戦の後の『宴』 4
前もってお詫びの言葉を。
「全国の『マヨラー』と呼ばれる皆様、申し訳ありません。
本文中に述べられた文言は、作者の主観であり、『好き嫌い』です。
またこの物語はフィクションです。
実在のマヨネーズに対して誹謗・中傷する意図は一切ございません。
2186年2月16日 午後0時
『宴』艦内 居住区画の一室
半ば追い出される形で救護室から退いた俺と出雲。しかしそこでとある人物に呼び止められ、現在、彼女の自室へと招かれていた。
「お昼まだでしょう?この時間の食堂は結構混んでるから、此処で食べていきなよ。とっておきのサンドイッチがあるんだ」
アルシャイン隊長は、備え付けの小型食糧庫を漁りながら、適当に選んだ中身を俺達に寄越した。
「置きすぎて賞味期限がヤバいのもあるけど、サクラが引き取ってくれるよね?」
「そんな物を客人に進めるな。……っておい!?ヤバいどころか、コレ先週の日付だぞ!」
「あら、ホントだ。でも冷凍庫入れてたし、トースターで焼いたら大丈夫っしょ。あ、クオン君たちのは、昨日ちょろまかしてきたヤツだから、安心してね」
「私が安心できんわ!」
途中で合流したサクラ副隊長と、そんな風にサンドイッチの押し付け合いを演じる部屋の主に、俺と出雲は只々あっけにとられるばかりだった。
「(……こんな人たちが、本当に陰謀を企てるテロリストなのか?)」
ヤクモとの再会で芽生えた警戒心は、カタパルトで放出されたように、どこかへ消え失せていった。
*****
しばらくして、三角形から球体に変形したソレがブーザービーターとしてゴミ箱へ投げ込まれると、アルシャイン隊長は気を取り直し、全員分のコーヒーを配り席に着く。
「卵、マスクに飛んでるぞ」
「うえ、マジか」
サクラ副隊長に指摘されると、隊長はその赤いアイマスクを顔に付けたまま、ゴシゴシとナプキンで拭き取る。
やっぱり、前線で噂されるような悪党には思えない。
それどころか、
「(……似ている)」
元々上半分が隠されているその顔が、布切れで更に口元を残す程度に覆われると、ふとそんな感想が浮かんだ。
『周りを巻き込んでバカをやらかすと思えば、ちゃっかり人助けなぞをやっている』
出会って数時間、それも素顔をまだ知らないその女性から、なぜか姉の気配を感じ取ったのだ。
「……ん?どうしたの、クオン君。遠慮せずに食べていいんだよ、我が艦の名物『マヨなし卵サンド』」
「あっ、はい。……頂きます」
見つめていたのをごまかす様に、俺は促されるまま、テーブルに置かれた食事にありつく。
バターと少しの塩のみで焼いた卵にトマトケチャップというシンプルな組み合わせが、僅か10秒ほどで胃の中に消える。
脱線するが、マヨネーズは俺の天敵だ。油分は嫌いじゃない、酢の物は好きだ、卵は毎朝食べている。だが、『オイリーで酢酸臭のある卵風味のクリーム』というのは、「こんな産業廃棄物を思いついたのはどこのアホウだ」と、吐き気と共に憤りを覚えるほどに受け付けられない。
サンドイッチと聞いて、内心では手を付けないでおこうと考えていたほどだ。正直、『マヨなし卵サンド』を選んでくれた隊長には拍手を送りたかった。
そう心の中でうれし涙を流しながら、コーヒーを啜っていると、アルシャイン隊長が尋ねてくる。
「ねぇ、クオン君。さっきなんで、私の事見てたのかな?」
「えっ、いや……あの……」
まさか与太話を聞いて警戒していたとは言えず、つい無言で視線をそらしてしまう。
「あ、もしかして。このアイマスクが気になる?やっぱり初めての人は気になるよねぇ~」
だがアルシャイン隊長は、そんな俺の様子を気にすることなく、その顔に付けた、前世紀のロボットアニメでライバルキャラの大佐がつけていそうなマスクを指し示しながら、俺の隣へ回り込んできた。
的外れだが、気にならないといえば嘘になるので、俺は出雲の方へのけ反りながら頷く。
すると、彼女は苦笑を浮かべながら、勝手に語りだす。
「ん~、あんまり普及してないからな解りづらいだろうけど、これ、目の治療器具なんだよ。その名もずばり視覚矯正器『ホークアイ』。私のコールサイン、<ホーク>の名前の由来でもあるんだ」
「え、そこからですか?『わし座』じゃなく?」
「ふふ、確かに私が<ハープ>、つまり『こと座』であるなら、こいつの<ホーク>が『わし座』由来と考えるのが普通だな。ホークは本来『鷹』で、『鷲』は『イーグル』だろうとツッコまれる時もあるが、生物学上、両者は同一の種であるし、『F-15戦闘機』との混同を避けた、というのもある」
サクラ副隊長は、横からどうでも良い捕捉を入れてきた。
「パイロット成りたての頃にドジ踏んじゃってね。こんな玩具をくっつけておかないと、まともに目が見えないんだよ~」
「ああ、なるほど」
訓練生時代に、うっかりフィルター無しで太陽を見てしまった同期が、同様の器具を装着していたのを見ている俺は、あっさりとした頷きで返した。もっとも、あれはもっとデカい、サイボーグ警官のヘルメットのような代物だったが。
医療技術の進化により、かつては治療の為に入院が必要だった病気やケガも、その多くが、今では日常生活を送りながら治せるようになっている。
今、医務室で寝ているヤクモも、かつて訓練機の排熱口でマシュマロを焼くという意味不明なチャレンジで顔の右半面を火傷し、「オペラ座の怪人」のエリックが如きマスクを2か月ほど装着した。おかげで、今ではその痕跡はどこにも見られない。
(余談ながら、そのマスクの所為で操縦が鈍り、治療期間中に受けた卒業試験の順位が落ちてしまったという事を、ここに記しておく)
隊長の『ドジ』がどれ程なのか不明だが、あれだけの操縦ができるという事は、それほど大事ではないのだろう。
大して気にする事でもない、と俺はそれで話を終わらせようとしたのだが。
「あれれ、興味なかった?にしては私の事、しっかり見つめてたのにぃ~」
俺の反応が気に入らなかったのか、アルシャイン隊長はむすっとむくれる。
そして唐突に、だらりと俺の右半身にもたれ掛かってくる。
「(ほんと子供っぽいなぁ、この人)」
ヤツ姉みたいだ、と再び姉の面影を重ねながら、俺は無視して残っていたコーヒーに手を付ける。
ところが、彼女は俺の耳元で、ぼそっととんでもない事を呟いてきた。
「もしかして、〝私たちがテロリストなんじゃないか?”って考えちゃってる?」
「ムグっ!?……どうしてそれをっ!」
噴き出すのをどうにか堪こらえたものの、テーブルのナプキンに手を伸す俺に、アルシャイン隊長は悪戯っぽい笑みを向けて種明かしをする。
「救護室での会話、モニターとマイクで筒抜けだったんだよ。あ、別に盗聴していたとかじゃなくて、患者さんの様子を確認する為に付けてた奴だから。そこは誤解が無いようにね」
「ま、医療班でもないのに、勝手にモニタリングルームに入り込んだ上で、だからな。もともと私は、その事で説教をする為に立ち寄ったんだ」
「ええ~!さっきのげんこつで終わりじゃないの!?」
親に叱られた子供のように、涙目になるアルシャイン隊長。
そんな彼女にため息を吐くと、サクラ副隊長は自分のコーヒーを一口飲み込むと、ちゃらけた空気を打ち消す眼差しで、こちらを見据えた。
「気分を害したのなら謝罪するが、こいつなりに、助けた君たちを心配しての事だ。それだけでも、頭の隅に留めておいてくれ」
「……分かりました。ですが教えてください。あなた達は、本当に『黄昏の星々』なのですか?ならばなぜ『宴』は火星にいたのか。それは、中立を宣言している事と矛盾しませんか?」
これまで黙っていた出雲がやや身を乗り出して、静かに、しかし強い口調で問いかける。この部屋には俺達4人しかいない。故に突っ込んだ質問をぶつけたのだろう。
「まぁ、まて。順番に答えるから、落ち着いてくれ」
中華系英国人の麗人は口元を拭いながら、それをそっと制する。
「まず、最初の質問。端的に言えば、確かに私たちは『IRSM』の一員だ。厳密にはその防衛部、『黄昏の星々』所属の一個小隊。いわゆる『民間軍事警備会社』のような物と捉えてくれたらいい。そして、今の雇い主は国連軍の総司令官、ボラリス・ウラミノール氏。主な任務は戦闘終了後の戦場における人命救助」
「地球や火星みたいな地表での戦いと違って、宇宙では逸れたら即、お陀仏。本来SAR(捜索救難)任務は正規軍のする事だけど、人手が全く足りてない。それで……」
「第三者であるあなた方も参加している、と?」
半信半疑に呟いた出雲に、2人は頷いた。
「そういう事。で、まったくの部外者をうろつかせる訳にいかないって事で、国連軍総司令官の直属という『首輪』を付けられている。けど、クオン君は実際に見たから解るよね?私たちは地球人だけでなく、イーディア人も救助している。だから中立は保たれている、というのが国連軍上層部と『IRSM』双方の公式見解。これで疑問は晴れたかしら?」
アルシャイン隊長の無邪気な笑みに、出雲は形だけの頷きを返す。だが俺達は、「ああそうだったんですか」と、簡単には納得できない。
「そんな話、今まで一度も……」
「自軍の兵を救助できないほど損耗してる、なんて。現在でも反戦を叫ぶ市井の声があるのに、公表できる?彼らに知られたら、恰好の攻撃材料にされかねない。確かに情報を隠すのは、平時ならダメな事だけど、これ以上無駄な混乱が起こったら、地球は確実に滅ぶ。それで私たちの存在は、積極的には公にされていないってわけ。これでもまだ納得できない?」
「…………」
自分たちが、まともに戦えない状態にある。
そんな話を、会って間もない、正規兵でもない人間に断言された。
だが、それを告げた本人が、苦さをこらえるような顔で、砂糖をカップにぶち込んでいるのを見ていると、言葉が出てこない。
「まぁ、頑張っても限界は来ちゃうんだけどね。でもそうなる前に、私たちは”動く”」
「え?」
「馬鹿!その話をここでするな!」
アルシャイン隊長の意味深な言葉に、サクラ副隊長が慌てる。
「『動く』?いったい何をっ」
「隊長、いらっしゃいますか?『ミルキーウェイ』から電文です!」
出雲が問い詰めようとしたその時、部屋の外から声がかけられた。
「おお、ナイスタイミンg……もとい、なんだろう?定時連絡はさっき済ませたのに……入って」
「失礼します」
アルシャイン隊長と同じく、『TS』のエンブレムを胸に掲げた青年が、小さなメモを手に入ってきた。
先の失言をごまかすようにそれを受け取る隊長。すると、その口元がだんだんと引きつりだした。
「……どういうつもりなの、これ。こんな事やってて良い時期か!?」
「どうした?」
メモを横取るようにして読んだサクラ副隊長も、怒りで顔を歪め、メモを握りつぶす。
「……ちっ、面倒なことを」
2人の異様な様子に、俺も出雲も息を呑み、その場を見守る。
そして、耳が痛くなるような静けさが続いたあと、アルシャイン隊長はようやく口を開く。
「ごめんね、クオン君、出雲ちゃん。君たちとは『NGISS』についたら、もうさようならだと考えていたんだけど、そうもいかなくなっっちゃった」
「それは、どういう……?」
俺が聞き返すと、アイマスクの越しでも判るほど、申し訳なさそうな顔をした隊長は、信じられない提案を口にする。
「香住久遠2尉。君、『戦死』してくれないかな?」




