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24話 女の正体

「どうして思い出せないんですか?いえ、他に何か少しでも覚えてることはないんですか?」


 九条はアルに強く問いかける。が、彼はそれ以降口を噤んで何も言わなかった。

 どういう事なんだ?もしかしたらその金の果実についても何か分かるんじゃないかと思ったのに。


「いや、まだ何となくだけど、……あれって火?」


 アルは頭に手を当て、記憶を探りだそうとする。

 その様子は、まるで忘れたというより、微かに残ったものを探り出そうとするようにも見えた。


『熱い………こ…と…は何だ?』

『あぁ……君……も…鳥……フェ…スで……』

『お…ん……何処に………て!お兄ちゃん!』

 俺とイルとあの女、俺の中にある削れたような最後の会話だけの記憶。俺はこの人たちに言っても良いのか?いや、今さら何を言ってんだよ俺。言わなくちゃ、いや言わなければ…


「あのさー。あんたの言う()って何だよ?おめーの素性に何か関わってんじゃねーのか?」


 コンラードはアルにそう尋ねる。ただその問い方はあまりよろしくない。

 だが、アルは素直にその問いかけに応じた。


「あの女は確かにおかしな雰囲気を醸し出していました。周りにないような…」


「服は?特徴さえ分かれば」


 九条はアルとコンラードの間に首を突っ込む。

 アルは口調の悪いコンラードより、まだまだ優しい九条の方に視線を合わせると、拳に顎を乗せた。


「えっと、とても裾が広かったです。何というか、ズボンも服もその一枚の布(・・・・)で出来ているように見えました。」


 一枚の布?……こっちの世界でも似たような物があったけど、ここにもあるのか?


「腰に、薄っぺらいその服の布よりも分厚い感じで、あと関係ないかもしれないけど、化粧が物凄く独特な感じでした。あと頭に釘刺してましてたね」


 頭に釘?


「やっぱり違うかな?」


「あぁ?!」


 ふと、口から心声が漏れた。コンラードのイラつきはそろそろ頂点に来ていた。


〔レイ君レイ君……〕


 バックの中から鮎川の声が聞こえた。

 九条は極力気付かれないようにバックに耳を近づけると、鮎川に語りかけた。


「何ですかセンセー?」


〈今すぐ、その妹……ルカちゃんの所に戻ってってあの人に言って〉


「センセーは見てなかったんですか?このアルさんの妹は危険なんです!」


 何とか周りに聞こえないような声で鮎川に訴える。

 だが、鮎川はその言葉を無視し、鞄の中から顔を出し、睨みつける。その顔には動物であろうとも「言え」と言っていた。


 しかたなく、九条はため息をつくと彼らに話しかけた。


「あ、あのーコンラードさん……」


「ぁあ?なんだよ?九条」


「そ、その……戻りませんか?来た道を」


 馬車の中と近くにいた兵士も含んだ呆れ声が辺りに響いた。その声は、木に留まっている鳥を羽ばたかせるのには容易かった。

 そして、呆れ声の次に来たのは回りから刺さる厳しい視線。


 セ、センセー、僕ちょっとこれ無理かもですーー


〔頑張って、レイ君。今この時はあなたが頼りなの〕


 そんなー……。


 鮎川に心で情けなく弱音を吐く。

コンラードはため息交じりにどうしたものかと周りを伺うが、その一方で、事の発端である者の兄、アルは膝の上に乗せた拳を震わせていた。


ルカにひどい事を言ってしまった、一人にさせてしまったという罪悪感と、戻ったらまた同じ暮らしが繰り返されるのかという恐怖心がある。


だが、ルカの兄は、家族はイルというのも然りであった。


「お、俺は、この人の言うとおり。妹、ルカの下に戻ってみたいと思っています」


「はぁーー?」


 コンラードはさらに呆れ声を漏らす。


「ったく、あーーーメンドクセー!テメーら分かってんのか?ここの主導権は俺が握ってんだぞ?テメーら二入が賛を唱えてもなー、俺の一言はここの隊員の否と等しいんだぞ?」


「そこを何とか、お願いします」


 九条はコンラードに手を合わせて懇願する。アルも九条の真似をして手を合わせる。

 コンラードも性格は2,3周くらい回って捻くれているが、これでも騎士のはしぐれである。男二人に頭を下げられるのは、癪に障るというものだ。


「おいおい止めろよ、俺は頭を下げろとは言ってないぜ?あーそうだ、さっきお前が言った|『やっぱり違うかな?』《あの》の意味を言ってみろよ。内容によっちゃ考えてやっても良いぜ?」


 コンラードは嫌嫌そうにそう言った。

 九条は手始めに鞄からとある本を取り出した。


「まずこれを見てください」


 九条が見せた物は、悪魔について詳しく書かれた本。それは九条と鮎川がこの世界に来る前に九条が適当に買った本の一冊だった。


「アル…君が言っていた言葉に気になったものを、この中から探してみました」


 本の中から女性の悪魔という条件で絞った。


「一つ目は妖艶であること」


 アルの言っていた言葉をアルとコンラードは思い出した。

 確かに、アルはそんな事を言っていた。


「女性だけでもかなり絞られるけど、妖艶となると数えるほどしかいないでしょう。そして、二つ目の言葉は家族」


「家族だー?悪魔がそんなもんを持ち合わせてんのか?」


 もっともな意見をコンラードに言われてしまった。


「確かに、まあそうなんだけど。その言葉のおかげで一人ヒットしたんだよ」


 九条は、本の数ページを開くと、そこに書かれている悪魔の名を指さした。

 その名は、


「ベルフェゴール」


 ベルフェゴール、七つの大罪の悪魔の一つとなっている悪魔。彼女の使い魔はフェニックスと呼ばれる炎の不死鳥。


 その言葉に、アルは女の言っていた言葉の穴に一つ塞がった。

 アルは頭の端にそれを置きながら、九条の説明を聞き続ける。


 ある時、魔界で「幸福な結婚というものは果たして存在するのか?」という議論が起こった。彼女は実際にそれを見てくるためにベルフェゴールは人間界へやってきて、人間の結婚生活を観察したが、その結果幸福な結婚など無いと言う結論など無いと言う結論を出したとされる。


「おい、それじゃーよーこのベル()ゴールって奴はよー、その議論の為だけにこいつらを選んだってのか?」


「いえ、それは違うと思います。あと、ベルフェ()ゴールです」


「じゃぁ何だって言うんだ?ぇえ?」


 コンラードの疑問に九条は秒読みで否定した。

 コンラードは腕を組み、どうしたものかと頭を悩ます。


「それよりも、アル君が言っていた妖艶な女性。これはとある事件がきっかけで描かれたベルフェゴールのイメージと言われています」


 そして、次のページを開くと九条はそこに印刷されている絵画は先ほどの説明での妖艶な女性とは遠くかけ離れている物だった。

二人は、目を丸くしてそれを見張る。


そこに描かれているのは牛の尾にねじれた二本の角、顎には髭を蓄えた醜悪な姿。これを女性というにはあまりにも皮肉というものだった。


「これこそが、僕の知っているベルフェゴール。七つの大罪、怠惰の姿です」


 ついでに言えば、そこに描かれている悪魔は様式便所に座っている。


「で?」


「でってなんですか?」


 コンラードの苛立たしさの塊とも思える一言に、九条は意味が分からなかった。


「はぁ?俺はあの言葉の意味を教えろとは言ったが、テメーの趣味の事は聞いてねーよ!お前はバカか?バーカ!」


 とうとう馬鹿とまで言われてしまった九条。九条自身そんな気はないが、実際、九条の言っている事はコンラードの質問の的を外れていた。

 アルはそんな事は思ってはいないが、黙ってその様子をうかがっている。


「それは、僕の勘で、何となくその女が悪魔ではないかと思ったからです」


 そんな九条の本心で逃げにも聞こえるその一言は、コンラードの「はぁ?」によって土砂のごとく簡単に砕かれた。



さて、アルの言っていた女が着ていた服装についてだが、分かる人いたりするかな?

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