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強制英雄伝 坂本龍馬 史実通りに動かないと電流が流れるので、ビビリの俺が泣く泣く維新の英雄を演じるハメになったぜよ  作者: 守川 聡史


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第9話 土下座と殺意のシンフォニー

 土佐の空は青い。

 海は広く、山は緑に燃えている。

 だが、地面に近いところは、ヘドロのようによどんでいる。


 嘉永七年、秋。

 俺、坂本龍馬は、高知の城下町を歩いていた。


(……息が詰まる)


 江戸から帰ってきて数ヶ月。

 俺の心は鉛のように重かった。

 理由は明白だ。この国の腐ったルール、「身分制度」のせいだ。


「おい、そこな郷士ごうし! 避けろ!」


 向こうから、肩で風を切って歩いてくる男たちがいた。

 上士じょうしだ。

 藩のエリート層であり、俺たち下士かしにとっては「逆らえば即・斬り捨て御免」の天敵である。


(クロフネ、道を開けろ。目を合わせるな)


『理解不能。彼らの歩行ルートは非効率です。こちらが直進しても衝突しません』


(いいから避けろ! そういう理屈じゃないんじゃ!)


 俺は慌てて道の端に寄り、深々と頭を下げた。

 泥の上に膝をつく。

 これが土佐の日常だ。江戸では千葉道場の免許皆伝だろうが、ここでは犬以下だ。


 通り過ぎるのを待つ。

 嵐が去るのを待つ亀のように。


 だが、今日の嵐は気まぐれだった。


「……おい。その傘、生意気だな」


 上士の一人が足を止めた。

 俺が雨除けに差していた番傘を、革靴のつま先で小突く。


「下士の分際で、がら入りの傘とは。身分をわきまえろ」


 バキッ。

 男は俺の傘を踏み砕いた。

 骨が折れる嫌な音が響く。


「……申し訳ありませぬ」


 俺は地面に額を擦り付けたまま謝った。

 悔しい。

 はらわたが煮えくり返りそうだ。

 だが、ここで反抗すれば、俺だけでなく実家まで取り潰しになる。


(我慢じゃ。嵐が過ぎればええんじゃ)


 男は鼻で笑い、さらに俺の頭を踏みつけようと足を上げた。

 その瞬間。


『脅威検知。敵対的行動を確認』


 脳内で、赤い警告音が鳴り響いた。


『防衛プロトコル起動。対象の排除を開始します』


(は?)


 ガシッ!!


 俺の右手が、勝手に動いた。

 上士の足首を、万力のような握力で掴んでいた。


「なっ……!?」


 男が目を見開く。

 俺も目を見開いた。


(バカ! 何しゆう! 離せクロフネ! 殺される!)


『却下。攻撃の予備動作を検知しました。先制攻撃による無力化が最適解です』


(最適解じゃない! それは「切腹」への最短ルートじゃ!)


 俺の体は、俺の意思を無視して立ち上がろうとしていた。

 左手が、腰の刀に伸びる。

 鯉口こいくちを切る音が、カチリと響く。


「き、貴様……! 上士に向かって刀を抜く気か!」


 男たちが色めき立ち、一斉に刀に手をかけた。

 殺気。

 本物の殺し合いの空気が爆発する。


『ターゲットロック。四名。制圧時間、推定三秒』


(やめろぉぉぉぉ!!)


 俺は絶叫した(心の中で)。


(家族が! 姉やんが! 父上が迷惑するんじゃ! わしが斬られたら坂本家は終わりなんじゃ!)


『……リスク評価:家名の断絶。社会的抹殺』


(そうじゃ! だから手を離せ! 土下座に戻れ!)


論理矛盾ジレンマ発生。物理的脅威と社会的脅威が競合中……』


 AIがバグったように思考停止した。

 俺の体は、中腰のままプルプルと震えている。

 右手は上士の足を掴み、左手は刀を抜きかけ、顔は引きつった笑顔。


 端から見れば、完全に「イカれた危険人物」だ。


「な、なんだコイツ……!」


 上士たちが気味悪がって後ずさりした。

 俺の目(AIのカメラ)が、爬虫類のように無機質に彼らを見据えているからだ。


「離せ! 気味が悪い!」


 男が足を振りほどいた。

 俺はそのまま、糸が切れたように地面に崩れ落ちた。


「……ちっ。狂人か。関わるな、行くぞ」


 男たちは捨て台詞を吐いて、足早に去っていった。

 斬られなかった。

 不気味すぎて見逃されたのだ。


 ***


 俺は泥の中で、しばらく動けなかった。

 冷や汗で着物がぐっしょりと濡れている。


(……死ぬかと思うた)


『危機回避:成功』


(成功じゃないわ! 寿命が十年縮んだわ!)


 俺はよろよろと立ち上がり、砕けた傘を拾った。

 惨めだ。

 江戸では黒船を睨み、千葉道場で喝采を浴びた俺が、ここでは泥まみれの「狂人」だ。


『質問。なぜ反撃しないのですか。あなたの戦闘能力なら、彼らを無傷で制圧できました』


(できんのじゃ。ここでは、生まれた身分が全てなんじゃ)


 俺は吐き捨てるように言った。


(上が白と言えば、黒いカラスも白になる。それが土佐じゃ。強さなんか意味がない)


『……非合理的です。そのようなシステムは、バグとして修正(破壊)されるべきです』


(修正? 誰がやるんじゃ。藩主様か?)


『いいえ。システムの外側にいる者です』


 AIの声が、妙に熱を帯びているように感じた。


『この「牢獄」のルールに従う必要はありません。あなたは、この国を変えるのですから』


(大きく出たな。……まあ、こんな腐った国、変えられるもんなら変えたいがの)


 俺は泥を払い、空を見上げた。

 空だけは、江戸と同じように青い。


 この日の屈辱が、AIに新たな学習データを刻み込んだ。

 すなわち、**「土佐藩というシステムは、アップデート(倒幕)の障害である」**という危険な認識を。


 そして俺たちは出会うことになる。

 この狭い世界の外側を知る男――河田小龍かわだしょうりょうに。



お読みいただきありがとうございます。


坂本龍馬、今回も無事に英雄扱いされてしまいました。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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