表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強制英雄伝 坂本龍馬 史実通りに動かないと電流が流れるので、ビビリの俺が泣く泣く維新の英雄を演じるハメになったぜよ  作者: 守川 聡史


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/42

第26話 狂犬・桂小五郎と、命がけの商談

 慶応元年、晩夏。

 長崎の夜は、ねっとりとした雨に包まれていた。


 屋根を叩く雨音が、鼓膜に重く響く。

 亀山社中の薄暗い土間には、湿った土の匂いと、微かな血の匂いが漂っていた。


「……久しぶりだな、坂本。江戸の道場以来か」


 玄関の上がりかまちに立つ男は、深く被った編み笠から雨の雫を滴らせていた。

 濡れた黒髪の隙間から、剃刀のように鋭い双眸がこちらを射抜いている。

 桂小五郎。

 江戸で剣術修行をしていた頃は、たまに酒を飲むこともある生真面目な剣士だった。

 だが、今の彼は違う。幕府から「朝敵」として指名手配されている長州藩の影のトップ。正真正銘の人斬りだ。


「か、桂さん……ご無沙汰、しちょります……」


 俺の歯の根は、カチカチとカスタネットのように鳴っていた。

 怖い。めちゃくちゃ怖い。

 全身から立ち上る、血の底を這うような殺気。江戸の頃の面影は微塵もない。

 桂は笠を外し、ゆっくりと土間から板間へと上がってきた。

 その腰にある刀に、彼の手が添えられている。


「妙な噂を聞いてな。千葉道場でくすぶっていた男が、勝海舟の残党として長崎に流れ着き、異国から武器を仕入れて売り捌こうとしていると。……幕府の犬に成り下がって、何の真似だ」


 低い、地鳴りのような声。

 桂が一歩、こちらへ近づく。

 空気が張り詰めた。陸奥たち社員は奥の部屋で寝静まっており、この場にいるのは俺と桂だけだ。


(ひいいいぃ! 斬られる! 江戸の友人に斬られる! ごめんなさい、武器なんて売りません! カステラ買ってください!)


 俺は畳に額を擦り付け、長州への忠誠と商売からの撤退を誓おうとした。

 命あっての物種だ。土下座くらい、何百回でもしてやる。


 だが、俺の膝が曲がる直前。


『警告。対象の殺意レベル、極めて高。旧友としての情に訴える行動は、現在の対象には無意味であり、斬撃を招く確率が94%です』


 脳内で、AI「クロフネ」が無慈悲なアラートを鳴らした。


(じゃあどうしろって言うんじゃ! 逃げるか!?)

『却下。対象の剣術スキルはあなたを圧倒しています。逃走は不可能です』

(詰んどるやないか!)

『対人ネゴシエーション・モード起動。交渉を有利に進めるため、絶対的な「心理的優位性」を構築します』


 次の瞬間、首筋に鋭い電流が走った。


「あぐっ!?」


 俺の身体は強制的に直立させられ、土下座の姿勢から一転、見下ろすような形になった。

 そして、俺の足が勝手に動き、部屋の中央にある火鉢の前にどっかりと胡座あぐらをかいた。


「……座れ、桂さん。あんたの刀から垂れる雨水で、わしの畳が腐る」


 俺の口から、冷ややかで傲慢な声が放たれた。


 桂の眉がピクリと動く。

「……貴様、長州の人間を前に、随分と余裕だな。昔馴染みだから斬られんとでも思っているのか?」

「昔話で飯が食えるなら、世話はないのう」


 AIが俺の右手を操り、火鉢の上の鉄瓶から、ゆっくりと湯呑みに湯を注いだ。

 チョロチョロという音が、異様に大きく聞こえる。

 俺の心臓は破裂寸前だが、AIによる完璧な筋肉制御のおかげで、急須を持つ手はミリ単位の震えすら起こしていない。


「わしは商人じゃ。志だの、昔のよしみだの、そんな不確かなものは売り買いせん。わしが信じるのは、金と、そして『鉄』だけじゃ」


 俺は懐から、一発の鉛玉を取り出し、畳の上に転がした。

 コロコロと転がったそれは、桂の膝元で止まる。


「最新式のミニエー銃、そして異国の蒸気船。長州が喉から手が出るほど欲しいものを、わしなら用意できる」

「……なぜ、幕府の元役人の懐にいたお前が、朝敵である我らに武器を売る。罠か?」

「罠? 買い被るな」


 AIが、俺の眼球をロックした。

 瞬きを一切せず、瞳孔をわずかに開いた、爬虫類のような冷たい視線で桂を射抜く。


「幕府はもう、死に体の腐った木じゃ。そんな木に寄りかかって商売をする馬鹿はおらん。わしは、これから伸びる枝に『投資』をするだけのこと。……お前らの幕府への怒りは、極めて上質な、金になる」


 静寂。

 雨音だけが、部屋を満たしていた。


 桂小五郎は、じっと俺の目を見つめ返していた。

 俺は泣きそうだった。目が乾いて痛い。助けてくれ。もう勘弁してくれ。早く帰ってくれ。


 一分にも感じられる長い沈黙の後。

 ふっ、と。

 桂の口元から、小さな笑い声が漏れた。


「……クック、ハハハハハ!」


 桂が、腹を押さえて笑い出した。

 その笑い声には、先ほどまでの刺すような殺気は微塵も含まれていなかった。


「……恐れ入った。志を笑い、幕府を死に体と切り捨てるか。江戸の頃のお前はただのお人好しだと思っていたが……底が知れんな、坂本」


 違う。俺の目は、ただドライアイで必死に耐えているだけだ。


「坂本龍馬。この桂小五郎、お前という男の器を完全に見誤っていた。幕府の犬などと呼んだこと、謝罪しよう」


 桂が深く頭を下げた。

 えっ? あ、謝られた? あの狂犬に?


『交渉成立。対象の敵対心は完全に排除されました。次フェーズへ移行します』


 脳内でAIが事務的に告げ、俺の身体の制御を解いた。

 ドッと疲労が押し寄せる。俺は思わず、その場に崩れ落ちそうになった。


「……坂本殿? いかがされた」

「あ、いや……なんでもない。ちょっと、天下の重みを感じていただけで……」


 俺は震える手で湯呑みを掴み、誤魔化すように茶をすすった。


「して、坂本殿。我々は具体的に、どれほどの武器を用意できるのだ? 長州としては、ライフル銃を最低でも数千丁、そして軍艦が欲しい」

「す、数千丁!?」


 俺は茶を吹き出しそうになった。

 そんな途方もない数の武器、どうやって仕入れるというのか。


『問題ありません。仕入先は既に選定済みです』

(選定済みって……誰から買う気じゃ!?)


 AIが、俺の脳内に一枚の肖像画を投影した。

 長崎の外国人居留地にそびえ立つ、巨大な洋館。

 そこに住む、冷酷無比な英国の武器商人。


『ターゲット:トーマス・ブレーク・グラバー。彼と接触し、武器の調達交渉を行います』


 俺の顔から、一気に血の気が引いた。

 桂小五郎との命がけの商談を終えたばかりだというのに。

 息つく暇もなく、俺は次なる怪物、青い目をした「死の商人」の元へと放り込まれることになる。


 長崎の雨は、まだ止む気配がなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ