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やる気なし勇者の異世界道  作者: 国衣任谷
三章
44/57

防衛 4

 △△△△



 事態は最悪だった。

『昇風』により最高速で空を飛んで城下町北部にやってきたヨルキの視界には、海が広がっていたのだ。

 赤い――赤黒い、海が。


「う、ェッ……!!」


 とてつもない異臭が鼻を貫き、ヨルキは口を押えて吐き気を抑え込む。

 血だ。それも、尋常ではない量の。

 血だまりのあちこちに何かの塊が転がっていた。

 手。足。頭。胴体。骨。人体がバラバラにされ、そして押しつぶされ、粉砕され、原形をとどめていないものも多い。この無残な惨状を作り上げたのは、たった一体の魔物。


「無理だ……こんなの勝てるわけねーよ! ランクAが何人束になったって、勝てるわけねぇよ!!」


 そう叫んだのは、魔物の足元にいた一人の冒険者だった。完全に戦意を失っており、尻もちをつきながら目の前の魔物を見上げて喚く。

 直後、首が宙を舞った。

 たとえるなら、ゴルフ。

 十メートル近い巨体を持つ魔物はその手に槌を持っていた。それをゴルフクラブのようにスイングしたのだ。その結果、冒険者の首は胴体から分離した。

 パタン、と力なく冒険者の体は横に倒れ、首は大量の血を振りまきながら彼方へと飛んでいく。

 その光景を目の当たりにしたヨルキは、呆然と魔物を見上げた。

【グランモーラト】。討伐難易度S。正真正銘の怪物。

 先ほど戦ったゴーレムとは、殺気が桁違いだった。

 相手は何もしていないのに、体が一歩も動こうとしないのである。

 まるで殺されるのをただ順番待ちしているような、そんな感覚。これを相手にして、そもそも「戦闘」が成り立つのかという疑問さえ沸いてくる。

 生き残っている冒険者は片手で数えられる程度しかいなかった。全員が戦意を喪失し、逃走もできず殺されるのを待っていた。

 グランモーラトは次の標的を定め、槌を大きく振り上げる。


「ダメッ……だああああああああああああああああああ!!!!????」


 ヨルキは正常な判断能力を完全に失っていた。とにかく、叩き潰されそうになっている冒険者を助けなければならないということだけで頭がいっぱいになり、『昇風』――いや、その出力は『昇嵐』と言うべきか――を発動。数十メートルはあった距離を一瞬で駆け抜け、腰を抜かしていた女性冒険者を抱きかかえる。

 槌が振り下ろされた。それはヨルキと女性冒険者を巻き込むことなく、地面に叩きつけられる。

 激震があった。

 ズンンン……と、数秒間地面が縦に揺れる。砕けた地面の破片が体を打ちつけ、バランスを崩しながらも安全距離までヨルキは無我夢中で飛んだ。


「あ、あ、あり……がと……?」


 死の運命から間一髪で救出された少女は震える唇を動かしてヨルキに感謝を述べる。

 しかし、ヨルキはそれを全く聞いていなかった。

 というより、聞けるような精神状態ではなかった。

 全身の震えが収まらないのである。むしろ、先ほど無我夢中であったとはいえ体が動いたこと自体が奇跡に近い。

 人生最大の恐怖に、ヨルキの顔は真っ青になっていた。


(勝てない、勝つビジョンが見えない、ミサキさんとユーヤさんと力を合わせたら討伐難易度Sでもなんとかなると思ってた、でも違う、()()はそんな生易しい魔物じゃない、全員逃げないと殺される!!!!)


 そこまで一気に考えたヨルキは少女を地面におろし、自分の頬を握りこぶしでぶん殴った。

 ヒリヒリとした痛みが思考回路を強引につなぎ、叫ぶ。


「「「「「「みんな、自分をしっかり持ってください!! 全力で逃げましょう!!!! 足止めをしようなんて考えないで、自分の命を最優先にしてください!!!!」」」」」」


 風属性魔法『大声量』。風とはつまるところ大気の流れであり、風属性魔法を使う時にイメージするのは空気をいかに操るか、というところに直結する。それを利用すれば空気の振動である声の大きさを跳ね上げることも可能なのではないかという雄哉の発想から生まれた魔法だ。

 無理やり引き上げられた声量は空気をビリビリと振動させ、この場にいた冒険者全員の耳に飛び込み、我に返らせる。

 直後、生き残った冒険者数名は一目散に逃げだした。それは足止めがいなくなったことを意味しており、当然、グランモーラトは再び歩を進め始める。

 だが、わずか一歩でその進行は再び中断された。


「結局は、誰かがしないとダメなんですよね……ッ」


 立ちふさがったのは、ヨルキだ。

 全身から血の気が引く。勝ち目がないと確信できる相手と戦うことの恐怖は、想像を絶していた。

 だが、この魔物を城下町に入れてしまった場合。その被害は甚大では済まない。

 壊滅だ。阿鼻叫喚の地獄絵図しか待っていない。

 せめて。せめてユーヤとミサキが来てくれれば、死ぬことだけは回避できるかもしれない。そう思いつつ、ヨルキは影空間にしまっていた『ヴェントクク・ランス』を取り出して構える。

 手が冷たい。これから戦闘が始まるというのに、筋肉は緊張してガチガチだ。

 それでも、目の前の化け物を見据えて強化魔法を発動する。

 次の瞬きで。

 グランモーラトの姿を見失った。


「――……?」


 ヨルキは動揺する前に困惑した。あの巨体を見失うなど、あり得るのか。

 周囲は平野で見通しがいい。グランモーラトの体長は十メートルを超えている。瞬きの間に見失う原因に心当たりはなかった。

 透明化か。

 雄哉の『薄影』のような認識阻害か。

 違う。

 骨髄に直接氷水を流し込まれたような強烈な悪寒を感じたヨルキは、自身の持つ魔力を瞬間的に大量放出し、全身の強化を最大まで上昇させる。

 次の瞬間。景色が凄まじい速度で回転した。


「がッ……ァァアア!!?? げぶっ……ごふっ……」


 遅れて衝撃が全身を駆け巡る。肺から空気が叩き出されて咳き込み、呼吸困難に陥る。

 地面を何度もバウンドし、百メートル以上吹き飛ばされてようやく勢いは止まった。

 全身の骨を粉々にされていてもおかしくないほどの威力。とっさに施した全身の最大強化によりダメージは軽減したが、それでもヨルキの左腕の骨は折れるどころか砕けていた。

 その猛烈な痛みに声を上げることもできず、嫌な汗を掻きながらうつろな目で魔物を見る。


(なにが起きたか、わからなかった……これが討伐難易度S……こんなの、死ぬに決まってる……)


 理屈ではわかっている。グランモーラトはその巨体を、瞬間移動と見間違うほどの速度で動かし、左側に回ったのだ。そして勢いに任せて槌を振っただけ。ただ、その現実を受け入れることができるかと言えば話はまったく別だ。

 そもそも、あの巨体が高速移動するという時点で反則である。それに加えて、計り知れない膂力。

 攻撃する暇すら与えられていないという事実に、ヨルキは絶望した。

 途端、全身の痛みが加速する。おそらく、体中あちこちの骨にヒビが入っているのだ。たったの一撃で立ち上がることすら困難になるダメージ。もし強化していなかったら即死は確定していた。

 だが、死の結末は早いか遅いかの違いでしかなかった。

 グランモーラトはヨルキをターゲットとして未だにロックしているのだ。

 ズン、ズン、と。一歩ずつ歩いて迫ってくるグランモーラトに対して、ヨルキになすすべはない。

 巨大な影が落ち、槌を持つ腕が振り上げられる。


(ダメだ……殺される……)


 死を覚悟した、その時だった。


「『爆炎柱』!!!!!!!!」


 一筋の光が流れる。それは一直線にグランモーラトの右肘に直撃。

 閃光が辺りを埋め尽くした。

 爆炎がグランモーラトの腕を焼き、槌による振り下ろし攻撃が止まる。

 その隙にメイド服の少女が駆け寄り、動けないヨルキに肩を貸した。


「ミサキ、さん……」

「全力で逃げます。痛みは我慢してください」


 ミサキは強化魔法で全身にオレンジ色の魔力を纏いながら、城下町から離れるよう北に走った。

 グランモーラトの目的は町の襲撃だと推定されている。町から離れる方向に逃げれば、命だけは助かる可能性が残っているのだ。

 もし追いかけられれば勝ち目はない。殺されて、それで終わりだった。


「追ってくる気配は……ありませんね」

「でも……町が……」

「仕方ありません。あの怪物は、私たちに止めることは不可能です」


 距離を大きく開いて後ろを振り返ると、幸いにもグランモーラトは追撃してこず、町へ向けて再び歩き始めた。

 だが、その歩みを止める者はもう誰もいない。

 自分の命惜しさに、町を差し出した。結果的には、そういうことになる。

 それでも、命の危機を脱した美咲とヨルキは大きく安堵する。


「ありがとう……ミサキさん。あのままだと死んでました」

「間に合って本当によかったです。でも……」


 作戦は、失敗である。

 美咲とヨルキは無事に討伐難易度Aの魔物を倒すという役目を完遂したが、それで終わりではない。冒険者ランクAの三人が力を合わせて、グランモーラトを撃破する。加えて町に溢れ返っているであろう魔物の大群を殲滅して、そこまで成し遂げてようやく作戦は成功と呼べるのだ。

 しかし、ヨルキはもう動くことすらままならないほどの重症。美咲も先ほど放った()()()爆炎柱と強化魔法により大量の魔力を消費しており、まともに戦えるだけの力は残っていなかった。美咲の髪飾りと『アオーロレイピア』には魔力を貯蔵する機能があるが、すでに髪飾りの魔力は引き出し済みであり、レイピアに至っては昨日新調したばかりのせいでまだ魔力の貯蓄すらしていない。これ以上、使える魔力はどこにもないのだ。

 すると、ヨルキはふと一つのことに気が付いた。


「そう、言えば……。ユーヤさん、は、どこに……?」

「私は会っていませんが……ということはまだ戦っているのでしょうか?」

「……、無事だと、いいんですけ、ど……」


 そこでヨルキの意識は限界に達した。グランモーラトに受けたダメージは深く、脳が強制的に機能を停止させて回復に専念しようとしているのだ。

 目を閉じたヨルキはそのまま深い眠りにつく。


「大丈夫ですよね。ユーヤさんは強いんですから。きっと……」


 美咲は曇り空を見上げながら、雄哉の無事を祈る。

 いつの間にかぽつぽつと、冷たい雨が降り始めていた。

討伐難易度Sは格が違った

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