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強制英雄伝 坂本龍馬 史実通りに動かないと電流が流れるので、ビビリの俺が泣く泣く維新の英雄を演じるハメになったぜよ  作者: 守川 聡史


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第27話 異人グラバーと、AIの悪徳交渉術

 慶応元年、秋。

 長崎の南山手にある外国人居留地。

 洋館の重厚なマホガニー製の扉が開くと、むせ返るような葉巻の匂いが漂ってきた。


「……ウェルカム、ミスター・サカモト」


 ふかふかの革張りソファに深く腰掛けていたのは、青い目をした大男だった。

 トーマス・ブレーク・グラバー。

 英国からやってきた、若き「死の商人」である。


 俺、坂本龍馬は、陸奥宗光を伴ってグラバーの応接室に立っていた。

 部屋の壁には、見たこともないような精巧な銃がズラリと並んでいる。

 冷たい鉄の匂い。

 俺の胃袋は、すでに雑巾のように絞り上げられていた。


「サカモトサン。あなたが長州のために、大量の武器を求めていると聞きました」


 グラバーは流暢な日本語で言いながら、机の上に一丁の銃を置いた。


「最新式のミニエー銃です。射程も威力も、幕府の古い火縄銃とは比べ物になりません。……一丁につき、十八両。五千丁で九万両。それに蒸気船を合わせて、〆て十五万両というところでいかがですか」


 十五万両。

 想像もつかない金額に、俺は白目を剥きそうになった。

 五千両で死ぬ思いをしたのに、十五万両だと?

 そんな金、あるわけがない。俺の懐には、昨日カステラを売って得た小銭しか入っていないのだ。


(無理じゃ! 帰る! こんな恐ろしい異人と商売なんかできるか!)


 俺が踵を返し、陸奥を置いて逃げ出そうとした、その瞬間。


『警告。提示価格は市場適正価格を約300%上回っています。悪質なぼったくりです』


 脳内で、AI「クロフネ」のアラートが鳴り響いた。


(ぼったくりとかどうでもええ! 払えんものは払えんのじゃ!)

『価格交渉フェーズへ移行。歴史データベース及び、当時の上海市場の相場データを参照。徹底的な値切りを実行します』

(値切り!? 相手は死の商人やぞ! 怒らせたらズドンじゃ!)


 バチリ。

 首筋に電流が走り、俺の身体が強制的に回れ右をさせられた。

 そして、グラバーの真正面にあるソファへ、ドカッと横柄に腰を下ろす。


「……グラバーさん。あんた、わしらを田舎の百姓と勘違いしとらんか?」


 俺の口から、氷のように冷たい声が出た。

 隣で陸奥が「大将!?」と息を呑む。

 グラバーは余裕の笑みを崩さなかった。


「おや。ご不満ですか? これは極東の相場ですよ」

「嘘をつけ」


 AIが俺の右手を操り、机の上のミニエー銃をカチャリと持ち上げた。

 俺(AI)は、その銃身を指で撫でながら、淡々と事実を羅列し始める。


「今年の春、メリケン(アメリカ)で内戦が終わった。南北戦争じゃ。その結果、大量の軍落ちの武器が余り、二束三文で上海の市場に流れ込んできちゅう」


 グラバーの顔から、わずかに笑みが消えた。


「おまんが上海で仕入れた原価は、せいぜい一丁四両といったところじゃろう。それを十八両で売りつけるとは、英国の商人は随分と阿漕あこぎな商売をするもんじゃ」


 静寂。

 グラバーの青い目が、驚愕に見開かれた。

 無理もない。極東の島国にいる一介の浪人が、なぜか地球の裏側のアメリカの情勢と、上海の裏市場の原価を1ポンド単位で正確に把握しているのだ。


(ひいいぃぃ! やめろクロフネ! グラバーさんがめっちゃ睨んでる! 殺される!)


 俺の魂は絶叫していたが、AIはさらに追い打ちをかける。


『対象の動揺を確認。追い込みをかけます』


「……それに、おまんの商会も資金繰りが厳しいはずじゃ。幕府に目をつけられず、大量の在庫を一気にさばきたい。違うか?」


 ドンッ!

 俺の右手が、机を強く叩いた。


「一丁十両。軍艦もまとめて、半値の七万両じゃ。これ以上は一文も出さん」


 部屋の空気が完全に凍りついた。

 グラバーは葉巻を持つ手を震わせ、まるで化け物でも見るような目で俺を見つめている。

 やがて、彼は深くため息をつき、両手を上げた。


「……オーマイゴッド。降参です、ミスター・サカモト。あなたは侍の皮を被った、悪魔のような商人だ」

「大将……あんた、凄すぎるぜ」


 陸奥が、震える声で感嘆を漏らした。

 違う。悪魔なのは俺の頭の中にいる機械だ。俺はただ、胃痛に耐えているだけの小市民だ。


「よし。一丁十両で手を打ちましょう。ただし、条件があります」

 グラバーが身を乗り出した。

「長州は幕府の敵だ。私の名義で直接売るわけにはいかない。どこか、幕府に顔が利き、かつ支払い能力のある『信用できる大藩』の名義を用意してください。それができなければ、この話は白紙です」


 大藩の名義。

 そんなもの、浪人の集まりである亀山社中が用意できるわけがない。

 俺は心の中でガッツポーズをした。よし、これで商談は決裂だ。帰って寝よう。


 だが、AIが即座に俺の口を動かした。


「……名義なら、薩摩さつまを使おう」


 え?


「薩摩藩に買わせ、それをわしらが海上で長州に流す。金も薩摩に出させる」


 グラバーが目を見開いた。

「薩摩と長州は、血で血を洗う犬猿の仲ですよ!? 薩摩が長州のために金を出すなど、あり得ない!」

「あり得ないことをやるのが、わしらの商売ぜよ」


 俺(AI)は不敵に笑い、席を立った。


『商談成立。次フェーズ:薩摩藩との名義借用交渉へ移行します』


 待て。

 待ってくれ。

 つまりそれは、あの恐ろしい西郷隆盛のところへ行って、「長州に武器を渡したいから、お前らの名前と金を使わせろ」と頼みに行くということか?

 斬られるなんてもんじゃない。木っ端微塵に粉砕される。


 洋館を出た俺は、長崎の石畳の上で、胃液を吐きそうになってしゃがみ込んだ。


「大将! 大丈夫ですか!?」

 陸奥が慌てて背中をさすってくれる。


「……腹が、痛い。死ぬほど痛い」

「無理もありません。あんな大博打を打った直後だ。少し休んでいきましょう」


 降り出した冷たい雨が、俺の身体を打ち据える。

 英雄の道は、進めば進むほど寿命が縮んでいく。

 俺は陸奥に肩を貸してもらいながら、裏通りにある小さな飯屋の暖簾をくぐった。

 そこで、俺の計算も、AIの計算も狂わせる「あの娘」と再会することになるとは、この時の俺は知る由もなかった。



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