敗北の雨
◇◇◇◇
雄哉は地面に倒れ伏せていた。
ミミカクラウンとの戦闘は敗北。進行を止めることは叶わず、体は瀕死の重傷。
意識が朦朧とする。背中と、脇腹からの大量出血が原因か。
全身が重く、指一本でも動かせば体力を使い果たしてしまいそうなほどの倦怠感。
何か冷たいものが引っ切り無しに当たる感覚で、今は雨が降っているのだろうな、などと呑気に思う。
(やべ……体、動かねぇ……このまま死ぬのか……?)
しかし、どうにもならない。
痛みはすでに感じなくなっていた。ただ、ダルい。眠い。
目を閉じれば、そのまま良い夢が見れそうだった。
(俺、結構頑張ったと思うんだよな……右も左もわからない世界に召喚されても、なんとか生きてきたんだから……)
冒険者となり、雄哉は初めての体験をいくつもした。
魔法を使い、武器を振り、魔物を殺し。奴隷をメイドにしたり、一緒に戦う仲間を見つけたり、修行をつけてもらう師匠を探したり。
日本では絶対にできない、貴重な体験の数々。思い出しただけで、雄哉は笑いが込み上げてきた。
(すげーよな……アニメとか漫画とか、ラノベみたいな体験ばっかだ。もしかしてこれ、夢なんじゃないか?)
長い、長い夢。本当は異世界などには連れてこられておらず、学校の屋上で昼寝をしていただけ。目を覚ませばいつも通りの日常が待っているのだ。
そちらのほうがよほど現実的な話に思える。
もちろん、そんなことはありえない。背中と脇腹の傷を受けたときの頭がおかしくなりそうな痛みは、今でも脳に焼き付いている。これは立派な現実だ。
(なんだってんだよ……なんでこんな目にあわなきゃいけないんだよ……)
雄哉は最初、ただの凡人だった。
初期ステータスはよくて中の上。魔法は使えず、剣を振ったこともなければ命を奪ったこともなかった。
勇者になる気など一切なく、ただ元の世界に帰りたいという思いで生きてきた。
戦って、強くなって、冒険者ランクAというこの世界の住人でも中々たどり着けないような境地にまで足をかけた。
それでも、負けた。
いつの間にか、雄哉の視界は潤んでいた。
「く、…………そ………………、っ」
悔しい。そんな感情が渦巻く。涙が溢れ、雨と共に地面に流れていく。
しかし、それも長くは続かなかった。
出血は致死量に刻一刻と近づいている。意識は次第に暗闇に閉ざされていく。
深い、深い海に沈んでいくような。そんな感覚に包まれた。
「ッ!!?? ユーヤさん!! どうしてこんな――」
最後に聞き覚えのある少女の声が耳に入る。だが、途中で声は途切れた。脳が空気の振動を認識しなくなっていた。
瞼を持ち上げていられない。視界が狭まっていく。最後に目に映ったのは少女の悲痛な泣き顔だった。
――――
魔物の軍勢、その先頭がついに城下町へ侵入を開始する。
ここまでは、想定内。
「来たぞ!! 奴らを一匹たりとも城の中に入れるな!!」
カルテリオ城の警備兵は城下町全域に展開しており、城へと通じる一本の橋は最も厳重に守られている警備兵を統率する男は声を張り上げ、それを聞いた兵たちは皆それぞれに気を引き締めた。
戦闘開始。
兵士と魔物たちが激突する。
冒険者と違い対人戦闘に長けている警備兵ではあるが、専門の育成機関で鍛え上げられたエリートであり、魔法や戦闘技術などは一級品だ。数こそ100人少々と少ないものの、全員が冒険者ランクB程度の実力を持っている。
故に、魔物の大群を相手にしてもさほど怯むことはなく、序盤は善戦を繰り広げることとなる。
しかし。いくら実力があろうとも、十倍という戦力差は大きかった。
戦闘が始まってしばらくたった頃。
「あがッ……?」
ある場所で一人の兵士が倒れる。【ファングウルフ】が隙をついて防御の薄い首元に噛みついたのだ。
その鋭利な牙は動脈を傷つけた。大量の血が血管から漏れ出す。兵士は必死になってファングウルフを引きはがそうとしたが、凶悪な顎は外れることなく、むしろジリジリと抉り込んでくる。
「このっ……!」
仲間の兵が戦闘を中断し助けに走た、その直後。時間差で左右の側頭部に衝撃が走り、その兵は脳震盪を起こしてその場に倒れた。二体の【フロンティーラビット】による強力な足蹴りである。戦闘不能となり、ファングウルフに噛みつかれた兵はそのまま絶命。脳震盪を起こした兵もまた、他の魔物に止めを刺されて死亡した。
「嘆くな、今は戦え!! 何としても城は守らねばならん!!」
兵の一人がそう叫んだ。それは警備兵の全員が理解しているところであり、仲間の死を嘆く前に思考を切り替えて魔物との戦闘に集中する。
だが、頭ではわかっていてもそう簡単に割り切ることはできなかった。
少しずつ、士気は下がっていく。次第に兵の被害は増えていった。曇天はついに雨となり、町全体に降り注ぐ。それは次第に体温を奪い、戦闘にまで支障をきたし始めていた。
ギルドで冒険者に状況説明をした兵は両手剣を振り回しながら心の中で舌打ちをする。
(くそっ……! ランクAの彼らが戻って来ると信じて、今は耐えるしかない……!!)
現状、魔物の大群の相手だけでも苦戦を強いられているが、討伐難易度Aの魔物ともなれば苦戦どころでは済まず、ましてや【グランモーラト】など、手の施しようがない。若き冒険者たちがそれらを討伐し、こちら側に加勢してくるまでは何としても耐えなければならなかった。
そんな希望をへし折るかのように。
ズン……ズン……という、魔物の大群の大移動とは違う、何か大きな地響きが届く。
ふと、視線を上にあげると。
遠方に、巨人の影があった。
北。確か、その方向からやってきていた魔物は。
「グラン……モーラト……」
右肩に槌を担ぐ、体長10メートルに届く討伐難易度Sの怪物。
それが、無傷のままやってくる。
町に到着するまで、あと10分といったところか。
兵士は両手剣を振るう手が震えていることに気が付いた。
(40人近い冒険者たちは? ランクAになったばかりの、あの三人は? 足止めは失敗したのか!?)
まだ東、南、西から来ている討伐難易度Aの魔物に苦戦しており、足止めができていないだけかもしれない。もしかしたら倒し終えて、たった今足止めに向かっている最中かもしれない。
そんな希望的な考えが生まれると同時に、最悪の事態が脳裏を掠める。
全員がすでに戦闘不能、もしくは殺されてしまい、もう戦う者がいないという可能性。
そこに、追い打ちをかけるように絶望の報告がやってきた。
「ほ、報告!! 東から、グランモーラト! 二体目のグランモーラトが攻めてきています! 突如現れたとのことで、至急対応策を考える必要あり!! 町へ到着するまで、15分!!」
「二体目? 一体、何を言って――」
いつの間にか。
ズズン……ズズン……と。
遠方から届く地響きの数が、増えている。
足が二本ではおかしい音だった。
兵士は現実を正しく受け止められず、笑いが漏らす。
「はは、ハハハハハハハ……」
こうしている今も魔物の大群は押し寄せている。両手剣で魔物を殺しながら、兵士は思った。
どうかこれが、夢であってくれ、と。
なんか大変なことになってきましたね。自分で書いててなんですけども。




