黄昏《ラグナロク》の予兆 1
2186年2月17日 国際標準時間午前3時
太陽系第3惑星 地球 衛星軌道上 『NGISS』
『New Generation International Space Station』、通称『NGISS』。
東京23区と同等の面積を有する4つの『区画』と1つの球体で構成されている。区画は、それぞれ『医療特区』、『商業特区』、『技術研究特区』、『軍事特区』として独自の機能を有している。それらを繋ぐ中央部分の球体『メインセクター』が、地球や他のコロニーとの交易を担う港となっている他、各区画毎にもそれぞれ専用の『セクター・ベイ』が設けられている。
地球のはるか上空、高度およそ420kmに浮かぶこの『4つ葉のクローバー』は、『ディフロユールの厄災』で培った技術を基に、地球と宇宙を結ぶ玄関口として建造された。
異星人文明との戦争中である現在では、『軍事特区』内に国連軍の最高司令部が置かれている事から、ワープゲートを有する月面基地と合わせ、連合軍の最終防衛線の要を担っており、その『セクター・ベイ』もまた、主力艦隊の母港として、最大500隻が収容できるよう改造が施されている。
その『NGISS』に巡洋艦『宴』が到着したのは、火星での戦闘が終了してからおよそ50時間後、本隊より3時間遅れての事。戦闘終了後、遭難者の救難任務に当たっていた為の遅延だった。
*****
『宴』 艦橋
「これは……、ひどいな」
『宴』艦長、ハグ・ラサールは、正面に飛び込んできた光景に絶句し、苦い表情を浮かべる。
その隣に控えていたカスミ・アルシャイン以下、<ブレイブナイツ>の代表者3人も同様だった。
「不謹慎だけど、古い映画を思い出したよ。虫が支配する惑星を楽観的に攻撃した艦隊が、壊滅して帰ってくるシーン。アレにそっくりだ」
「私もだ。すると、この艦は『ロジャー・ヤング』になるわけか」
カスミと華桜が引き合いに出したのは、アメリカのSF小説を基にした、昆虫型エイリアンとの戦争を描いた作品。100年以上前の映画だったが、目の前の光景は、まさにその再現の様だった。
彼らが目にしているのは『NGISS』を形成する4枚葉の1枚、『軍事特区』の表面部分。国連軍防衛艦隊の拠点として拡張された『セクター・ベイ』とその周辺である。
500隻が一度に収容できる港に対し、火星戦で生存した艦は僅か200隻と少し。本来なら全ての艦が入渠出来るはずなのだが、セクターの外殻及び周辺宙域は、ドックに入れなかったと思われる艦艇で埋め尽くされていた。
その多くが大破もしくは航行不能状態で、中にはコロニーの外殻に頭から突っ込んでいる艦、今も各所で爆発が起きている艦もあるほど。さらに、その周りを、損傷が比較的軽微だった駆逐艦や『NGISS』から派遣されたレスキュー艇が、救助活動の為に取り巻いており、この場の混沌具合を深めている。
「それで、我らが『イバネス艦長』は、どうします?」
「アホウ、イバネスは女性だろうが……。どうする、とは?」
「俺達も救助に向かうべきで?……というか、このまま進んで良いんすかね?」
そう艦長を仰ぐのは、<スワン>こと、ジーク・ムゼーウス。地上での任務では高機動特殊車両<キグヌァス>のドライバーを務め、宇宙では<キグヌァス>の派生機体である探査艇<オルニス>を操縦するという多彩な技量の持ち主。<ブレイブナイツ>内の指揮系統では、副隊長である華桜に次ぐ立場だ。
現状の様な数㎝単位での動作が求められる現場では、カスミの<アクィラ>タイプや華桜の<リィラ>タイプの機体は、慣性がキツい為に運用できない。そこでジーク率いる<オルニス>を主体とする分隊、チーム<サバト>が救助支援に当たる事が最善と考えられた。が……、
「ピィ、司令部からの通信はなんと?」
「確認中です……入電!『軍事セクター・ベイは現在、「ドニー・カード」の入港強行を始まりとする多重事故の影響で機能しておらず。「宴」は、医療セクターベイへ向かわれたし。副司令アレックス・トレマーより』以上です」
通信士ピィ・イェドからの報告に、艦長は頭を抱えた。
「『ドニー・カード』かぁ……。よりにもよって、艦隊旗艦が混乱の原因とは……」
しかし対照的に、<ブレイブナイツ>の面々はほっとした様子である。
「ふぅ、理由はどうであれ、向こうから医療セクターへ変更しろと言って来たんです。素直に従いましょう」
「いくら隣り合っていると言えど、管轄の違うセクターにまで、奴らも手を出してこないだろう。仕込みがもったいない事になったが、一安心だな」
「万が一って事もあるからさ、とりあえず行き先以外は予定通りに進めておこう。ジーク、『ゲスト達のお見送り』よろしくね」
最低限度の緊張感を残しつつ、カスミは部下に指示を出すと、下艦準備の為に艦橋から出て行った。
しかし、自分たちが警戒していた相手が、『万が一』を現実に起こす連中だったことを、彼らはこの後知る。
*****
午前3時20分
『NGISS』医療セクター・ベイ ターミナル
無傷な状態の『宴』のドッキングは、問題なく完了した。艦へと延ばされたスロープから、救助された兵士たちが続々と降り、待ち受けていた医療セクターのスタッフに出迎えられる。
直径5メートルの半円状の通路を抜け、広々としたロビーに到着した彼らは安堵のため息を漏らし、もしくは散った戦友たちを想い涙した。
医療スタッフたちは、そんな彼らを静かに受け入れ、介助が必要な負傷者には、担架や車いすを用意し、敬意をもって接した。
ところが、その空気を乱す一団が、突然ロビーに押し入ってくる。
今や歴史の教科書でしか見られないような、古臭い憲兵服に身を包んだ10人ほどの集団は、帰還兵の退出を遮るように陣取る。
そして、その中の1人が、ロビー全体を威圧するように声を上げた。
「我々はっ、『NGISS保安部』であるっ!捕虜とした敵兵士がこちらに収容されたとの情報を得た。即刻引き渡せ!!」
やたらと派手な徽章をいくつも付けた中年男の言葉に、ロビー内に動揺が走る。
「なんで保安部が?治安維持が仕事のはずだろう?」
「それに捕虜って、そんな奴中にいたか?」
「あ、いやちょっと待て。確か救護室に居た奴が、ちらっとそんな話を……」
コロニーへの出入り口を塞がれ、しかも自分たちと一緒に敵兵が乗っていたと告げられた生存者たちは、困惑した様子で立ち往生してしまう。
この場を制したとみた保安部の一団は、満足げな顔でスロープへと向かう。
ところが、先にスロープの方からこちらへ向かってくる一団があった。喪服に身を包んだ数名が、2台の担架を重苦しい雰囲気を醸しながら運んでいる。その先頭を行くのは、赤いアイマスクを付けた女性と黄昏色の髪をした女性。
その2人と面識があるのか、鉢合わせた中年男は、目を見開いて固まる。
「なっ、貴様らは……」
「ああ、誰かと思えば。ジャック・ダークマン殿ではありませんか。軍事特区の保安部長様がそんなに大勢を引き連れて、医療特区に何か御用?」
カスミ・アルシャインは皮肉を込めてそう尋ねる。
中年男、ダークマンは彼女とその周りの者たちを忌々しげに一瞥し、言葉を返す。
「アルシャイン、また貴様ら『IRSM』か。だが今回ばかりは言い逃れできんぞ。今回の捕虜の情報は、総司令部が源だからな」
猪のような顔をさらに醜くゆがませ、こちらを威圧するダークマンに、アルシャインはため息を一つ吐くと、一歩も引かぬ姿勢で対峙する。
「どうやって仕入れたかは、聞かないであげる。でも、毎度毎度言っているように、もし本当に捕虜が居たとしても、コロニー内の治安維持が主任務なあなた達に、引き取る権限はない!そもそも、保安部と言っても、あなた達は軍事特区担当でしょう。ここは医療特区、紋所が同じだからって、越権行為は許されないよ」
「今は戦時下だ。どこも人手が足りておらん。故に我々が『応援』として駆け付けた。本来の担当部署からの要請書もある!」
そう言ってダークマンが右腕を後ろへ回すと、取り巻いていた部下の一人が4つ折りにされた書類を手渡す。
それを見せつけられたカスミは、共に担架を運んでいた『宴』のクルーたちと顔を見合わせた。
そしてしばしの沈黙の後、あきらめたように頭を振る。
「解った。今回は私たちの負け……確かにイーディア人の兵士を一人、回収した。でも……」
途中で言葉を切ると、カスミは担架にかけられたシーツを半分だけめくる。
その下から現れたのは、眠るように横たわる、顔が包帯でぐぐる巻きにされた人間。横に細長く伸びた両耳が、それが異星人だと証明していたが、包帯からわずかに除く皮膚は、ひどく焼け焦げていた。
「なっ!?」
「残念ながら、私達が発見した時、彼女はもう死んでいたの。そっちの彼と相打ちになってねっ」
バサッ、ともう一台の担架のシーツもめくり、カスミは保安隊の面々を睨みつける。
もう一つの担架に寝かされていたのは、パイロットスーツを着た青年。その顔はひどく腫れ上がり土気色に変色している上、片腕と両足が無くなっていた。
2人の姿が露わになると、他の『宴』クルー全員が静かに、黙とうを捧げるように頭を垂れる。
その様子を見たダークマン以外の保安隊員たちは、一様に戸惑いと居心地の悪さを顔に浮かべ、上司へ視線を向ける。
しかしダークマンは、そんな部下たちを無視し、カスミに詰め寄る。
「そこの日本人は、本当に死んでいるのか?」
「あら?私は彼が日本人だとは一言も言っていないけど?それに、あなた達の目的は捕虜だけじゃん。なんで彼の事を気にするのさ?」
「……貴様には関係ない話だ」
「あらそう?じゃあもう行っていいかな?さすがに『遺体』を拘束するなんてこと、しないわよね?」
ダークマンは悔しげに表情と拳を固めるが、無言のまま道を空ける。
それを了承と受け取った『宴』の一行は、横たわる2人を再びシーツで覆うと、静かにその場を去っていった。
*****
医療セクター・ベイ 特別搬入口
待ち構えていた救急車へ、2つの担架と共に乗り込んだカスミ達は、扉が閉じられた瞬間、一斉に緊張の糸を解いた。
「はぁ、危なかったぁ。ホントに何で居やがったのよ、あのヴィランども!」
「『ゲスト』たちの方、大丈夫かな?ジーくんとヤタちゃんだけじゃなく、あと2、3人行った方が……」
「少人数の方がかえって安全だよ。それに……」
不安がる部下たちに、カスミは携帯端末に表示した情報を見せる。
「彼らのゴール地点は此処。幾ら連中が外道でも、絶対に狼藉を働けない場所だよ」




