黄昏《ラグナロク》の予兆 3
午前3時20分
『NGISS』医療セクター
メンテナンス用連絡通路
そんなわけで、俺/香住久遠と、ラトゥーラ・トイライデ、そして護衛役の<ブレイブナイツ>隊員2名は、入港直前、セクターに最接近したタイミングで、メンテナンス作業員に扮し『宴』を離艦。
セクターの警備に引っかからない様、ガチに単身で宇宙に飛び出し、頼れるのは通常の2倍の燃料を仕込んでいたガス圧式スラスターのみ、というまるで自殺志願者のような凶行だったが、俺達は無事、コロニー外殻へと憑りつくことができた。
「(まったく、正気の沙汰じゃない)」
最接近とはいっても、その距離1km。時間にして10分もの間、『バイザーを挟んだ数㎝先は真空』という極限空間を漂うのだ。そのストレスはいかほどの物か……。
おまけに、同行者の一人はあのラトゥーラ。初対面の時とは打って変わって、終始無言のまま目線すら合わせようとしない彼女の態度のせいで、余計に疲れた。
だが、そんな不満も到着して待機する事数分、入港直後の『宴』から届いた隠しカメラ映像によって吹き飛ぶ。
『zz……我々はっ、『NGISS保安部』であるっ!捕虜とした敵兵士がこちらに収容されたとの情報を得た。即刻引き渡せ!!』
『……さすがに「遺体」を拘束するなんてこと、しないわよね?』
保安部隊とアルシャイン隊長達の駆け引きを目にした俺は、ようやく自分の身の危険を実感する。
「なんだこれ……、まるで罪人扱いじゃないか!」
「ふん、これでも可愛い方さ。連中が識別できるのは、『従僕か敵』の2択だからね。前のケースじゃ、囮の死体に銃弾を撃ち込む奴も居たよ」
吐き捨てるように言うと、<クロヴィス>はテーザーガンを構えながら出発を促す。
「ミス・トイライデは私とこっちへ。他のイーディア人捕虜が匿われている我々の拠点『ミルキー・ウェイ』へお連れ致します」
『ミルキー・ウェイ』。『IRSM』/『国際救難支援医師団』が自治権を持つ、半コロニー型の惑星間航行病院船。半年前、イーディア人とのファーストコンタクトを果たしたのも、コロニー『アカデメイア』へ向かう途中であったこの船だ。
内部の総面積およそ3㎢の巨大なクジラは現在、医療セクターの裏側とドッキングしている。このメンテナンス通路を使えば、セクターの表層へ出る事なく、辿り付けるだろう。
「……」
やはりこちらを振り返る事なく、ラトゥーラたちはこの場を去ろうとする。
「あのさ、ラトゥーラ」
「……?」
ピクリと肩を震わせると、彼女は恐る恐る、という様子で俺を見る。
その仕草に、思わず罪悪感が沸いた。
「あ……えっと、気を付けて。あと、地球人はさ、あんな連中ばっかじゃないから。……それだけ」
今度は、俺が彼女をまともに見られなくなり、しどろもどろな物言いになる。
そんな俺に彼女は一言、
「……そうか」
とだけ返し、今度こそこちらを振り返る事なく、<クロヴィス>と去って行った。
そしてこの場に、<スワン>と2人で取り残される。
「……何か、気に障っちゃったかな?」
「いやぁ、あれは嫌ってるというより、いわゆるツンデレって奴では?」
「ツンデレ?」
背後で一人、全員分の宇宙服にテルミット爆薬を仕込んでいたドイツ人青年は語る。
「初対面の時暴走しちゃったもんだから、今回は頑張って本能を抑えた、ってところでっしょう。格納庫でのアレ、クルーの間で持ち切りでしたよ」
「……えらく細かい分析ですね」
俺がそう感心していると、爆薬を仕込み終えた宇宙服をエアロックから放出した<スワン>は、ハッチにもたれフゥとため息をつく。(宇宙服はまもなく、テルミットにより融解し消滅するだろう)
「ウチの部隊、隊長がアレでしょう?他のメンツも似たような曲者ぞろいで、中身と見た目が一致しないんですよ。自然と観察眼が肥えちゃいました」
副長ぐらいです、性格に裏表がないのは。と部隊のNo.3は苦笑する。
「まぁ、どのみち彼女は捕虜です。カスミ2尉と顔を合わせる機会は、普通ならもう無いでしょう。今は彼女の事より、自分の事を優先しましょうや」
「……ですね」
そう、この逃避行はここで終わりじゃない。むしろカウントダウンは、今から始まるようなものだ。
誤魔化せたのは、あくまで一時の事。時間が経てば過激派が、俺とラトゥーラの死に疑問を持つかもしれない。
一刻も早く、セーフティゾーンである穏健派の拠点、『国連宇宙軍総司令部』へ向かわなければ……。
俺たち2人は、仄暗いトンネルの中を、軍事セクターへ向けて進み始めた。
*****
約3時間後 午前6時
軍事セクター中心部
俺たちの潜入した医療セクター外郭区画から、ゴールである軍事セクター表層、国連宇宙軍総司令部までは、道のりにしておよそ山手線2周分の距離がある。
それを無重力区画が大半とは言え、徒歩で移動するのだから、俺達が軍事セクターの表層に出られたのは、国際標準時間での午前6時。
天井の太陽フィルターが解除され始め、空の彼方の街に『朝日』が差し込む時間帯だった。
人目につかない場所にある、メンテナンス区画との連絡口から表層に出た俺は、急激に増した明るさに、暫く視覚を奪われる。
その時だった。
タターン! タターン! タターン!
「銃声!?」
3度の発砲音がビル群に木霊する。俺はとっさに、手をかけていた扉の陰にしゃがみ込んだ。
しかし、国連軍の中枢近くでの銃声であったにも関わらず、大きな騒ぎになる気配はない。
だが、恐る恐る大通りの方へ眼を向ければ、そこには人だかりができている。
そして、その向こうで声が張り上げられた。
『敬礼ェ!』
♪~♪~~、♪~♪~~、♪~♪~、♪~♪~、♪~♪~~
簡素なトランペットの演奏が始まると同時に、群衆たちが同じ方向へ向かって、各々の作法に則った敬意を、死者の列に向けた。
「……弔砲だったか」
人垣の正体は、火星戦の犠牲者たちを追悼する葬列だった。
大通りを挟む歩道は、両側が隙間なく軍関係者に埋め尽くされている。国籍も階級もバラバラ。イーディア帝国という共通の敵が現れなければ、互いに銃口を向けあっていた国同士が、哀悼の意を共にし隣り合っている。
その合間から、黒塗りの車列がゆっくりと流れているのが見えた。このセクターの港から続くその葬列は、総司令部の前を経由し、これからコロニーの中核であるメインセクターへ向かい、そこから地球各地に散らばるそれぞれの故郷へと無言の帰還を果たし、そこでようやく安らかな眠りにつく。
そこまでに要する時間は、およそ72時間。それほど遠い場所で、彼らは、そして俺達は、さらに遠い場所から来た連中と戦争をしているのだと、ふと気づかされる。
俺は人垣を見つめ、その場から動けなくなる。頭の中に、俺を庇って討たれた隊長や、気づいた時には真空の暗闇に消えていた先輩達の姿が、まぶたの裏に何度も浮かび上がってくる。
彼らは遺体も残らず、葬列には名前の刻まれただけの空の棺。司令部の電光掲示板に、3階級特進の報が載せられ、遺族に手紙と勲章が送られる、たったそれだけ。戦死者の扱いとしては、コレが圧倒的に多い。
「なんで俺達、こんな事になってんだ?」
その言葉が、声となって漏れ出たのか、俺にはわからなかった。
だがそう思った直後、そっと後ろから肩を叩かれた。
「気持ちは解ります。ですが今は、安全の確保が先です。……こちらへ、総司令部には、裏口から入ります」
<スワン>の冷徹な声に促された俺は、彼に頷き返すと、もう一度葬列に向かい、短い、しかし念を込めた敬礼を送ってから、彼の後を追った。




