第23話 容疑者・勝海舟と、共犯者サカモト
元治元年、夏。
神戸海軍操練所に、一陣の黒い風が吹いた。
「……なぁ、クロフネ。あれ、間違いなくお役人様よな?」
俺、坂本龍馬は、積み上げられた材木の影から、正門の様子を伺っていた。
門前には、パリッとした裃を着た武士たちが十数名。
先頭に立つ男は、見るからに神経質そうな顔つきで、懐紙で鼻を押さえながら周囲を見渡している。幕府から派遣された査察官だ。
『肯定。幕府の監察方です。当施設に「謀反の疑いあり」との通報を受け、調査に来ています』
脳内でAI「クロフネ」がさらりと言った。
「謀反て! 人聞きが悪すぎるろう! わしらは毎日、船の動かし方を勉強しゆうだけじゃ!」
『訂正。塾生の一部(過激派)が、夜な夜な「幕府をぶっ壊す」と叫びながら酒盛りをしている事実は記録されています』
「あいつらぁぁぁ……!」
俺は頭を抱えた。
前話で俺が(AIに強制されて)締め上げたせいで、陸奥宗光をはじめとする荒くれ者たちは、俺のことを「幕府にも噛みつく狂犬」だと勘違いして懐いてしまった。
その結果、操練所は「反幕府の巣窟」としてマークされてしまったのだ。
「ど、どうする? 勝先生は江戸におって不在じゃ。誰があの人らを相手するんじゃ?」
『組織図上の序列第二位、塾頭であるあなたです』
「嫌じゃ! 絶対ボロが出る! 切腹させられる!」
俺が逃げ出そうと踵を返した瞬間、背後に誰かが立った。
「塾頭。お客様がお待ちだぜ」
陸奥だ。
彼はニヤリと笑い、俺の背中をバンと叩いた。
「幕府の犬っころどもに、俺たちの『覚悟』を見せてやってくださいよ」
違う。俺にあるのは覚悟じゃなくて尿意だ。
だが、陸奥の殺気とAIの電流に挟まれた俺に、選択肢はなかった。
◇
応接間に通された俺は、借りてきた猫のように小さくなっていた。
上座には、査察官の男――大久保忠寛が座っている。
彼は俺を一瞥し、鼻で笑った。
「ふん。勝が不在とはな。で、代理がお前か。坂本……とか言ったな」
「は、はい! 坂本龍馬と申します! 土佐の田舎者でございます!」
俺は畳に額を擦り付けんばかりに平伏した。
とにかく下手に出る。媚びへつらう。それが長生きの秘訣だ。
「単刀直入に聞く。この操練所には、不逞浪人が多数入り込んでいるとの噂だ。奴らを養い、何を企んでいる?」
大久保の目が光った。
俺の心臓が早鐘を打つ。
(ひぃぃ! 疑われちゅう! なんも企んでませんって言え! クロフネ、頼むき!)
『了解。質疑応答モード起動。方針:疑惑の払拭』
よし。AIも分かってくれた。
俺は口を開いた。
「企むなど滅相もございません。彼らはただ、食い詰めて行き場のない貧乏人たちです。ここで船の勉強をさせて、少しでもまともな職に就ければと思っているだけで……」
というのが、俺が言おうとした内容だ。
だが、AIが選択した「疑惑の払拭」という手段は、俺の想像を絶する方向だった。
『戦術変更。弱腰な態度は、かえって「何かを隠している」と疑われます』
(は?)
『高度なブラフ(はったり)による、抑止力の行使を実行します』
AIが俺の声帯を掌握した。
俺の声が、急に低く、重厚な響きを帯びる。
「……企む、ですか。愚問ですな」
大久保の眉がピクリと動いた。
「なに?」
俺(AI)は、不敵な笑みを浮かべて続けた。
「我々が何かを企んでいるのなら、とっくに江戸の海は火の海になっているでしょう。それがまだ静かなのは、なぜだと思いますか?」
大久保の顔色がサッと変わった。
「き、貴様……それは脅しか?」
(うわあぁぁぁ! 何言うてんの!? 脅しじゃん! 完全に脅しじゃん!)
『否定。これは「我々には実力があるが行使はしていない」という安全の証明です』
(論理が過激派すぎるんじゃあああ!)
俺は必死に訂正しようとした。
違います、火の海になんかしません、俺たちはただの貧乏学生です!
だが、AIは止まらない。
「この操練所に集った若者たちは、確かに飢えています。しかし、それは飯に飢えているのではない」
俺の目が、勝手に鋭く細められる。
「新しい時代に、飢えているのです。彼らの情熱は、古びた幕府の枠には収まりきらない。……それを無理に抑え込もうとすれば、どうなるか」
俺は手元の湯呑みを持ち上げ――指先だけで、ピシッとヒビを入れてみせた。
AIによる精密な握力制御だ。
「――暴発しますよ」
シーン。
部屋の空気が凍りついた。
大久保の額から、大粒の脂汗が流れ落ちる。
彼は「ただの浪人の集まり」だと思っていた組織が、実は「統率されたテロリスト集団」であると錯覚したのだ。
「……勝海舟は、そのような危険分子を飼い慣らしているというのか」
「飼い慣らす? 違いますな」
AIが即答する。
「我々は、勝先生という『蓋』によって、辛うじて爆発を待ってやっているのです」
つまり、「勝先生に手を出したら、俺たちが何をするか分からないぞ」という最強の脅迫だ。
俺の中で、俺自身の魂が「もうやめてぇぇ!」と絶叫した。
だが、効果は覿面すぎた。
大久保はガタガタと震え、立ち上がった。
「……よ、よく分かった。この件は、上様にご報告する」
「お帰りですか。お気をつけて」
俺は座ったまま、冷ややかな視線で見送った。
大久保は逃げるように部屋を出て行き――廊下ですれ違った陸奥たちに向かって、悲鳴のような声を上げた。
「ば、化け物め……!」
◇
査察官たちが去った後。
俺は、その場に崩れ落ちた。
「……終わった。完全に終わった」
手足の震えが止まらない。
あんなことを言ったら、間違いなく軍隊を差し向けられる。操練所は取り潰しだ。俺は指名手配だ。
『ミッション・コンプリート。当面の「物理的介入」は回避されました』
「おまん、アホか! あんなん言うたら、余計に睨まれるに決まっちゅうが!」
『ですが、彼らは恐怖しました。恐怖は、攻撃を躊躇させます』
AIは冷静だ。こいつには「後で責任を取らされる」という概念がない。
そこへ、陸奥たちがドヤドヤと入ってきた。
彼らの目は、キラキラと輝いている。
「塾頭! 聞きましたぜ!」
「『暴発しますよ』だって! 痺れるぅ!」
「あんた、やっぱりすげえよ! 幕府の役人を言葉だけで追い返すなんて!」
違う。誤解だ。
俺は泣きそうになりながら、彼らの歓声を聞いていた。
その数日後。
江戸から早馬が届いた。
内容は、簡潔にして無慈悲なものだった。
『勝海舟、軍艦奉行を罷免。江戸へ召喚さる』
俺の(AIの)脅しは、逆効果どころか、決定的な引き金を引いてしまったのだ。
幕府は、「勝海舟という危険な男」から、海軍という武器を取り上げることを決定した。
「……ほら見ろ!!」
俺の絶叫が、神戸の海に虚しく響いた。
操練所は閉鎖。
師匠は失脚。
残されたのは、行き場を失った大量の過激派浪人と、彼らのボスにされてしまった俺だけ。
俺はついに、日本初の「株式会社(という名のニート集団)」を作ることになる。
お読みいただきありがとうございます。
坂本龍馬、今回も無事に英雄扱いされてしまいました。
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