問題
◇◇◇◇
つい先ほどまで瀕死の状態だった――いや、すでに意識はなく冗談抜きで死んでいた――にもかかわらず、なぜか体が動く。背中やわき腹に痛みはなく、頭の中がすっきりしていて体調はすこぶる良い。
しばらく困惑していた雄哉だったが、数秒後には二人の少女が自身に泣きながら抱き着いているという状況に思考が向く。
片方はメイド服とヘッドドレス姿の美咲。
だが、もう片方の白銀の甲冑を纏う少女は。
「す……鈴? どうしてここに……」
「ゆーちゃん、ゆーちゃん……! ずっと、ずっと会いたかったよう!!」
黒髪の少女が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
一年ぶりに見る、よく見知った顔だった。まだこの世界に来る前、日本で隣の家に住んでいた幼稚園の頃からの幼馴染。いつも元気に笑っている明るい少女、有村鈴。
なぜ彼女がこんなことろにいるのか、まったくもって意味が分からなかった雄哉は、一度状況を整理することにした。
「と、とにかく二人とも離れてくれ。そして今、何がどうなってるのかを教えろ。俺が倒し損ねた魔物はどこへ行った? グランモーラトとかいう討伐ランクSの魔物は? 町に押し寄せた大量の魔物は? 知っていることだけでいいから、順番に言ってみてくれ」
まずは現状確認。鈴がなぜかいるのかということはいったん脇においておき、一つずつ順番に物事を整理していく必要があった。
メイド服の少女は未だ目に涙を浮かべながらもポツポツと話を始める。
「……私は魔物たちを統率するリーダー格をなんとか無事に倒して、北に向かいました。そこではヨルキさんがすでにグランモーラトと戦っていたのですが……一撃でやられてしまって。戦力差がありすぎて、とても私たちでも太刀打ちすることはできないと思ったので、全力で逃げました。それで、まだ雄哉さんが来ていないことに気が付いて、様子を見に来たら……あんな、ことに……」
「……、心配かけて悪かったな」
再び美咲の頬を涙が伝う。雄哉はそれを親指で拭ってやりながら、辺りを見渡した。
すると、ヨルキがぐったりと地面に倒れているのを発見する。
「俺の傷を治したのは?」
「それは一応、私」
「ヨルキ……じゃわからないか。アイツを治せるか?」
「うん。たぶん大丈夫だと思う」
素直にうなずいた鈴はヨルキのもとに近づき、治癒魔法を施す。ほんの数秒で変な方向に折れ曲がった左腕は元通りに引っ付き、全身の骨に入ったヒビは修正された。
同時に、ヨルキは意識を取り戻す。
「う、うぅ……あれ。ユーヤさん、無事だったんですね! ミサキさんも……。えっと、そちらの方は?」
当然、初対面であるヨルキは鈴の顔を見て首を傾げた。それは美咲もずっと思っていたことであり、雄哉に二人の視線が集まる。
「あー……まぁ、俺の昔からの友人だ。というか、それよりもっと重要な案件が残ってる。グランモーラトと魔物の大群はどうなったんだ?」
ヨルキと美咲には異世界から来たことを話していないため説明が難しく、話を逸らす。次に口を開いたのは鈴。
「よくわかんないけど、城下町にいた魔物は全部私が倒したよ? 大きな魔物が二体いたから、それもついでに」
「二体……? あぁ俺が逃した魔物がグランモーラトに化けたのか」
大きな魔物というのはおそらくグランモーラトのことである。二体もいるという情報はなかったが、もしミミカクラウンがグランモーラトに対して『模倣』を使った場合、それは十分にあり得ることだ。
なんにせよ。どうやら気を失っている、というか死んでいる間に当面の危機は脱したらしいということを理解した雄哉は立ち上がる。
どうやってただの一般人であるはずの鈴があの魔物たちを倒したのかはなんとなく予想がついた。おそらく、この世界に来てしまっている理由はあれが関係しているのだろう。しかしその確認は後回しにする。
空を見上げれば虹が架かっていたが、素直にそれを美しいと受け止めることはできなかった。
魔物の襲撃による死者は冒険者と警備兵を合わせると58名、重軽傷者は74名だった。一般人の死傷者は0で済んだという点において、町の防衛は成功と言えるだろう。
しかし。町にいた冒険者のほとんどがグランモーラトに殺された。
魔物との戦闘痕が残る町中を歩き、ギルドに向かった雄哉はそのガランとした空間を見て息をのむ。
「4人……? グランモーラトと戦って、生きていられたのはたったの4人なのか?」
「僕が駆け付けた時にはもう……」
後ろで首を垂れるヨルキの声は震えていた。血の海を思い出し、吐き気が再びこみ上げる。
ギルドに設置されている長椅子に座っている初老の男、怯えたように体を丸めて隅っこで小さくなっている女性、ボーッと上の空で虚空を見つめている青年、壁にもたれかかって頭を俯けている男性。そして雄哉、ヨルキ、美咲の三人を合わせた7人が、今回の戦闘で生き残った冒険者である。
すると、地下に避難していたのであろう受付員ライラが慌てた様子でギルドに入ってきた。避難は一時的なものであり、すでに住民はわが家へと帰宅を始めている。
「みなさん! ご無事です……か……」
しん、と静まりかえったギルド。その重たい空気を肌で感じ取り、ライラは次第に声を小さくする。不安に押しつぶされそうになりながら、彼女はそばにいた雄哉に向かって尋ねた。
「あの。他の、皆さんは……?」
「……。死んだ、らしいな。みんな」
「ウソ……」
現実を突き付けられたライラは全身から力が抜けてしまったのかひざを折り、ペタンとその場に座り込んでしまった。
あまりにも被害が大きい。ただでさえ人員不足に陥っていたにも関わらず、ここまで冒険者が数を減らせばもうこの町のギルドは機能しなくなる。だが何よりも、昨日までごく普通に接していた者たちと二度と会うことができなくなったということのほうがショックだろう。
ライラはしばらく言葉を失っていたが、やがてふらふらと立ち上がり、独り言でもつぶやくかのように小さく口を開いた。
「……みなさんには、報奨金が出るとのことです……。町の復興が終了次第、お渡しすることになっていますので……今はどうか、復興にご協力ください……」
幸いにもギルド内は耳が痛いほどの静寂に包まれていたため、全員の耳に情報は行き届いた。ライラはそのまま亡霊のようにゆらゆらと揺れながら歩き、ギルドの奥へと引っ込んでしまう。
「ユーヤさん。これから、どうしますか?」
美咲の質問に、雄哉は答えあぐねた。
もともと、この襲撃を乗り越えたらすぐにでも旅に出て、元の世界への帰還方法を探す予定だった。しかし、この状況で町を出ていく気にはさすがになれない。それに、幼馴染である鈴のことも問題の一つだ。
「町の復興に手をかそう。しばらくは滞在だ。それから……鈴に話がある。悪いけど美咲とヨルキは席を外してくれ」
「? はぁ、わかりました」
「かしこまりました」
二人は一度ギルドの外に出る。雄哉は振り返り、鈴に向かって言った。
「さて、これからの話をしよう」
あぁ、大学が始まる……更新が遅くなる……。頑張っていきたいと思います。




