黄昏《ラグナロク》の予兆 4
EP1はあともう一本分続きます。EP2からいよいよ宇宙へ!
・・・こりゃ『今年度』中に地球へ帰ってくるのは無理そうだなぁ。
午前6時14分
NGISS 軍事セクター中心部
国連軍総司令部『セイル』
一見するとスペースコロニー内部とは思えない、地上のオフィス街と変わらぬ街並みが広がる、NGISS軍事セクター。
そこには各国連加盟国から特使や外交官が派遣され、戦前は世界の軍事バランスに関して、戦時中の現在はイーディア帝国軍に対する防衛戦線について、清濁様々な駆け引きが行われている、いわゆる『冷たい戦場』の一つだ。
その中心部に、一棟だけ群を抜いてそびえる建物がある。
遠目に見るとヨットの帆に見えるその姿から『セイル』の通称で呼ばれる、国際連合軍宇宙艦隊総司令部だ。
そしてその最上階、宇宙艦隊を統べる総司令官の執務室が、俺達の逃避行のゴールだった。
*****
総司令官室 室内
「カスミ2尉。火星戦を生き残った英雄への横暴な仕打ち、謝罪させてほしい」
街の半分、港方面を一望できる窓の際に佇んでいた古強者の将校、現・国連軍総司令官ボラリス・ウラミノールは、そう言ってこちらを振り返ると、ゆっくりと頭を下げた。
「お、おやめください!」
軍の最高指揮官が、一介の兵士に謝罪するなど、前代未聞だ。
俺は言葉を失い、鯉のように口をパクパクさせる事しかできない。
だが、そんな混乱をぶち壊す声が投げかけられた。
「ふぃにふぃふぁふへふぃぃふぉ。……んぐ、ポーラってそういうクソ真面目な性格を武器に、この部屋をゲットしたヒトだから……」
そう口を挟んできたのは、アルシャイン隊長。俺よりも先に着いていた彼女は、なぜかソファーにふんぞり返りながら、チョコレートパフェを堪能していた。
部屋の主を差し置いて勝手気ままに振る舞う彼女の態度に、ウラミノール総司令はため息を漏らすと、テーブルの上座の方へ歩み寄りながら、俺に席を勧める。
総司令が座るのを待ってから、俺も隊長の向かいに腰を下ろした。
「火星戦での活躍は、……そこでくつろいでいる、『敬意』という言葉を知らずに育った問題児から聴いているよ」
「活躍だなんて、そんな……」
「正当な評価だよ。君が対峙したラトゥーラ・トイライデは、イーディア軍の『二つ名持ち』、つまりはエースだ。彼女の機体<クットスエ>も、イーディアの女王が認めた11人にのみ与えられる、いわば力の象徴。木星で大敗した原因とも言われるバケモノ共の一機、ソレが相手だったのだから、相打ちでも十分に誇れる結果だよ」
「でも生き残れたのは、アルシャイン隊長たちのおかげです。ラトゥーラにトドメを刺したのも、隊長でした。あんな機動、俺にはとてもできません」
本人を前にして世辞に思われるかもしれないが、事実だから仕方ない。タックルで弾き飛ばした直後に、相手を追い抜いて背後を取るなんて動き、どんな操作をすれば出来るのか……。
俺の評価に、総司令はピクリと眉を吊り上げると、ウニが如くトゲまみれの言葉を、隊長に放つ。
「ほう。報告と違っているようだ。お前が手を出したなど、初耳なのだが?」
「あれれ~おかしいな~。徹夜で作ったから、タイプミスで消えちゃったのかな~。むぐむぐ」
アルシャイン隊長はとぼけた表情でパフェグラスを煽り、底に残っていたフレークを噛み砕いた。
……ん?何やら雲行きが怪しくなってきたような?
総司令は眉間を摘まむように抑えながら、じろりと隊長を睨む。
「カスミ2尉まで狙われたのは、お前のデタラメな報告書が原因じゃないか?」
「むぐ!?ちょっと、自分の責任を娘に擦り付けないでくれる?マヌケ親父が通信を傍受されてたのが発端でしょう!それもこんな初歩的な奴で!」
そう怒鳴った隊長は、胸ポケットから何かを取り出すと、テーブルの上にバラまいた。
それは細かく砕かれた、盗聴器の残骸だった。
何やら気になる単語が聞こえた気がしたが、それよりも優先すべきは、このプラスチック片の山だ。
「盗聴って、総司令の部屋に!?」
「当然、軍法会議にかけられるレベルの犯罪行為。やらかした犯人は十中八九、過激派の連中だよ」
呆れて溜め息をつきながら、アルシャイン隊長は、グデッとソファにしなだれる。
「過激派って、俺やラトゥーラを拘束しようとした、あの……?
「その認識で相違ない。今回、管轄外である医療セクターの港へと押しかけて来た、軍事セクターの保安部長ジャック・ダークマン。そして、彼に君たちの情報を流したであろう盗聴の犯人。彼らは皆、イーディア人の殲滅を唱えている一派と見ていい」
イーディア人の殲滅。改めて聞かされたその言葉に、どす黒い悪意を感じた。
「そんな、いくら異星人で、戦争の相手だからって」
「まったくだよね。『エイリアンは全て、地球を滅ぼす侵略者だ!』なんて、大昔のフィクションを鵜呑みにしてるよね。ワレワレハーって喋りながら、ビームの出る水鉄砲で攻撃してくるってさ」
喉をチョップして変な声を出しながら、隊長は揶揄するが、すぐに真面目な態度で、こちらへ向き直る。
「でも実際、そういう被害妄想を抱いている連中がいるんだよ。投降の意思を示したイーディア兵を撃ったり、連れ帰っても拷問や私刑をやったりってね。そういう奴らの支持を集めて一勢力を築いちゃってるのが、フレディ・ダークマン。ジャック・ダークマンの叔父で、USA宇宙軍主力艦隊を指揮する提督。頭の痛い事に、地球の防衛線を今まで維持し続けてきた功労者でもあるのよ」
心の底から忌々しげに、アルシャイン隊長は言った。
言葉だけを取れば、まごう事なき、将校クラスの人間に対する暴言だった。が、総司令もそれに頷く。
「もちろん、そんな非道を許さない者達も多い。私を筆頭にした総司令部の大半がそうであり、イーディアと直接交流した『IRSM』も同じく。開戦から3週間ほど経過した頃、事態を察知した我々は連携し、『総司令部直属』という錦の御旗を『IRSM』の防衛部である『黄昏の星々』に与えて派遣。イーディア人捕虜の安全確保と過激派へのけん制を行って来た」
総司令は一度席を立つと、デスクから1冊のファイルを手に取り戻ってくる。
「これまで救助できた捕虜のリストだ、昨夜のラトゥーラ・トイライデを入れて116名。全員、『IRSM』が自治権を持つ『ミルキーウェイ』に滞在している。丁度あそこには、使われていないサナトリウムエリアがあったのでね」
「当然、ダークマンたち過激派の連中は、自分たちの管轄下に寄越せと要求して来た、聞こえのいい文言並べてね。対するこっちは、自治権と総司令の権限という2枚の防壁で、それを弾き続けている」
だから今のところ、捕虜たちは無事だよ。と、アルシャイン隊長はからかうような笑みをこちらに向けながら言った。おそらく、『宴』の格納庫での一件を思い出しての事だろう。
俺の脳裏にも、あの翠色の瞳がよぎった。
彼女の無事を聞かされ、なぜかホッと気が休まる自分がいた。
しかしすぐに、隊長の顔から笑みが消えた。
「でもそれも、そろそろ限界が見え始めた」
「限界?」
「今までは過激派の連中も、自分達の正当性を保つために、明らかに違法な手段、てのはとってこなかったの。『事故』と称して電波妨害やったり、詐欺まがいな書類偽造はあったけどね。けど、今回は違った。総司令官の盗聴、医療特区での越権行為、拉致未遂。端的に並べると、見事なスリーアウトだ」
「火星戦で痛手をこうむり、かなり焦っているのだろう。自分たちに正当性を持たせるべく守ってきた軍規をかなぐり捨てた。次に何をしでかしてくるか判らない状況だ」
なにを、しでかすか?
「過激派が狙うのは、手っ取り早い『成果』。そしてフレディ達USA宇宙軍には、イーディア軍を確実に討ち破る、必殺の切り札がある・・・」
「……まさか、核兵器!?」
俺は思わず立ち上がり、総司令の顔を見る。
彼は言葉こそ発しなかったが、静かに目を閉じ眉間にしわを寄せた。




