黄昏《ラグナロク》の予兆 2
午前3時15分(『宴』入港のしばらく前)
『NGISS』医療セクター・ベイ 外殻裏面部分
地球の衛星軌道上を周回する『NGISS』の維持には、日々の細やかな整備・点検が必要とされる。
外殻部分の各所にはメンテナンス用の通路やエアロックが設けられており、黄色に黒線の入った宇宙服姿の作業員が適時に巡回する事で、この巨大な『4つ葉のクローバー』は保たれているのである。
追加茂武もこの日、『NGISS』医療セクターのメンテナンス作業に当たっていた。
この業務に就いて5年目。作業も手慣れ、後輩の指導も任されるようになった彼だが、この日、奇妙な出来事を体験した。
それは、セクターの裏面、地球に面した区画の点検作業をしていた時の事だった。
「軍事セクターの方、結構ヤバいらしいですよ」
「ああ、さっき表面から戻ってきた連中から聴きました。ドックに入れないまま、外殻に『墜落』した艦もあるようで……」
「マジか。もしかしたら、俺達の中からアッチへ応援に行かされるかも……ん?」
武たちが外殻部分を巡回していると、同じ作業員用の宇宙服を着た4人組が見えた。それも命綱をつけておらず、腰のスラスターだけで移動している。
「おい、そこの!お前らどこから来たバカだ?……この時間、この辺を受け持っているのは俺達だけのはずだが?」
点検道具のサーチライトを4人へ向けて振りながら、武は叫ぶ。
命綱が無ければ、ふとした拍子に宇宙へ放り出され、最悪の場合は生身で大気圏にツッコむ羽目になるのだ。
必死の警告が届いたのか、4人組はスラスターを前方に吹かして減速し、そのうちの一人がワイヤーガンを使ってこちらへ飛んできた。
「……君たちは医療セクター担当のメンテ係かい?丁度良かった、破片探しを手伝ってほしいんだけど」
「はぁ!?」
焦った様子でまくし立てる不審者に、武は呆気にとられながらも、己の職務を遂行しようとする。
「お前らは何者だ?医療特区の所属じゃねぇだろう」
「……ああ、緊急事態なんで慌ててた。僕はジョン・ドゥー。あっちの3人と、今日軍事セクターに配属されたばかりなんだけど……」
そう言って肩に付いたワッペンを見せるジョン。その意匠は確かに、『NGISS』を表す『4つ葉のクローバー』とメンテナンス作業員であることを示す『スパナ』の組み合わせで、4つ葉の内、軍事セクターに当たる右の葉が、赤色で塗りつぶされている。
偽造の効かない特殊なワッペンであることを知る武たちは、ジョンの言葉を信用した。
「それで?管轄外のあんたらが、ここにで何してるんだ?」
「さっきも言ったけど破片探しだよ。もう聞いてると思うけど、火星防衛に出てた艦隊がボロボロで戻って来たんだ。で、そのうちの何隻かが途中で力尽きて爆沈。その破片が裏面に流れて行ったらしいって、ウチは作業員総出で、デプリ探しさ」
ここは衛星軌道上。艦の残骸など、いわゆるスペースデブリは、放置すれば高速で軌道上を周回し、コロニーに被害を与える弾丸と化す恐れがある。
「そいつはまずいな。まだこの辺には届いてない様子だが、他の連中にも声をかけておこう。……ところで、あんたら酸素は大丈夫か?」
「ああ、実はそろそろイエローゾーンでね。一旦セクター内に戻りたいんだけど」
「なら、すぐそこのM78ハッチを使いな。上層への連絡通路に繋がっている上に、ミルキーウェイへも繋がっているから便利だ」
「そうか、ありがとう。くれぐれも、小さい破片を見逃さないように……」
そう言い残すと、ジョンは再びスラスターを吹かし、他の3人と共に去って行った。
それを見送った武は、上司や他の区画で作業中の仲間たちへ連絡を入れようとしたが、その時はたと気付いた。
「『ジョン・ドゥー』って『身元不明遺体』の隠語じゃねぇか!?」
慌てて振り返るが、4人の姿は視野の外に消えていた。
*****
数分後
M94エアロック
偶然鉢合わせた作業員たちを、ゴリ押しで誤魔化した後、俺達は教えられたのとは別の、彼らから死角となる位置のエアロックへと辿り着いた。
『このハッチです、香住2尉、ミス・トイライデ。お先にどうぞ』
引率兼護衛役を務める<スワン>に促され、俺とラトゥーラは直径1mの狭い縦穴へと、頭から突っ込んだ。その後から、彼ともう一人の護衛役<クロヴィス>もエアロックに入り、ハッチが閉じられる。
<<(Bu--Byyy)……防護扉の閉鎖確認。気圧調整を開始します>>
警告アナウンスと共に、縦穴の中を赤いランプが照らし、壁面から白い靄が噴き出す。
およそ30秒後、靄が止まると、赤いランプは消え、頭側の扉に緑色のLEDライトが灯る。
<<気圧調整完了。セクター側ハッチの解放を許可します>>
アナウンスを待ってから、下からすり抜けてきた<スワン>がハッチを開け、先に外へ出る。それに続いて俺、ラトゥーラ、<クロヴィス>の順に、幽かな非常灯だけが灯りとなっている回廊へと抜け出た。
<クロヴィス>がハッチを占めると、腕のモニターで酸素の有無を確認してから、俺達はヘルメットを外し、少しオイル臭い、しかしたっぷりとある空気を吸い込んだ。
「ふぅ、第一関門は突破、かな?」
「まだ油断はしない方が良い。先ほどの様に作業員と鉢合わせたら、面倒な事になる」
必要とあらばこれを使う、とスタンガンを腰から抜き安全装置を外す<クロヴィス>。
「まったく、死ぬ事がこれほど大変だとは、夢にも思わなかったよ」
俺と同じ日本人だと思われるボーイッシュな少女の、物騒な言動に、俺は苦笑で返した。
*****
2月16日 午後0時15分
巡洋艦『宴』 レストルーム
「香住久遠2尉。君、『戦死』してくれないかな?」
状況がうまく呑み込めなかった俺と出雲に、アルシャイン隊長は、言い放った。
「なにをいきなりっ!?」
「落ち着け出雲っ!……説明していただけますよね?」
跳びかかろうとした出雲を抑えながら、俺もテーブルに置かれていたティースプーンを掌に隠し、アルシャイン隊長たちを問い詰める。
するとサクラ副隊長が、握りつぶしたメモを広げ、こちらに掲げた。
それは、軍司令部にいるという内通者から送られてきた密告。
『「NGISS」内部の過激派勢力が、捕虜となったラトゥーラと、その場に居合わせた香住久遠の身柄を拘束しようと待ち構えている』という内容だった。
「ここにある『過激派』っていうのは、簡単に言えば、『イーディア人を皆殺しにしよう』って叫んでる連中でね。残念な事に、軍関係者にもシンパが少なくない。そいつらがラトゥーラとクオン君を狙っているんだ」
「なんで?そのイーディア人はともかく、なんでクーちゃん・・香住2尉まで拘束されないといけないのですか!?」
身内が狙われていると知り、焦る出雲。そんな彼女に、アルシャイン隊長は冷静に語る。
「彼女と一緒に保護されたから、というのが理由だろうね。過激派の認識では、彼は捕虜の存在を知る唯一の存在だ。つまりは、連中はラトゥーラに非合法な処置をするから、目撃者であるクオン君も一緒に消して置こうって事」
「そんなこと、許されるんですか?」
「どんな非道も、表沙汰にできなければ裁けない。裏返せば、『やった事』をもみ消せる力が、連中にはあるという事だ」
サクラ隊長は、さも当然の様に言い放った。しかし、その表情は俺たち以上に、まるでドブの中を覗き込むように歪んでいる。
そこから、2人の話が本当だと汲み取った俺の思考は、ぐちゃぐちゃになった。
敵の捕虜と兵士1人の存在を抹消できる存在……国連軍の上層部か?
敵との戦いで生き残った俺は、味方に殺されるのか?
アルシャイン隊長たちも、それに同調……いや、違う!目の前の様子を見れば、2人が過激派ではない事は察せる。
「自分たちの身を守るために、『死ぬ』必要がある、と?」
「クーちゃん?」
話についてこれていない出雲が、怯えた顔でこちらを振り返る。
アルシャイン隊長は、彼女を安心させるように微笑むと、保温庫からドリンクの缶を何本か取り出し、テーブルに並べる。
青汁と酒が一本ずつ、コーラ4本にホットココア2本という、カオスな組み合わせだった。
「もちろん、本当に死ぬ訳じゃないよ。……残念な事に、今回は完全に後手に回っていて、私たちがどんなにゴリ押ししても、正面から君たちを逃がすのは無理だ。だから遺体を偽造して、奴らを欺く」
遺体に見立てたのだろう酒の缶を、同じく過激派に見立てた青汁の缶と共にスライドさせるアルシャイン隊長。
なかなか稚拙な説明の仕方だが、出雲はそれで少しは冷静さを取り戻したのか、ソファへ腰を戻した。
「そんなこと、可能なんですか?」
「我々としても不本意だが、収容した遺体を利用させてもらう。もちろん、この一件が済み次第、正しい身元で葬らせていただくと約束しよう。偽装に関しては、趣味で特殊メイクを極めた暇人が居る、とだけ言っておく」
「ハリウッドで修行してた凄腕だよ……と、脱線しかけた。とにかく、2人を捕まえるために待ち受けている連中の前に、私たちは『遺体』と一緒に出ていく。本物の君たちは、私のチームの子たちと一緒に、入港前に『宴』を脱出、メンテナンス作業員に扮して『NGISS』外殻から潜入してもらう」
コーラが2本ずつに分かれ、片方が遺体と過激派の方へ、もう片方が、ココアの缶と共に反対方向へ向かう。
「そこから二手に分かれて、ラトゥーラは『IRSM』に治外法権が認められているコロニー『ミルキーウェイ』へ。クオン君は私たちの待つ、国連軍総司令部へ来てもらってフィニッシュ、という作戦になる。……げっぷ、理解できた?」
最後にコーラの一本を開け、グイッとあおると、アルシャイン隊長はドヤ顔で締めた。
「出雲とヤクモ、俺と係わりのある2人については?」
「ミス・シノノメと兄君は、連中からマークされていないから、普通に下艦出来ると思う。ただ、しばらくは我々の仲間が、陰ながら警護につくだろう。もちろん、クオン君の生存は秘密にしておいてほしい」
少なくとも、俺以外の人間にまで危害が及ぶ事はない。それを聞いて、少し安堵した。
「クーちゃん……」
「心配すんなよ、出雲。そんな顔をされたままだと、芝居じゃ無しに八雲のやつに殺されちまう。それに訓練生時代からの悪運の強さは、いつも酒の席でネタに……あ」
出雲を安心させようと、軽口をたたく最中、嫌な予感がふと過り、俺は尋ねた。
「一つだけ質問が。どうやって『宴』から『NGISS』へ?」
「ふふふ。クオン君、訓練生時代に月で遭難した経験、あるんだってねェ。なら、命綱なしの宇宙遊泳、もう一回やってみない?」
予感は的中した。




