本音とこれから
ギルドに設置されている長机を挟み、向かい合わせで席に座る少年と少女。
「……とりあえず、久しぶりだな」
「……うん」
会話はそんな、当たり障りのないところから始まった。コクリとうなずいた鈴はまた涙が浮かんできたのか目の端をこすりながら、
「急に行方不明になって、本当に心配した。日本中、いろんなところを探した。絶対に死んでないって自分自身に言い聞かせながら、ついさっきまでずっと探し続けてたんだよ?」
「は? お前、高校はどうしたんだよ」
「ゆーちゃんのせいで私、不良になっちゃった」
「休んでるのか……」
雄哉は眉間を指でつまみ、首を左右に振る。鈴は大学の医学部に推薦で入ることも可能なほど頭がいい。それが一年も学校を休んで日本中を回っていたとなると、彼女の医者になるという目標は一気に遠のいたことになる。原因が自分自身にあることに、雄哉は頭が痛くなった。
「つーか、行方不明になったのを心配するのはわかるが……学校を休んでまであてもなく日本中探し回るなんて、するか普通?」
「するよッッ‼‼」
突然、鈴は立ち上がりながら声を荒げた。
拳を握りしめて、肩を震わせながら、少女は雄哉を睨み付ける。
「友達だもん、親友だもん、幼馴染だもん‼ それだけでも十分に理由になるよ‼ 今もどこかでお腹をすかせてるかもしれない、どこかで怪我をしてるかもしれない、どこかで悲しんでるかもしれないって思った‼ その時にはもう体は勝手に動いてた。絶対に見つけ出して、助けなきゃいけないって思った‼‼」
「……、……」
雄哉は黙り込む。
例えば。
無事を祈りながら、いずれ必ず見つかると信じて待っていたと言うのならば納得はいくのだ。異世界召喚などという前代未聞な拉致に手がかりなど見つかるはずがなく、警察だろうが名探偵だろうが雄哉を探すことは不可能だ。本来ならばきっとどこかで生きていると信じ、無事を祈る以外にできることなどない。
だが鈴は違った。
友達、親友、幼馴染。されど、結局は他人である。突然行方不明になれば動揺するだろうし悲しみもするだろうが、どこに消えたか手がかりも掴めないのに躍起になって探し出そうとする人間がどれほどいるだろうか。自分の人生すらも犠牲にして。
(鈴の世話焼きは、ここまで重度なものだったのか。若干の狂気を感じるまである……)
とはいえ。素直に身を案じてくれていたということにはうれしく思えたので、深くは突っ込まないことにする。そんなことを気にしていても仕方がないのである。
雄哉は本題に入るべく、頬杖をつきながら言った。
「で、お前は現状をどれぐらい理解してる?」
「ここが地球とか日本じゃないってことは一応。ただ、勇者がどうこうっていう話はよくわかんなかったかな。とりあえず、言われた通り町にいたくさんいた……魔物? は倒したけれど」
「誰にその、勇者だとか魔物を倒せとかいう話を聞いたんだ?」
「えっと、名前は長かったから覚えてない。でも国王だって言ってたよ。お城にいたし王冠もかぶってたし、間違いないと思う」
頭の片隅でひっそりと浮かんでいた予感は見事に的中する。
つまり、鈴がこの世界に来た理由とは国王が勇者召喚の儀式魔法を使ったからだ。雄哉と全く同じように無理矢理この世界へ連れてこられた、というわけである。
「そういえば、ゆーちゃんはずっとここにいたんだよね。どうやって生活してたの?」
「あー……そうだな。結構長くなるけど、大丈夫か?」
「うん。聞かせてほしい」
鈴に促されて、雄哉は自身がこの世界に召喚されてからのことを語り始めた。
勇者として召喚されたというのに、ステータスは凡人であったこと。それでも冒険者として金を稼いで生活をしていたこと。奴隷を買い取ったこと。帰還の方法を探すべく、魔物と戦い始めたこと。仲間ができて、一緒に修行をしたこと。冒険者ランクAになって、町のために戦い敗北したこと。
一つずつ、今まで起こったことを思い出しながら口にしていく。そのすべてが強烈に記憶に焼き付いていて、スラスラと吐き出されていった。
すべてを語り終えたとき、鈴はとても優しい表情を浮かべていた。
「頑張ったんだね」
「元の世界に帰るためだ。いい加減に電子機器が恋しいよ。あとふかふかのベッドも捨てがたい。こっちは妙に寝具が硬くてさ。あと風呂だな。魔法で無理矢理作る風呂も気持ちいいけど、やっぱりちゃんとした浴槽でじっくり温まりたいもんだ。父さんと母さんにも会いたいな。絶対心配かけてるだろうし。学校は……中退、ってことになるのか。まあ仕方ないよな。生きて帰るだけでも上等だろ。帰ったらやっぱり日本食が食べたいな。美咲が作ってくれるこの世界の料理もうまいけど、やっぱり白米がないと。娯楽もこっちの世界に来てからほとんどしてないから、ゲームとかカラオケとかボーリングとか、とにかく遊びまくりたい。あぁ、でも将来のこととか就職とかいろいろ面倒くさいな……バイトしながらハローワークって感じになるのかね。高校中退でも大学って入れたっけ? つっても別に学びたいことなってないけどさ」
「ゆーちゃん」
まくしたてるように言葉を連ねる雄哉の頭に、鈴はそっと右手を置いた。
子供をなだめるように優しく、ゆっくりと撫でる。少年はそれを黙って受け入れた。
「そうだよね。突然いなくなって悲しんだのは私だけじゃないんだよね。ゆーちゃんだって、全く知らない世界に突然連れてこられて、誰にも頼れずに一人で必死に頑張ったんだよね。……大変だったよね」
「……あぁ。本当に、頑張った……んだ……よ……」
鈴の手のひらから伝わる体温が心地いい。
雄哉はいつの間にか泣いていた。鈴と再会した途端に、急激にこみ上げてくるものがあった。
それは安心感だ。美咲やヨルキは長く共にいた仲間ではあるが、だからと言って付き合いは一年程度。しかし鈴は同じ世界で同じように育った幼馴染だ。十年以上の付き合いがあり、雄哉にとっては家族の次に近しい存在である。
今まで抑え込んでいた感情があふれだす。美咲やヨルキ、そして自分自身ですらわかっていなかった感情が。
「本当は戦いたくなんかないんだ……剣なんて振り回したくない、魔物だとしても殺したくなんかない、血を見たくない。それでも元の世界に帰るために頑張ったんだよ……」
魔物を殺す感覚にはとっくの昔に慣れていた。しかしそれはあくまでも感情が、感覚が麻痺していただけ。本音はまた別にある。日本で平和な日々を過ごしていたにもかかわらず、下手をすれば死ぬという状況での命を懸けた戦闘行為が、どれほど精神をすり減らしていたか。
雄哉は決して強い人間ではない。ごく普通の高校生であり、一般人なのだ。
「やっぱり、ゆーちゃんはゆーちゃんだね。前と全然変わってない」
「これでも結構筋肉ついたと思うぞ?」
「うん。見た目はすっごく逞しくなってる。頼りになりそうでかっこいいよ」
「鈴に助けられちまったけどな……」
女の子に助けられるというのは男としていささか思うところがあったが、命を助けられたのだから文句などあるはずもない。
なでられることしばし。落ち着いてきた雄哉は話題を変えた。
「そういえば……ステータスが書かれたプレート、持ってるか? あれば見せてほしいんだけど」
「この銀色の板のこと?」
勇者召喚には『人々の希望』が込められる。残念ながら雄哉にそれはなかったが、果たして鈴はどうなのか。もちろん千体近い魔物と二体の大型の魔物を瞬殺するだけの力を持っている以上、彼女が『人々の希望』を受け取っていることはわかっている。具体的にどれほどの数値になるのかを知りたかったのだ。
鈴は言われた通りプレートを取り出して手渡す。
内容を読んだ雄哉はそのあまりのスペックに言葉を失い、しばし硬直した。
魔力量は雄哉の何百倍、何千倍では到底足りない。適正魔法は闇属性以外のすべて。習得魔法と特殊技能に至ってはLVの桁が一つ違う。
チートという言葉ではもはや生ぬるい。バグっている。そうとしか思えないような能力値だ。
間違いなく、この世界で彼女に敵う人間は存在しない。これはこの世界の人間だけでなく、雄哉にとっても希望の光だった。
「鈴も帰る方法を探す旅についてくるよな?」
「もちろんだよ。家に帰るまでがなんとやらって言うし」
「それならもう、旅の安全は確保されたようなもんじゃないか! たぶん魔王もこの能力なら瞬殺できるだろうし。せっかくだからついでに世界も救っちまおう」
「私も王様に頼まれちゃったからねぇ……とりあえず、これからのことは決まりかな?」
帰還の方法を探す旅には鈴が加わることになった。これにより旅は圧倒的に安全性が高まることとなる。
とはいえ。
「あぁ。でも、まずは町の復興だな」
雄哉は肩を回しながら椅子から立ち上がる。
旅立つ前に、最低限のことはしなければならない。
遅くなってすみません。できるだけ早く更新できるように頑張ります。




