防衛 3
◇◇◇◇
魔物の討伐難易度はC~Sに種類分けされている。
しかしこれはあくまでも大まかな指標であり、難易度Bだからと言って冒険者ランクBの人間が戦えば必ず倒せるという保証にはならない。また、個体によって難易度は変動することもあり、常に気を付けておく必要がある。
中には戦う相手によって強さが変動する特殊な魔物も存在するわけだが、雄哉が相対することになった討伐難易度Aの魔物はまさにそれだった。
「……こういう時、どうすればいいかよくわかんねーんだけどさ。とりあえず質問させてもらう。お前は誰だ?」
『おいおい、知らないとは言わせないぜ。俺はお前だよ』
カルテリオ城城下町東部の山中。
学生服に黒のコートを羽織って、新調したばかりのまだ試し斬りすらしていない『オスクロークソード』を背負い、右腰にはボウイナイフを吊るしている雄哉から10メートルほど離れた向かいには、まったく同じ姿の人間がいた。
顔、背丈、声、装備、性格に至るまで、すべてが雄哉と同じ。
動揺を隠しきれていない方の雄哉は頬に汗を伝わらせながら、酷い気分を味わっていた。
(鏡に映った自分と会話するよりたちが悪いぞこれ……)
鏡の中の自分に向けて話しかけ続けると精神が崩壊するという話があるが、この状況はそれを凌駕しているように雄哉は感じていた。なんせ、鏡などではなく本当に目の前に自分が実在してしまっているのだ。同族嫌悪の究極版、とでも表現すればわかりやすいだろうか。理屈ではなく、とにかく気分が悪いのである。
元凶は討伐難易度Aの魔物、【ミミカクラウン】。この魔物が持つ固有魔法『模倣』は敵対する相手と全く同じ姿形になり、装備品まで完璧にコピーしてしまう。そのため、ミミカクラウンの本当の姿を見た者は誰一人としていない。認識した瞬間にはその人間に変化しており、殺しても姿は変わらず、自分の死体が残るだけだからだ。
雄哉は無言で剣とナイフを抜き、強化魔法を発動して構えた。相手が魔物である以上、倒さなければならないことに変わりはない。ミミカクラウンもまた、同じ姿、同じ動作で武器を取り、強化魔法を発動。
一瞬後。二人は激突した。
オーダーメイドで作ってもらった、この世に一振りしか存在しえないはずのオスクロークソードが、同じ形、同じ色、同じ性能を持つ剣とぶつかり合い火花を散らす。
鍔迫り合いになるや、すぐさま雄哉は逆手に持った大型の戦闘用ナイフを振る。だが、ギギンッッと金属のこすれるような音とともに斬撃は止められた。ミミカクラウンの作り出したボウイナイフに防がれたのだ。
数度、剣戟が交錯する。
斬りつける角度も、力も、フェイントの織り交ぜ方も何もかも、すべてが同じ。一度距離を離し、対抗策を練ろうという思考すらも一致していた。
両者のバックステップにより、距離が開く。雄哉は目を細くし、自分の顔を睨み付ける。
(実力が拮抗している……いや、当たり前か。たとえ偽物であったとしても、あれは本物の俺を完全に模倣してるんだから)
冷静に、勝ち筋を模索する。
相手は自分自身。力も知恵も武器も、何もかもが同じ。では、まったく同じ実力を持つ相手に勝つ方法とはなにか。
その答えは、意外にあっさりと見つかった。
「要するに、今この瞬間、お前より強くなればいいってことだろうが!!」
『できるもんならやってみろよ、俺!!』
激突が繰り返された。
振り下ろされる黒剣を紙一重で避け、側面から横薙ぎの一閃。
体をかがませつつ、回し蹴りで足を払って体勢を崩す。
空間を抉るような突きを、ナイフでパリィ。
『陰踏み』で拘束した瞬間、『影空間』への逃走。
火属性魔法を水属性魔法で相殺。
『無刃』の脅威から足に集中させた魔力を爆発させて回避。
十数分以上、攻防は続いた。
考え方も同じなのだ。であれば、対策も同じになるのは必然である。お互いに自らの手は知り尽くしており、対策もまた誰より理解している。体に傷はつかないが、そのかわりに魔力がどんどん失われていき、ただ疲労だけが溜まっていく。
雄哉は焦りを感じ始めていた。そもそも、本当はここでミミカクラウンの相手をしている場合ではないのだ。北からは討伐難易度Sという災厄が進行中であり、これの対処ができる程度の体力、および魔力は残しておかなければならない。
だが、そんなことをしていて勝てる相手ではないということは自分が一番わかっていた。何せ自分自身が相手だ、全力で戦っても引き分けるのがオチである。
(ダメだ、こいつをさっさと倒そうと思ったら、最低でも二人はいる……!!)
結局のところ、ミミカクラウンの弱点はそこだった。
あくまでも、固有魔法『模倣』で真似をすることができるのは一人だけであり、数の利さえあれば勝てない相手ではない。
根本的に、一対一で戦うということ自体が間違いだった。
だが、頭では理解していても今はどうしようもできない。
町の冒険者たちは北の『グランモーラト』の足止めに行っている。美咲とヨルキもそれぞれの役割を果したら北の応援に向かうはずであり、ここに救援がやってくることは望み薄だ。
と、その時だった。
「攻略法がわかったぜ……!」
とっさの思い付きだった。
いままで、できそうでできなかったある魔法を試そうとして、雄哉は自らの陰に手をつく。
イメージするのは――自分自身。幸いにも、目の前には自分と全く同じ姿をしたミミカクラウンがいる。脳内でイメージを固定化するのにさほど時間はかからなかった。
特殊技能である魔力効率と、剣に刻まれている闇属性魔法の使用魔力量削減魔法陣の効果を併用しているにも関わらず、それでも半分近い魔力を持っていかれて魔法は完成。
「『影分身』……まぁ、忍術じゃねーけどな」
影が独りでに分裂し、ウネウネと動いたと同時。
雄哉の数は3人となった。
一人は本体。一人はミミカクラウン。一人は魔法により作られた分身。
闇属性魔法、『影分身』。今の自分と同じスペックを持つ分身を作り出す魔法だった。一対一で勝てないのなら、無理やり二対一にしてしまえばいいという強引な発想。しかし、理には適っている。
だが。それで勝ちを確信するには至れなかった。
『俺はお前なんだぜ? お前にできることは、俺にだってできることを忘れちゃいけねーよ』
ミミカクラウンは地に手をつく。そして魔法を発動し、分身を作った。
4人目の、雄哉。
「くそっ……!!」
突破口が見えない。
どれだけ自分が成長しようと、新しい魔法を開発しようと、模倣されて一瞬のうちに追いつかれる。修行相手としては最適かもしれないが、単純な戦闘では最悪の敵だ。
闇雲に戦っても勝てない。
もし勝機があるとするならば自身が成長し、それを模倣されるまでの一瞬だ。
つまり。一瞬でケリをつけることができる魔法を作り出し、反撃の隙も与えずに倒す必要がある。
(そんな方法、簡単には思いつかねーよ!!)
無駄だとわかっていながらも、雄哉とその分身は走り出す。分身はどうやら一心同体ではあるが基本的にオートで動くようで、操作が難しい、などということはなかった。
対するミミカクラウンとその分身も、同じ速度で飛び出す。
剣戟の交錯する音が二倍になった。しかし、二対二になったところで実力は変わらないため、状況が好転するはずもなく。
むしろ、雄哉は精神的に苦しみ始めていた。
周りには三人も自分と同じ姿をした、同じ実力の人間がいるのだ。
思考が混乱していく。
本当に自分は本物なのか?
自分のほうが分身で、向こうで戦っている自分が本体なのではないか?
いや、もしかしたら自分が魔物の方で、倒されるべき存在なのではないか?
はたまた、魔物の作り出した分身こそが自分なのではないか?
次第に、雄哉は意識が酩酊しはじめた。
自分が自分であると証明するのは難しい。
例えば目の前に自分と瓜二つの人間がいて、生まれた時から今までの記憶まですべて同じだったとしたら。例え偽物であったとしても、本物との違いはどこにもない。そんな状態で、自分が本当に本物であるかどうかを確認するすべは存在しない。
いまさらになって、影分身を使ったのは悪手だったのかもしれないと雄哉ぼんやり思った。まだ一対一であれば、確固たる自分を持って戦えていただろう。だがこの状況は、もはや悪夢でしかなかった。
たまらず、雄哉は分身を意図的に消した。これ以上、一人でも多く自分と同じ顔をした人間を見たくなかったのだ。
結果、致命的な判断ミスとなった。
分身を消す。それはつまり、今まで二対二で保たれていた均衡が崩れるということ。
『おいおいどうしたんだよ? これで二対一になっちまったぞ!!』
「ぐっ……!?」
前後に挟まれる。
同時に襲い掛かる黒い剣を地面を転がりながら避けると、追撃とばかりに一本のナイフが投げらた。それをオスクロークソードで弾きつつすぐさま立ち上がると、大上段の振り下ろし攻撃が押し寄せる。
とっさにナイフと剣を交差させて受け止め――
『それは判断ミスだぜ、俺』
直後、脳を貫く激痛。
雄哉の背中から、大量の鮮血が迸った。
『無刃』。死角である背後からの見えない刃に切り裂かれたのだ。
そして、雄哉が相手にしているのは一人ではない。
ミミカクラウンの分身が、側面から迫る。
ゾプンッ、と。脇腹に深々と、偽物の分身が持っていた剣が突き刺さった。
自分自身には勝てなかったよ……。




