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強制英雄伝 坂本龍馬 史実通りに動かないと電流が流れるので、ビビリの俺が泣く泣く維新の英雄を演じるハメになったぜよ  作者: 守川 聡史


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第15話 伊予の安息と、AI流・錬金術プレゼン

 伊予の国、長浜。

 目の前に広がる穏やかな海を見た瞬間、俺、坂本龍馬の膝から力が抜けた。


「……着いた……。もう、歩かんでええんか……?」


 俺は大の字になって、砂浜に倒れ込んだ。

 背中の砂の感触が、極上の羽毛布団のように感じる。

 昨晩、土佐の山中で発動した地獄の「オート・トレッキングモード」は、国境を越えた瞬間にようやく解除されていた。だが、勝手に動き続けた筋肉は、まだピクピクと痙攣している。


『歩行ミッション完了。お疲れ様でした。現在の筋肉疲労度:限界突破レッドゾーン


(お疲れ様やない! おまんのせいで、足が別人のものみたいになっちゅう!)


 隣では、沢村惣之丞も同じように死体の如く転がっていた。

 彼はうつろな目で空を見上げ、呟く。


「坂本さん……。昨夜の貴方の健脚、一生忘れません。まさか、猪よりも速く山を駆け抜けるとは……」

「……よしてくれ。あれは、何かが憑いちょっただけじゃ」


 憑いていたのは幽霊ではなく、未来のAIだが。

 ともあれ、俺たちは生きて土佐を出た。打ち首の恐怖からも、AIの強制労働からも解放されたのだ。

 潮風が心地よい。これでやっと、ゆっくりと東へ――。


『警告。資金残高を確認してください』


 無粋なAIが、冷や水を浴びせてきた。

 俺は懐の財布を取り出し、逆さまに振ってみる。

 チャリン。

 落ちてきたのは、虚しい音を立てる小銭が数枚だけ。


「……沢村。おまん、金は?」

「昨夜、荷物と一緒に財布も谷底へパージ(廃棄)されましたが」


 終わった。

 ここから目的地の大坂、そして江戸までは数百里。この小銭では、宿はおろか、今日の飯代で詰む。


「……詰んだ。脱藩成功、即、野垂れ死にじゃ」


 俺が頭を抱えていると、脳内でクロフネが冷静な声を響かせた。


『解決策を提示。ここから西へ向かいなさい』

(西? アホかおまん。江戸は東じゃ)

『西の下関に、現在地から最短でアクセス可能なAランクの資金源が存在します。豪商・白石正一郎です』


   *   *   *


 数刻後。

 俺たちは、なけなしの小銭をはたいて、下関行きの小船に乗っていた。

 目的はただ一つ。豪商・白石正一郎に「金をくれ」と頼むことだ。だが、ただの素浪人が会える相手ではない。


(おいクロフネ。どうやって金を出させる気じゃ? 土下座か? それなら得意じゃぞ)


『土下座の市場価値は暴落しています。必要なのは、相手の“投資意欲”を刺激するプレゼンテーションです』


(プレ……なんじゃ?)


『私のデータベースにある未来の経済概念を、当時の用語に変換して喋らせます。あなたは口と表情を貸すだけでいい』


   *   *   *


 下関、白石正一郎邸。

 通された奥座敷には、立派な髭を蓄えた主人が座っていた。周囲には高価な調度品。成功者の匂いがする。

 白石は、泥だらけの着物を着た俺たちをジロリと睨んだ。


「……ほう。土佐の脱藩者とな。して、私に何の用かな? 路銀の無心なら、帰ってもらおうか」


 冷たい。取り付く島もない。

 沢村が青ざめて「も、申し訳ございません!」と頭を下げかけた、その時だ。


『交渉開始。プレゼンテーションモード、起動。ターゲット:白石正一郎』


 バチリ。

 首筋に微弱な電流が走り、俺の意識がコックピットの奥へと引っ込んだ。

 代わりに、俺の身体がスッと背筋を伸ばす。だらしない猫背が消え、まるで百戦錬磨の商人のような不敵な笑みが張り付く。


「……白石殿。帰れとは残念な。私は金を借りに来たのではありません。『儲け話』を持って来たのです」


 口が勝手に動く。声色が違う。低く、腹の底に響くような声だ。

 白石の眉がピクリと動く。


「儲け話だと? そのあばら家のような身なりでか?」

「ええ。これからの日本に必要なのは、刀でも大砲でもない。『カンパニー』です」


(かんぱにー?)

 中身の俺は首を傾げる。パン屋の話か? 腹が減ってるからか?


「カンパニー……? 聞いたことがない言葉だな」

「日本語に訳せば『株式会社』。志と金を出し合い、海を渡り、巨万の富を得る仕組みです」


 AIに操られた俺は、畳の上に指で図を描き始めた。

 丸い円。それを放射状に切り分ける。


「例えば、大きな船を一隻買うには千両かかるとしましょう。一人では出せない。だが、百人が十両ずつ出せば買えます」

「……ふむ。だが、船が沈めば終わりではないか」


 白石の鋭い指摘。だが、AI龍馬は不敵に笑う。


「そこです。一人で買えば全財産を失う。だが、百人で買えば、損は十両で済む。これを『リスク分散』と言います」

「りすく……分散……!」

「さらに! 船が無事に帰ってくれば、積荷の利益は出資した額に応じて分配される。これを『配当』と言います」


 俺の口から飛び出す、未知の単語の乱れ打ち。

 白石は身を乗り出し、メモを取り始めた。その手は震えている。


危険りすくを分け合い、はいとうを分かち合う……。それは、まさに新しい『藩』のようなものか? 身分ではなく、志で繋がる国作りか!?」


「イエス。いや、御意。……白石殿、貴方はその『カンパニー』の最初の出資者かぶぬしになれる」


 AI龍馬は、ゆっくりと立ち上がり、白石を見下ろした。

 そして、自分自身を親指で指し示す。


「この坂本龍馬という男そのものが、最初の『優良銘柄』です。今なら、底値・・で買えますぞ」


 部屋に沈黙が落ちた。

 沢村はポカンと口を開けている。

 中身の俺も(何言うてんのこの機械!? わしを売るな!)と絶叫している。


 だが、白石正一郎の目には涙が浮かんでいた。


「……底値、か。面白い!」


 白石が手を叩くと、使用人が重そうな桐箱を持ってきた。

 蓋が開けられる。そこには、眩いばかりの小判が詰まっていた。


「私の全財産……とまではいかんが、持てるだけの『投資』をしよう! 坂本君、君という株、買った!!」


「おおっ!」


 沢村が腰を抜かす。

 俺も中身で腰を抜かした。(マジか! パンと株の話だけでこんなに!?)


   *   *   *


 屋敷を出た俺たちの懐は、ずっしりと重くなっていた。

 夕日に染まる下関の海を見ながら、沢村が尊敬の眼差しを向けてくる。


「坂本さん……貴方は天才ですか。あの『リスク分散』という発想、どこで思いついたのですか?」

「ま、まあ、夜空の星を見ていたら降ってきたんじゃよ」


『警告。それは衛星通信のメタファーとしては不正確です』

(うるさい! 結果オーライじゃ!)


 逆走した甲斐はあった。

 だが、この時の俺はまだ知らない。

 この「カンパニー」という言葉が、数年後に「亀山社中」として現実になり、俺自身をさらなる激務と赤字地獄へと追い込む呪いになることを。


『資金調達完了。次なるウェイポイント:大坂。……移動を開始します』

「へいへい。……あ、その前に白石さんの飯、もう一杯食ってからでええか? フグが出るらしいき!」

『却下。カロリー十分。乗船せよ』


 やっぱり鬼だ。

 俺は重くなった財布と、相変わらず重いAIを抱えて、東への船に乗り込んだ。



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