソレのパイロットか!?」
「あ、ああ。香住久遠、日本国防衛隊、第4艦隊旗下の巡洋艦「とらふす」所属の2等宙尉。ちなみに、姓がカスミで名がクオン。……あんたは、ラトゥーラだっけ?」
俺は反射的に身構えながらも、頑張って答えた。
敵に対する警戒心とか恐怖とかじゃなく、単純に彼女からの『圧』が凄かったのだ。
「そうだ!トイライデ家の長女、ラトゥーラ・トイライデ。イーディア陛下から、武勲に対する“章”を二つ頂いている」
『勲章』の事なのだろう。彼女は俺より頭1つ半身長が高いため、群青色のパイロットスーツの、見事に膨らんだ胸元に付いた500円硬貨ほどの2つのメダルが、真正面に飛び込んでくる。
1つは2振りの剣が交差したブロンズメダル、もう1つは浮き彫りにした稲妻を青く塗った意匠の金メダルだ。
背中をそり気味にメダルを眺めていると、身を屈めたラトゥーラが俺の顔を覗き込んでくる。
彼女の、エメラルドのような翠の両眼は、好奇心と憧れで輝いていた。
「ああ、クオン。我が祖国の歴史に残る英雄と同じ名だ。なればこそか、先ほどの戦い、見事だった、感服した!」
「そ、そうなんだ」
左腕の無いラトゥーラの機体と、ほぼ胴体しか残っていない自分の機体とをちらりと見比べながら、俺は呟く。
すると、その視線を追いかけたラトゥーラは、俺を励ますように続ける。
「……いや、あの有様を恥じることはないぞ、クオン。我が愛機<クットスエ>は、<ドーレヴ>を遥かに凌ぐ、イーディアでも最強の『十二騎士』だけが乗ることを許された武勲の証だ。片腕とは言えど、この機体に一撃を加えた男は、君で2人目。……故に!」
ガシッ!
勢いに任せたラトゥーラに俺は両肩をがっちりと抑え込まれる。女性とは思えないバカ力ぢからに、俺はもがくことすらできない。
そしてさらに、身体だけでなく思考まで硬直させられる一言が、彼女の口から飛び出した。
「私の“妻”となれ!クオン!!」
「……?」
「……、……」
俺だけでなく、助けに入ろうとしていた周りの人間全員が凍り付いた。
「……え?」
「あ、しまった」
数秒後。やっと聞こえた声は、発言者本人の物だった。
はっ、と何やら失態に気づいたラトゥーラは俺を開放すると、一変して羞恥心むき出しで取り乱す。
「ああっ!手順を間違えた。無作法な事をした!!すまない。今のは忘れてくれ!」
そして、そのまま自分の機体へと跳び退く。
ニヤついた笑みを浮かべ待ち受けるアルシャイン隊長に、彼女は何やら今後の事を色々と聞いた後、からかい半分な様子の隊長に付き添われる形で、どこかへ去っていった。
「き、ききき、機会があればまた会おう、クオン!」
顔を真っ赤にし、そんな言葉を残して。
一方、残された俺は、緊張の糸が切れてしまったのか、一気に押し寄せた疲れに負けてしまい、思わず体が宙に浮く。
「はぁ。戦闘は終わったのに、どっと疲れた」
「その、……色々と大変だな、カスミ2尉」
俺を捕まえ、スロープの手すりを握らせながら、黄昏髪のパイロットが労いの言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます、ええっと……」
「ん?あぁそう言えば。まだ名乗っていなかったか。私はファイン・ハードロックス。<ブレイブナイツ>の副隊長だ。中国とイギリスのハーフでな。『ファイン』は漢字で『華やかな桜』と書いて『華桜』と読む」
「なるほど、だからサクラ」
言われてみれば、髪や体格は西洋人ながら、顔立ちはアジア系である。
納得した俺は頷きながら、副隊長に礼を述べる。
「改めて、助けて頂きありがとうございます。ハードロックス副隊長」
「サクラでいい。そっちの方が短くて、何かと便利だから。……色々と混乱していると思うが、NGISSまでの約48時間、よろしく頼む」
そしてサクラ副隊長は、俺と自分の機体をメカニックたちに預け、艦内を案内してくれた。
*****
艦内 居住区画
俺が収容されたこの艦の名は、<宴>型軽巡洋艦1番艦<宴>。
元々は国連軍の技術部門が、現行より3世代前の艦艇の装備をテスト運用していた、いわゆる『兵装実験艦』で、艦艇その物の世代交代に伴い、同じ国連所属組織である『IRSM』へ払い下げられ、さらにそこから、『IRSM』が独自に設置していた防衛部『黄昏の星々』へ配備、運用されているのだという。
「では、貴女たちはその『黄昏の星々』の……?」
「そう。『黄昏の星々』の機動遊撃部隊、そのうちの一つが我々<ブレイブナイツ>隊だ。まぁ、今は戦時下という理由から、国連軍総司令部からの依頼という形で、戦闘終了後の遭難兵救助を主任務として活動している」
「でも、アルシャイン隊長は傭兵部隊だと」
「アレは……あいつの『遊び心』だ」
「あ、遊び?」
思わず聞き返すと、副隊長は深いため息と共に立ち止まり、こちらを振り向いた。その顔には、呆れと疲れと諦めの感情が浮かんでいる。
「あのアホウは、良くも悪くも楽観主義者でな。今回の活動も、正式には『国連軍総司令部の要請に基づく、武力による自衛を伴う宇宙遭難者の救出支援』という、れっきとした正規任務なのだが。『なんか長いしダサいから、傭兵稼業の一言で済ませようよぉ』と、勝手に傭兵稼業と言い換えて触れ回っているんだ」
「それ、色んな所から怒られるんじゃ?」
「怒られて懲りるタマなら、今でも傭兵ごっこを続けている訳ないだろう。おまけに、いざ抗議苦情が来たら、それを副隊長の私に押し付けてトンズラするんだよ、あのアホウはっ!」
額に青筋を浮かべて語る副隊長の姿を見て、なぜか、どこぞのバカ姉に振り回された記憶が甦り、無意識に労いの言葉が口から飛び出た。
「……心中、お察しします。ウチの姉貴も同じ性格なもので」
ヤツ姉も同じように、自分の物差しで物事を測り、そぐわねば自分の型にハメていくタイプだった。それも無理に押し込むやり方ではなく、(より悪質に)細かく切り刻んで敷き詰めていくやり方で。
『パンが無ければ、ケーキを食べよう』とは昔の貴族の迷言だ。が、実際にヤツ姉が言い放ったのは、『パンがないから、小麦粉を買ってきて作ろう』。
当時15歳、料理の経験は学校の調理実習での味噌汁、という程度だった香住家の令嬢はその日の夕方、駆け付けた消防隊と警察官の前で土下座をさせられた。居間で寝ていて、火事に気付いて消火器を持って行っただけの弟を道連れに。
(しかもその後、町内の全スーパーには、“2人”の写真が指名手配の如く張り出され、粉物の販売を拒否されるという徹底ぶりだった)
「(……あの時浴びた消火剤、クッソ不味かったなぁ)」
トラウマが蘇ったせいか、あるいは疲労がピークに達したのか、クラッと眩暈を覚えた。
そのまま前のめりに倒れかかるが、サクラ副隊長が受け止めてくれる。
「おっと。食堂へ連れて行こうと思ったが、先に仮眠をとった方がよさそうだな。……そこの部屋が空いていたか。もう少し頑張ってくれ。そうしたら休めるから」
「恐縮、です……」
肩を支えられながら近くの扉まで行くうちに、眩暈は眠気に変わっていく。
そして、与えられたベッドに横たわると、ここ数時間で貯め込んだ疲労が《まぶた》に集中し、副隊長殿へお礼を告げる間もなく、俺の意識は心地よい闇の中に沈んだ。




