26話 始まりの終わり
最悪な結末はすでに始まっていた。
未来は今から始まっているとはよく言ったものだ。
すでに、自身が体験しているのだから、言うまでもないだろう。
結論から言おう。
九条に映ったそれ、その尖った矢には真っ赤な手があった。
その矢が木に当たったと、それとほぼ同時に無数に飛んでくる矢は嘘のように止んだ。だが、それと引き換えに誰とも知らぬ男の悲鳴が聞こえてくる。
そして、矢と共に木に打ち付けられた手は綺麗に切断されたような、微妙な楕円を描いており、切り口から真っ赤な血が滴っていた。
その一滴一滴は九条の足元に落ちていき、彼の薄汚れたシューズの一部を赤く染め上げていく。
「これって?」
この切れ具合……というか、この切断痕の様な物には見覚えがあった。
九条ははっとし、それでも眉間にしわを寄せた顔で、走った道を振り向く。
腹には、鮎川の入ったカバンを抱え、しっかりと抱きかかえる。
〔レイ君!振り向いちゃダメ!〕
鮎川の小さき悲鳴が九条の頭に響く。が、本能はそれを許しとはしなかった。
振り向いたその世界。そこには、逃げ出す兵士と、怯える少年。そして、勇敢にも目の前にいる何者かに剣を立てる。
だが、九条のいる所からでは、その何かが分からない。
「私の実験対象になーに、手を出してんのかな―?、んー?」
九条はその声に導かれるように、無意識にその声のする方へと足を歩み出していく。
その際、鮎川をその安全地帯に置いて来てしまった。
「どうして、俺たち兄妹をこんな所に置いたんだよ?!」
アルの声も聞こえてくる。
だが、その声も、周りの兵士の悲鳴に押し負けそうになっている。
それでも、アルは必死にその九条の視界にまだ入らぬ者に問いかける。
「知っらなーいなー!だって、これは君が言った事だもん……あれ?もしかして忘れちゃったのかなー?」
その声は、明らかにアルに挑発する態度をとっている。そして、それにも気が付かず、頭に血が上ったアルは、それに乗ってしまう。
「うるさい!黙れ!この悪魔め!」
「悪魔だー?んもー!前にも言ったよねー?!ねーー!!」
何を言ってるんだ?この女は。前にも言った?何を?
アルは、そこに立ちすくし、何も出来ぬままただそこに女を睨んだまま黙っていた。
彼の目の前にいる女は、紛れもなく、あの時、あの場所で、話しかけてきた、小生意気な女。よく見ればその衣服などは、以前と全く変わっておらず、その表情は、以前よりも憎らしく見えてしまう。
もし、あの男が言っている事が正しいのならば―――
「お前の名は、ベルフェ―ゴール……だな?」
「せっぃかーい!」
ベルフェ―ゴールと呼ばれる女は、嬉しそうにアルに親指を立ててそう言う。女は馬車の上で、アルを見下すように、その指を右に向けた。
「まぁ、それはさて置きさー。君の妹ちゃんは、お友達という死体をどんどん増やしているようだけど?これはいかがモノかと?」
ベルフェゴールの見ている方をアルも誘われるように同じ方向を向く。
血の気が引いた。
あの時とほぼ同じ事が、そこで起きていた。
「おっともっだち!おっともっだち!」
「嫌だ!死にたくない!止めてグぇッ!!」
兵士たちの悲痛の叫びも、その悲鳴も、助けての一言も、彼女ルカには届かなかった。
むしろ、人が死んでいく度に、彼女の笑顔は大きく肥大していくかのようにさえ、見えてしまった。
一目見れば、分かる事だ。これは友達を増やしていくことじゃないって。あんな無邪気に、涙を流して、人をその手で殺している。のに。
俺は、何もできないのか。
俺は、ただそこで、あの時のように、見ているだけしかできないのか。
『お兄ちゃん!助けて!何処にいるの!?』
頭の中に、微かに残る妹の叫び声。あれは紛れもなく自分に向けられたもの。
アルは、形は同じでも中身が違う、その何かに憐れな目を向ける。
悪魔に言われるなど、皮肉すぎる物だ。
ふと、そう思ってしまう。
「おいおい、君がそんな目を向けるのはお門違いって物じゃーないのかい?」
綺麗な衣装をまとった憎い悪魔はそう言って、ニヤニヤ笑った。
「え?」
「分からないのかい?へー自分では気づいていなかったのかー。こりゃたまげたなー!」
「な、何が言いたいんだ!」
相手が、あの悪魔であるのに、アルは耳を向けてしまう。
そんな矛盾を、そんな矛盾だからこそ、彼は知りたかった。
そして、目の前にいる彼女は、さらにニヤニヤする。
「えーー?別に言っても良いんだけどさー……どっしよっかなー?」
どうせ、もう終わるのに。
アルの強い問いかけに、彼女はまるで他人事のような態度をとる。
「別に、良いんだけどさー。彼の事はいいのかなー?」
真上を向いた彼女は、両手をビシッと、先程の方向に向ける。
何事かと、アルも彼女が指さした瞬間に、その顔を向ける。
「お友達……どうして動いてくれないの……」
そこにいるのは、足を抱え座り泣きじゃくる妹。
そして、その周りに散らばる無数の断切死体。
胴体がない物。または達磨のように足が、首がない物。
中には、未だ息がある者がいるが、もう直に息絶えるだろう。それが未来だ。
「おい……お前。ルカ……」
アル。いや、一人の兄は。一人で寂しく泣く妹に静かにゆっくりと近づいた。
ピチャ…ピチャ…ピチャ…
静か故に、その一歩一歩に、誰とも思えぬ血を踏む音が聞こえる。
「ルカ……」
男として、一人の兄として。
「お兄…ちゃん?」
一人の兄は、寂しき妹に手を差し伸べる。そして、優しく抱擁するように我が妹の下で抱きしめた。
それは、とても美しく、素晴らしい物だった。
少なくとも、彼女にはそう見えただろう。
これで、やっと分かったきがす―――。
「なー。ルカ。友達がいなくたって。兄ちゃんの俺がいるじゃないか」
だが、その一声を境に、その美しき光景は一変した。
「お兄……ちゃん。な、何をし、てるの?」
突然のことに動揺する妹に、この大量殺人鬼の兄はとても優しく答えた。
「俺の家族の始めたことだ。それは俺の責任であもあるじゃないか……。これは俺を持っても償わなくちゃ……」
逃げようとする妹に、一層強く抱きしめる兄。
自分たちの心臓の鼓動さえ分かってしまう。二人とも鼓動は早くなっている。
そして、次の瞬間。彼らの胸部に激痛が走った。
「い、痛い……これって?」
彼女の背中には剣が突き立てられていた。その柄には誰かの右手が握られていた。
その腕より剣の方に、アルの手はあった。
「これは、俺たちの仕出かしたことなんだ。分かってくれよ」
アルは今まで見せたことのないような満面の笑みで、口から線となって湧き出る血を無視するかのような、そんな笑顔で笑った。
妹も、分かってくれる。これだけの事をしてきたんだ。それに俺のことを今まで呼んで来たじゃないか。そうだきっと―――
「嫌だ……」
「え?」
「嫌だ!死にたくない!お願い!こんな事ってある訳ない!どうして私が死ななくちゃいけないの!?ふざけないで!このブス!ぶっ殺すぞコラ!!」
頭に、激痛が走る。
どういう事なんだ……。だって、あれ?これって?
「いーやーだ!死にたくなーい!」
それはまるで駄々をこねるような子供だった。
ルカはアルの胸を両手で押し、剣を抜こうとする。
「死にたくない!死にたくない!死にたくない!」
彼らの周りに、半透明な球体が現れた。
地獄はまだ続く。




