黄昏《ラグナロク》の予兆 5
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この戦争において、地球とイーディア帝国の双方が、自ら勧んで封じた禁忌の業が2つある。
1つ目は、互いの本星への攻撃。民間人への被害を防ぐ為、戦場を双方の最終防衛線から外側に限定したのである。地球の場合は、火星とのワープゲートを有する国連軍月面基地がこれに当たる。
2つ目は、『核』をはじめとする大量殺戮兵器の使用。スイッチ一つでカタが付く必殺の一撃ではあったが、同時に撃たれれば双方が滅ぶ、諸刃の剣だからだ。
その封印を、過激派は破ろうとしている。行き過ぎた被害妄想の為に。
「現在、地球に存在する全ての核兵器は、使用に必要なコードを国連安全保障理事会の特別権限で凍結されており、製造可能な施設も国連の監視下にある。ダークマンら過激派は、これらのプロテクトを無効にする為の工作活動を、以前から企んでいた」
「それは、選んじゃいけない選択肢でしょう」
核兵器は、ただ殺すだけに留まらない。放射能や被爆により不必要なほどに痛苦を与える、非合理な『暴力』だ。
それが使われれば最期、イーディア側も大量破壊兵器を解禁し、撃たれては撃ち返しが繰り返され、2つの文明は滅ぶだろう。
共倒れによる終末、北欧神話の『神々の黄昏』が如き惨状だ。
「その惨状を防ぐ、最初で最後の機会が『今』だとしたら、どうする?」
不意に、アルシャイン隊長が誘うように語り掛けてきた。
「今回の火星防衛戦、地球側はかなりの痛手を被り、旗艦『ドニー・カード』も事故で動けない。でも、イーディアも似た状況で、火星まで進めた兵力の3割近くを失って、木星圏まで後退しているの。両軍が再編の為に大人しくしている今なら、強行軍でもって、木星圏のコロニー『アカデメイア』まで安全に行ける。そしてそこで、この戦争を終わらせる一手を打てる」
「!?そんな策があるのですか?」
見返した隊長の顔には、悪だくみを企む笑みが張り付いていた。
「『ミルキーウェイ』に匿っている捕虜たちと、穏健派で用意した全権大使一行を『アカデメイア』に送るの。そこであちらの捕虜となっている国連軍兵士と交換し、同時に向こうの代表団と休戦協定を結ぶ。そして、そのままゴリ押しで講和へともっていく。過激派の妨害をかわす為に、私達『黄昏の星々』の、更にごく一部だけで行う極秘計画よ。コードネームは……『ステイルメイト』」
『ステイルメイト』、それは『引き分け』を意味するチェス用語。対局において「自分はチェックメイトを掛けられていない状態かつ、相手は反則なしに駒を動かせない状態」を作り出す、劣勢に立たされた側のプレイヤーが仕掛ける策だ。
総司令は、作戦の意義をこう述べた。
「過激派が自分たちの正当性を主張する根拠は、『イーディアの脅威』だ。その大義名分を講和によって打ち砕く。これが『ステイルメイト』の狙いだ」
「このまま火星が陥落すれば、後は月基地まで一直線だ。過激派はクーデターを起こしてでも、核兵器を手にするでしょうね。でも国連軍は、戦況を逆転するどころか、火星の防衛線を維持できる兵力も不足しつつある。負ければ地獄、でも大逆転して勝つ見込みもない。なら私たちができるのは、一つだけだと思わない?クオン君」
アルシャイン隊長が、契約を誘う悪魔のような笑みを浮かべる。
「・・・俺に、『ステイルメイト』へ参加しろ、と?」
「強制はしないよ。君はいうなれば、私たちのゴタゴタに巻き込まれた被害者だ。その責任を取って、地球に残留する場合も、『ミルキーウェイ』でしっかり守り抜く。でももう一つ、加害者共に一泡吹かせて仕返しをする、って選択肢がある事を、伝えておきたいの」
アイマスクで顔を隠すという、この上なく怪しい出で立ちの彼女だったが、その言葉から嘘は感じられなかった。
この人、いやこの人たちは、本気で戦争を辞めさせようとしているのだと、そう思えた。
「しかし、そう簡単に和解ができるのでしょうか?」
『戦争をやめましょう』『はい、やめます』で済むのなら、俺はここに『死人』として臨席していない。
しかしその心配も、赤いマスクをつけたエースは、一刀両断した。
「そこは大丈夫。『安保理』を含む国連議会の過半数以上は、既に穏健派に取り込み済み。開戦には賛成したものの、敗退を重ねる中で目が覚めたって感じね」
全権大使の選出も終え、休戦協定や講和条約についても、一報が届き次第、事後承認で議決される手筈が整っているという。
「イーディア帝国の首脳陣も、この作戦に賛同してくれている。女王レシーナ・イーディアを中心とした講和派が、『アカデメイア』で迎えてくれる予定だ。彼の帝国も、『本気の模擬演習事件』直後こそ主戦論に押し負かされたが、ようやく講和派が政争に勝利したそうだ。つまり『ステイルメイト』は、『アカデメイア』というゴールに辿り着ければ、ほぼ成功が約束された作戦という事になる」
そう太鼓判を押した長官殿はしかし、すぐに転じて険しい表情になる。
「ただしその分、万が一にも失敗は許されない。捕虜と全権大使一行の護衛、並びに現時点で予測できないトラブルへの対応など、随伴部隊には最高レベルの能力が求められる。だが、『黄昏の星々』の主力部隊である<オリオン艦隊>は、過激派にマークされている。囮として地球へ残留させねばならない」
「それで、私達<ブレイブナイツ>を含めた、予備戦力3個小隊が任務に当たる。皆それなりの修羅場をくぐり抜けてきた少数精鋭たち。でも、私は君にも来てほしいの。ラトゥーラ・トイライデというイーディアのエースから逃げ切った、地球のエースパイロットに」
一緒に世界を、救ってみない?
そんな殺し文句を、アルシャイン隊長は囁く。
本音をさらせば、この時の俺は自信がなかった。
多くの仲間を喪い、機体もバラバラ。アルシャイン隊長たちが来なければ死んでいた、その程度の、運の良いだけの男だと、卑下していた。
それでも、2つの感情が俺を動かした。
この状況を作った奴ら、過激派にキツい一撃を加えてやりたいという復讐心。そして、世界を救うという、誰もが一度は夢見るミッションへの強い憧れ。
『一日でも早く、『私』を助けに来てよね。クオン君』
アルシャイン隊長の姿が、あの日の姉と重なった。俺がまだ、宇宙に憧れを抱いていた、あの頃の想いが蘇る。
……、……答えは決まった。
「香住久遠、『ステイルメイト』への参加、謹んで拝命します!」
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数分後
総司令官執務室(???視点)
『ステイルメイト』への参加を承諾してくれたクオン君が、迎えに呼んだ<スワン>と共に長官室をでていってから、しばらく後。
彼は今頃、私たちの本拠地である『ミルキーウェイ』へ向かう為に、ここの地下階にある緊急脱出用通路に入っているだろう。
別れ際に彼が見せた、強い意志に満ちた表情が、まだ瞼の裏に残っている。9年前のあの日に比べて、たくましく成長した姿が。
「……後悔しているのかね?彼を巻き込んだことを」
長く黙っていたせいで、勘違いしたポーラに声を掛けられた。
「あ、ううん。そうじゃないの。予想外の出会いだったから、ちょっと余韻に浸ってただけ」
「……部外者である私が口を出すべきではないと、さっきは黙っていたが。まさか打ち明けないつもりか?彼が狙われた本当の理由と、君の正体を」
「今のあの子には、刺激が強すぎるからね」
ボーラにはそう返したものの、内心は我慢の限界まで来ていた。今すぐにでも後を追いかけて、あのこの子を抱き締めたいと、心臓がはちきれんばかりに訴えている。
でも、それをしてしまえば、取り返しがつかなくなる、そう、理性が衝動を抑え込んでくれている。
相応しい『時』が来るのを待て、と。
妥協策として、私は服の裏地から、隠し持っていた写真を取り出した。
10年前、日本のとある人工島で撮られた物。写っているのは、快活な笑みを浮かべる若い女と、彼女にヘッドロックをかけられている年下の青年。
『私』がJDFの訓練学校へ入学が決まった日に、自宅の前で記念に撮った物だ。
ふと頭のなかで、当時の記憶がフラッシュバックする。
『俺もストレートでJDFに入ってやるから、宇宙で6年、待っててくれよ、姉ちゃん』
「……あれ、よく見えないな。故障した?」
ピンぼけしたように、視野全体がが滲んでくる。
衰えている視覚は、このアイマスクが補ってくれているはずなのに。
特殊なゼリーで密着していたステンレス製のオモチャを外すと、私の眼は光を完全に認識できなくなる。
あの子には誤魔化したけど、私の眼が自力で世界を知るなんて奇跡は、もう起こらない。
片方の手で目元をさわると、指先だけが湿り気を感じた。それで初めて、私は泣いていたのだと判った。
「ははっ」
何故か、震えた笑いが、喉の奥から溢れた。
そして、目の前に座ったままであろう上司兼養父に、先程の答えの続きを話す。
「たった1人の家族が、軍の実験体にされていたなんて、教えられるわけないでしょう」
あふれる涙で、暫くアイマスクを付け直す事が出来なかった。




