表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調査員A  作者: 香紫日月
30/32

第六章【四】

 会見と聞き、響商事の上層部はお互いの顔を見合わせ不安気な様相になった。

「会見ですか?」

「ええ、痛くもない腹を探られる前に買収を受け入れる気はないと名言する必要があります」

 買収を仕掛けられている件はマスコミが既に騒いでいる。このままいくと探られたくない件、つまりは死体遺棄や横領のでっち上げにも気が付く危険性がある。それらを悟られる前にマスコミの目を買収だけに集中させなくてはならない。

「別府智也氏の遺体発見については既にマスコミに知られています。その件と響商事、そしてタクトフル電子の関係を知られるのにそう時間はかからないでしょう」

 遺体が発見された状況がセンセーショナルすぎた。あれが本当に事件なら買収よりそちらにマスコミの目は向いただろうが、智也の死因は病死。となるとマスコミが次に探り出すのは何故あの場所に死体があったのかだ。

「その件をカモフラージュしなければ、買収を免れたとて響商事の醜聞になってしまいます」

「なるほど、分かりました。先生の仰る通りに準備させて頂きます」

 その場で会合は一旦お開きとなったが、その後三々五々に響商事の本社ビルに向かい、更なる協議が行われた。

 まずは取締役会の日取りを決めること。これは伊坂弁護士を顧問から外すための手続きだ。で、問題は後任の顧問弁護士の選出なんだけど、響商事は雅さんに白羽の矢を当てたようだ。けれど雅さんはその打診をそっけなく辞退してしまった。

 そりゃそうだろう。夫の死を機に千秋が暴走するのを止められなかった上に、千秋の忠誠心を利用して手は貸さずとも犯罪行為を黙認した企業だ。響商事の寺での会合メンバーも口にこそ出さなかったが伊坂弁護士と同様に雅さんを侮っていたのは明白で、そんな輩の顧問弁護士なんてプライドの高い雅さんが引き受ける筈がない。

 それにもし雅さんが顧問を引き受けたら、俺は響商事関連の事案で調査に走り回る事態になるかもしれない訳で。今回、本当に響商事に振り回された感があるから二度とこの企業には関わりたくないって大人気なくも思ったんだよな。

 そんな俺とは違い大人の雅さんは、顧問弁護士こそ引き受けはしないが一連の事件と買収の件が片付くまでは責任を持って対処すると約束したんだ。意外に人が良いのか売名行為なのかは俺には分からない。

 でも売名したいのなら響商事の顧問弁護士の座に納まる方を取るだろうから、やはり見た目とは裏腹に面倒見の良さがあるんだよな。

 その日は遅くまで話し合いがもたれて、俺達が錦の事務所へ帰還したのは夜遅くになってからだった。さすがの雅さんも疲労が隠せない。俺も翌日の講義に間に合うよう起きられるのか不安になるほどに気疲れした一日だったけど、絵里から聞いた桜山の住所の件は念のために伝えた。

「遺体を遺棄した家が空き家だったって知っていたみたいです」

「一応、絵里の戸籍謄本も取った方が良いかもしれないわね」

 やるからには徹底的になのか、それとも絵里が潔白であることの証拠を示すためだろうか。どちらにせよ明日も忙しくなりそうだ。

 翌日の午後、講義を終えた俺が事務所へ行くと土谷刑事が来ていた。死体遺棄についての報告らしい。

「鷺ノ杜先生が連れ帰った容疑者は一応書類送検されました」

「一応と言うと?」

 俺はドギマギしながらそのやり取りをオブザーバーとして見ていた。まさか立件されてしまうのだろうか。あの日、逃亡の恐れはないことは検察に認められて関係者全員が帰宅できたけど、それは裁判沙汰にはならないって意味ではない。

「警察官としては立件すべき案件だとは思いましたが、検察官が却下すると」

「え、本当ですか!?」

 思わず俺はオブザーバーの立場を忘れて叫んでいた。

「歩夢くん、落ち着いて」

「すみません」

 冷や汗をかきつつ土谷刑事の話の続きを大人しく聞く体制に戻る。

「そうですか、警察としては納得のいかないことをわざわざお知らせ下さってありがとうございます。弁護士としては無用な争いを避けられて何よりですわ」

 なんてニコやかに笑いながら言っているけど確信犯だよな。大きな事件を抱えて大忙しの検察が勝てる勝てない以前のほぼ事件性のない、ついでに言えば悪意もない犯罪未満の事件をわざわざ立件するとは思えない。

 ただ、書類送検されたことで彼らは執行猶予の刑を受けたと思っているかもしれないけど、実は書類送検されただけでは前科持ちにはならないことを敢えて教える必要はないよな。調査の仕事が初めてとはいえ俺も大変だったのだし、この程度の意地悪は多めに見てもらいたい。それに前科持ちにならないことは新しく就任する顧問弁護士が伝えるだろうから、短期間ではあるけど俺のささやかな意趣返しだ。

 土谷刑事が、ではと言って事務所を去る際に雅さんがさりげなく聞く。

「そういえば今回の件の担当検事はどなた?」

 会議室に集まった後に帰宅可能と判断してくれた検事は事件の担当ではなく、時間的にその日の宿日直の可能性が高い。あの日の宿日直がどんな検事でも拘留は免れたとは思うけど、では立件するか否かとなると小さな事件でも担当検事が決まる。その担当検事によって棄却が決められた訳だから、雅さんが誰なのかと気にするのも無理はない気がしたし、一応法律を学ぶ俺としても聞いておきたいと思った。聞いたところで知らない名前なのは分かっているんだけど。

「藤田一美検事ですが」

 俺は飲んでいた麦茶を思わず吹き出してまたぞろ雅さんに静かにと注意を受けたけど、雅さんだって本当は笑うなり高級紅茶を吹き出すくらいはしたかったに違いない。だって藤田一美検事っていえばあの藤田家の長女で、四音と五郎の姉なんだから。

 これって偶然? いやさすがに穿って考えるまでもなく偶然以外の何者でもないだろう。でも今回の件は双子の口から家族に伝わっている可能性が大きい。そう考えると絶対に偶然だと言い切る自信はなくなった。でもまあ起訴は免れたんだから由としよう。

 その翌日、響商事本社で取締役会が開かれた。学生バイトの俺は関係ないと思っていたけど、雅さんに俺も当事者なんだから出席しろと言われた挙げ句に、百貨店でハイブランドのスーツまで買い与えられてしまったから断れる筈もない。俺は試着室で着替えると響商事から差し向けられたハイヤーに渋々と同乗した。

 取締役会の決議事項は伊坂顧問弁護士の解任決議ただひとつで、反対する者はいなかった。多少哀れに思ったのは、響商事の顧問弁護士の座を自ら辞退したのではなく解任、つまりはクビを切られたことによって業界での評判が落ちた結果、今後依頼が入らないかもしれないと考えたからだ。でも案外弁護士の家系で仕事には困らないかもしれない。ただ、俺も雅さんも伊佐弁護士については敢えて調べはしなかったから彼のことは何も知らないし、今後も知る気はない。

 更に新しい顧問弁護士は打診中であることが伝えられた。そして恐らく記者会見には間に合うとも。打診中だけど、ほぼ引き受けてくれることが確定しているのかな。

 そうして取締役会の終わりが見えてきた時、会長に促された本田秘書室長が立ち上がり俺の方に向かってくるのが見える。何だろう、この場から出て行けとか今回は余計なことをしてくれたなとか、そういったことでお叱りを受けるのだろうかと身構えたが、本田室長の口から出た言葉は詫びだった。

「怖い思いをさせてしまい申し訳なかった」

 深々と、それこそ九十度腰を折って頭を下げる本田室長を見て俺はオロオロとするしかなかった。彼が詫びているのは俺が彼の車を尾行し、それがバレてこのビルの地下駐車場で叱られた時のことだろう。確かにあの時は反社の人間に連れ去られて海に沈められるのではという恐怖さえ味わったし、あの時のことを思い出すと未だに背筋に悪寒が走る。

 俺は空手を習っているからガタイの良い男と対峙しても恐怖はあまり感じないけど、彼の場合は纏っているオーラが恐ろしいのだ。秘書室長ってどこの会社でもこういう人がやっているのか? なんて多少現実逃避したけど、雅さんに突かれて我に返った俺はその謝意を受け入れて握手まで交わしてしまった。

 その後、本社内にある一番広い会議室で記者会見となった。俺も雛壇に座るよう言われたけど、そこは断固拒否して記者達が座るパイプ椅子の中から雛壇が正面に見える特等席を選んで腰を下ろす。のと同時に雛壇に会長、社長、専務、そして雅さんが姿を現した。でもまだ新しい顧問弁護士は到着しておらず、雅さんの隣の席がポツンと空いたままだ。

 誰が来るのだろうかと考えていると、司会進行役の人がマイクで喋り始めた。

「本日はお忙しい中、弊社へのM&Aに関する説明の場にお集まりいただき誠にありがとうございます。まずは弊社代表取締役よりご挨拶させて頂きます」

 その言葉を合図に記者会見がスタートした。マイクを手にした社長は司会進行役が言ったことと同じように集まってくれたことへの感謝とM&Aで巷を騒がせていることへの謝意を述べ、そして先程の取締役会で現顧問弁護士の解任が決まったことを伝えた。

 その瞬間、会場の至る所から質問の手が挙がる。顧問弁護士を解任した理由が知りたいのだろうが、その様子がまるでハイエナが餌に群がようにも見えて俺は雛壇に座らなくて良かったと心底思った。

 雛壇に座った上層部は困ったように顔を見合わせている。まさか顧問弁護士の解任で質問されることがあるとは思っていなかったのだろう。それとも新しく選出された顧問弁護士が現れないことに戸惑っているのか。

 と、その時後方の扉が派手な音を立てて開き、カツカツとハイヒールの音が響き渡った。誰かが入ってきたようだけど随分と派手は登場だ。誰だろう? 遅れてきた記者なのかなと振り返った俺は固まった。

「え、二葉さん!?」

 正にそれは藤田家の次女で、彼女は颯爽と雛壇に上がるとマイクを手にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ