表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強制英雄伝 坂本龍馬 史実通りに動かないと電流が流れるので、ビビリの俺が泣く泣く維新の英雄を演じるハメになったぜよ  作者: 守川 聡史


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/13

第10話 世界地図と低解像度の未来

 上士に土下座させられたあの日から、俺の中の何かが腐り始めていた。

 怒りではない。諦めだ。


(……つまらん)


 俺は自宅の縁側で、鼻毛を抜きながら空を見ていた。

 この土佐という国は、狭すぎる。

 身分、家柄、古いしきたり。

 息をするたびに、カビの生えた空気が肺に入ってくるようだ。


『警告。精神活動の低下メンタル・ダウンを確認。ドーパミン分泌量が規定値を下回っています』


(うるさいのう。やる気が出んのじゃ。江戸の団子屋が恋しい)


『提案。環境を変えるための「刺激」が必要です。本日午後、アポイントメントを設定しました』


(誰と?)


河田小龍かわだしょうりょう。この近辺で最も「バグった」思考を持つ人物です』


 河田小龍。

 名は知っている。絵師でありながら、アメリカ帰りの漂流民(ジョン万次郎)から直接話を聞き、西洋の事情に通じているという変わり者だ。

 なんでも、自宅に引きこもって一日中、異国の地図を眺めているらしい。


(変人じゃん。関わりとうない)


『却下。彼はあなたの「OS(思想)」をアップデートするための重要なキーマンです。行きます』


 バチッ。

 軽い電流が腰に走り、俺は強制的に立ち上がらされた。


 ***


 河田小龍の家は、墨とカビと、何かわからない獣の匂いがした。

 部屋の中は足の踏み場もない。

 描きかけの絵、大量の書物、そして酒瓶が散乱している。


「……誰じゃ、おんしは」


 本の山から、モジャモジャ頭の男が顔を出した。

 目がギョロリとしていて、焦点が合っていない。

 完全に「アッチ側」に行っている目だ。


「坂本龍馬と申します。……その、面白い話が聞けると聞いて」


「面白い話?」


 小龍は鼻で笑った。


「わしの話は毒じゃぞ。幕府が聞けば即刻打ち首、土佐の役人が聞けば発狂するような劇薬じゃ。それでも聞くか?」


(帰りましょう。クロフネ、帰ろう。絶対ろくなことにならん)


『続行。その「毒」こそが、今のあなたに必要なワクチンです』


 AIに背中を押され(物理的に筋肉を収縮させられ)、俺は部屋へと踏み込んだ。


「構いません。わしはもう、土佐の常識には飽き飽きしちゅうき」


 俺の口が勝手に生意気なセリフを吐く。

 小龍の目が、怪しく光った。


「ほう……。面白い若造じゃ」


 彼はガサゴソと本の山を崩し、一枚の大きな紙を取り出した。

 それを俺の目の前に、バーン! と広げる。


「これを見ろ」


 それは、地図だった。

 だが、俺が見慣れた日本の地図ではない。


「……なんじゃ、こりゃあ」


 見たこともない大陸。

 広大な海。

 無数の国々が、色とりどりに描かれている。


「世界じゃ」


 小龍が得意げに言った。


「これが世界地図じゃ。ここにある米粒みたいな島が日本。おんしが住んでいる土佐なんぞ、もはやゴミ同然の点じゃよ」


 衝撃だった。

 頭をハンマーで殴られたような気がした。

 日本が、こんなに小さい?

 俺たちが「上士だ下士だ」と揉めているこの場所は、世界から見ればただのほこりなのか?


(すげえ……! こんな広い世界があるんか!)


 俺の心臓が早鐘を打つ。

 これは感動だ。冒険心がうずく。

 だが、脳内のAIの反応は違った。


『解析完了。対象物:一八五〇年代製の世界地図』


 クロフネの声は冷ややかだった。


『精度:低すぎます。北米大陸の歪みが一五%、オーストラリア大陸の形状に至っては想像図レベルです。GPS座標との誤差、最大五〇〇キロメートル』


(は?)


『解像度が粗末すぎます。こんな「落書き」をありがたがるとは。Googleマップの縮尺レベル1にも及びません』


(水差すなや! わしは今、感動しゆうがじゃ!)


 AIは容赦なく視界に「正解の地図」をオーバーレイ表示してくる。

 俺の網膜には、小龍の地図の上に、真っ赤な修正ラインが無数に引かれた映像が映し出された。

 『ここが違う』『ここも違う』『海流データ欠落』……。

 うるさい。感動が台無しだ。


「どうじゃ若造。腰が抜けたか」


 小龍がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。


「この広い海を、黒船は蒸気で渡ってくるんじゃ。日本刀なんぞ振り回して勝てるわけがなかろう?」


「……はい」


 俺は素直に頷いた。

 AIのダメ出しはともかく、この圧倒的な「広さ」の前に、自分の悩みがちっぽけに見えたのは事実だ。


「じゃあ、どうすればええがです? 異人を斬るのがダメなら、わしたちは座して死ぬだけですか」


「商売じゃよ」


 小龍は即答した。


あきないじゃ。物を売り、買い、利益を出す。これからは『武士』の時代じゃない。『商人』の時代じゃ」


 商売。

 武士が一番卑しいとしてきた行為。

 だが、小龍の目は本気だった。


「土佐には樟脳しょうのうがある。紙がある。これを異国に売り、代わりに軍艦を買う。そうやって国を富ませるんじゃ。……刀で人は斬れても、貧しさは斬れんからのう」


 その言葉を聞いた瞬間。

 脳内で、ピコン、と軽快な電子音が鳴った。


『キーワード検知:「商売」「利益」「軍艦購入」』

『評価プロセス更新。……適合マッチ


(……え?)


『これまでのあなたの行動指針は「生存」と「歴史修正」のみでしたが、新たな勝利条件が設定されました』


 AIの声色が、少しだけ明るくなった気がした。


『「経済的支配エコノミック・ドミネーション」です。武力による制圧はコストが高く、リスクも大きい。しかし、商売によるネットワーク構築は、極めて効率的かつ、あなたの性格(怠惰・女好き・話し合い好き)に適しています』


(褒めてるんか貶してるんかどっちじゃ)


『結論。この男の理論は採用に値します。土佐藩という狭いサーバーに留まるメリットはありません。直ちに「商社」設立の準備を』


(商社!? またわからん言葉を!)


 俺は頭を抱えた。

 だが、小龍は俺が悩んでいると勘違いし、さらに熱弁を振るう。


「どうじゃ、坂本! おんしも、この狭い鳥籠を出て、世界を相手に商売をしてみんか! 太平洋を、家の庭のように行き来してみんか!」


 小龍の言葉は熱い。

 AIの計算は冷たい。

 だが、二つの意見が奇妙に一致していた。


 ――ここを出ろ、と。


「……先生」


 俺は顔を上げた。

 網膜には、AIが表示する「高精細な世界地図(Googleマップ版)」が青白く輝いている。

 小龍の地図よりもずっと広く、ずっと正確で、そして残酷なまでに「遠い」世界。


「わしに、その『商売』とやら……できるでしょうか」


「できるとも!」


 小龍は俺の肩をバシッと叩いた。


「おんしには『目』がある。今の話を聞いて、怖がるどころか、その地図を『直しそうな』顔をしておった(※AIが修正ラインを引いていただけです)」


「へ?」


「常識に囚われない目じゃ。おんしなら、黒船さえも飼い慣らせるかもしれん」


 買いかぶりだ。

 俺はただ、AIのノイズに眩暈めまいがしていただけなのに。


 ***


 帰り道。

 俺の足取りは、来る時よりも少しだけ軽くなっていた。


(なあ、クロフネ)


『何でしょう』


(商売って、儲かるんか?)


『計算上、成功すれば国家予算規模の利益が見込めます。軍鶏鍋が一生食べ放題になるレベルです』


(乗った!!)


 俺は即決した。

 動機は不純だが、目的は定まった。

 軍鶏鍋のために、俺は海に出る。


(でも、どうやって出る? 関所破りは死罪じゃぞ)


『合法的な出国は不可能です。よって、非合法手段イリーガル・ムーブを選択します』


(つまり?)


『脱藩です』


 やっぱりそうなるのか。

 俺はため息をついたが、不思議と恐怖は薄かった。

 さっき見た「世界地図」の広さに比べれば、土佐の関所なんて、庭の柵くらいに思えたからだ。


『ただし、準備が必要です。資金、ルート、そしてタイミング。すべてを完璧に整えるまで、あなたは「真面目な藩士」を演じ続けてください』


(演じる? 何をすればええ?)


『まずは……「堤防工事」の現場監督です』


(はあ!? なんでそうなる!)


『資金稼ぎと、組織運営の予行演習です。さあ、スコップを持ちなさい。日本の夜明けは、泥仕事から始まります』


 こうして俺は、壮大な世界進出の第一歩として、近所の川のドブさらいを命じられることになった。

 英雄への道は、常に地味で、泥臭い。



お読みいただきありがとうございます。


坂本龍馬、今回も無事に英雄扱いされてしまいました。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ