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やる気なし勇者の異世界道  作者: 国衣任谷
三章
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防衛 1

 カルテリオ城城下町を襲撃しにきた魔物の数は1000。そのうち4体は討伐難易度A以上の大型魔物というおまけつきだ。東西南北からは一方向につき約250体の魔物の群れが現在侵攻中である。

 この事態への対抗策は以下の通りとなった。

 40数名の冒険者は一斉に北へと向かい、【グラン・モーラト】の足止め。

 雄哉は東、ヨルキは南、美咲は西からくる大型の魔物の討伐。

 カルテリオ城警備兵は町に侵入しようとする魔物、および侵入した魔物の大群の討伐。

 雄哉たちは群れを統率する魔物を討伐した後に北へ向かい、足止め中の冒険者たちと協力してグラン・モーラトを討伐。

 そして最後に、残った魔物の群れを一掃。

 だが、これはあくまでもすべてがうまくいった場合の理想的な流れであり、雄哉、ヨルキ、美咲のうちの誰かが殺される可能性もあれば、警備兵が魔物の大群に壊滅させられたり、全員の力を合わせてもグラン・モーラトを倒せなかったりということも十分にあり得る。

 当然、そうなれば城下町は壊滅することになるだろう。

 つまり、この作戦に失敗は許されない。そのことを誰もが理解していた――。



 □□□□



 押し寄せる魔物の大群。その真横を疾走しているというのに、美咲は気付かれて襲われることはなかった。

 というのも、雄哉が「余計な戦闘は避けるべきだ」と言って強力な『薄影』を施したのだ。効果時間はかなり長く、うまくいけば北で集合するまでは続くほどである。


「あれですね……っ!?」


 魔物の軍勢の最後尾に、それはいた。

 頭からつま先まで全身が深い緑色をした、短足胴長の人型の魔物。小太りしており、猫背の体躯と長い耳、とても整っているとは言えない禍々しい顔面。

 【ゴブリン】。知能、戦闘能力がかなり高い魔物だ。本来ならば難易度Bの冒険者が苦戦しつつもなんとか勝利をもぎ取れる、といった具合の強さ。

 しかし。その姿を見た美咲は、あまりのことに声を失った。

 身長、5メートル。

 見上げれば首が痛くなるほどの大きさなのである。右手に持つ出刃包丁のような刃物も、その体格に合わせて2メートル強あり、鈍い光を放っている。

 美咲も冒険者という職業に就いている以上、ある程度魔物の知識は学んでいる。ゴブリンについても然りだ。だが、5メートルもの身長を持つゴブリンなど見たことも聞いたことも無かった。


(いいえ、関係ありません。相手が何であろうと、倒さないと町に被害が及ぶ……!)


 想定外だろうがなんだろうが、倒さなければならない敵であることに変わりはない。おそらく魔王の影響か何かだろうと適当に納得し、思考を切り替える。

 未だに雄哉が施してくれた強力な『薄影』の効果により、接近に気づかれてはいない。隙を見せている今がチャンスだった。

 茂みに隠れ、ゴブリンが通過するのを待ってから美咲は魔弓を構えた。

 狙うは一撃必殺。ヘッドショットをかまし、接近戦に持ち込まれる前にけりをつける。そう心に決めた美咲は魔法の矢を弦に番え、放つ。

 風属性魔法『穿風矢』。貫通力のみに特化した、鉄をも豆腐のように貫く風の矢だ。

 それは一直線にゴブリンの脳を破壊すべく直進。美咲に気が付いていない以上、命中は確実――の、はずだったが。

 ヒョイ、と。首を倒して避けられた。


「そんな!?」


 あり得ない、と美咲は動揺する。『薄影』の効果で気配は無いに等しく、つい先ほどまでは間違いなく見つかってすらいなかった。さらには不意打ちで、真後ろから矢を放ったというのに、なぜ避けられたのか。

 いくら考えても答えは出ない。しかし、事態は進んでいく。ゴブリンは振り返り、あろうことか美咲を直視して不敵に笑ったのだ。

 見えている。いや、例え視認されていなくとも、そこに居るということがバレている。

 距離は20メートル。まだ、間合いは離れていた。


「っ!! 『津波』!!」


 咄嗟に、前方の地面に向って水属性の矢を放つ。魔力をあまり込めなかったため水の量はたいしたものではない。それでも爆発的な鉄砲水に足を取ることぐらいはできるはずだった。

 なのに。高さ20センチほどの押し寄せる水をものともせず、ゴブリンはザブザブと一歩ずつ歩き始めた。

 それどころではない。もはや普通に走るのと変わらないほどの速度で襲い掛かってくるではないか。速度重視の『疾風矢』を何本か放つも、ゴブリンはそのこと如くを驚異的な動体視力で捉え、巨大な出刃包丁を振り回し撃ち落とす。

 威力が足りないのだ。魔力をもっと圧縮した魔法の矢でなければ勝機は見えない。しかし、避けられてしまっては意味がないし、魔力を込めるのにもある程度時間がかかる。

 もちろん、そんな隙は簡単にもらえなかった。

『津波』の水が引いた瞬間、ゴブリンはその巨体をとんでもない速さで動かし、ドスドスとわずかに地面を揺らしながら迫ってきたのだ。

 矢による攻撃でのダメージはまだ見込めない。迎え撃つ美咲は弓を背中に戻しつつ腰に吊るしたレイピアを抜き、強化魔法を行使した。澄んだオレンジ色の魔力光が全身を包み込み、身体能力を強化する。

 正面から振り下ろされる出刃包丁を、美咲は必要最低限の動きで回避した。メイド服のスカートの端をギリギリ掠めるも武骨な刃は空を斬り、勢い余って地面にめり込む。

 その隙にレイピアを一層強化。一歩右足を踏み込んで、体重を乗せることでさらに貫通力を高めた一撃を腹部に差し込んだ。

 だが。


「えっ……」


 全身もレイピアもしっかりと強化しており、魔力効率のおかげで威力も申し分なかった突き。

 にもかかわらず、先端がわずか一センチほど食い込んだだけで、それ以上は動く気配がなかった。いくら強化魔法が苦手とはいえ、ここまで攻撃が通らないとは予想しておらず、一瞬動きを止めてしまう。

 直後。横腹に強烈な衝撃を受けて美咲は吹き飛ばされた。懐から引きはがすためにゴブリンが右手から包丁を手放し、強打を繰り出してきたのだ。勢いはなかなか止まらず、受け身を取りながら地面を何度も転がってようやく衝撃を逃がしきる。メイド服の防御力、全身の強化魔法により怪我は無かったが、今は精神的なショックが大きい。

 素早く体勢を起こしながら、どうすればいいのかを必死になって考える。


(多分、ゴブリンが纏う魔力防御を、私の強化魔法では貫けないということ。いえ、魔力圧縮をすればその限りではないのでしょうけれど、そんな時間はない……!)


 基本的に、魔物はその体に魔力を宿している。人間のように魔力や魔法を使えば目視できるというわけではなく、体の構造が根本から異なるため外見的には魔法を使っているかどうかはわからない。しかし少なくとも、美咲の一撃でほぼ何のダメージも受けなかった以上、この全身緑色の魔物は相応の魔力防御を使っているということになる。

 ゴブリンは両手を使ってめり込んだ出刃包丁を地面から引っこ抜き、追撃するべく土を抉りながら地を蹴り飛ばす。やはり見た目からはかけ離れた速度で迫る攻撃を、美咲は真正面から受け止められる自信がなかった。

 故に、回避に専念する。

 魔力を込める時間が無いのであれば、無理矢理作るしかない。剣戟を避け続けながらレイピアに魔力を込め、一瞬の隙を見逃さずに確実な傷を与える。それが美咲に出来る最善手だった。

 ひらりひらりと身軽なステップを用いて、攻撃を紙一重で、しかし確実に回避していく。振り下ろされる刃を右に避け、そのまま横に薙ぎ払われた刃をしゃがんで躱す。五メートルという巨体から繰り出される大ぶりの一撃は凄まじい破壊力を秘めていることだろう。レイピアに魔力を集中させている今の美咲に直撃すればひとたまりもない。綱渡りのような攻防を繰り返しながら、慎重に包丁の動きを見切る。

 10回以上空振りが続いたところで、ゴブリンは怒りからか雑な一撃を繰り出した。真横へ遠心力を乗せた水平斬りである。直撃すれば問答無用で弾き飛ばされていただろうが、避けてしまえば怖くない。体勢を限界までかがめることで頭のヘッドドレスを掠めるように大きく空ぶった出刃包丁。大きいだけあって重量もあるのだろう、重さにつられて魔物はたたらを踏んだ。

 明確な隙ができる。


「ここッ!!」

「ギギャッッ!!??」


 美咲の繰り出した鋭い刺突が、ゴブリンの右膝を貫いた。武器強化に魔力圧縮を込めた一撃は、魔力防御を貫通するに至ったのだ。鮮血が飛び散り、魔物は痛みに絶叫をあげる。

 すぐさま美咲は連続攻撃に入った。接近戦はあまり得意でないものの、隙だらけの相手に一方的な攻撃を浴びせる程度ならできる。師匠のニトから教えられた基本に忠実に、レイピアを引いては突き、引いては突きを繰り返す。それは次第に速度を増してゆき、いつしか雨嵐のような怒涛の突きがゴブリンを襲った。

 体格差があるため攻撃は下半身に集中してしまうが、動きを止めるだけならば十分である。右膝から始まった攻撃は右太もも、左のすね、左膝、右のすね、左太もも、右腰、へその下、左腰と次々に傷口を空けていく。

 完全に動きが止まったところで、美咲は大きく後ろへと下がった。止めを刺すために、魔法の矢を構えるためである。魔力の温存のためにも、これ以上不得意な近接戦を続ける必要はない。

 しかし。

 ゴブリンは、笑った。


「えっ……?」


 美咲は視界から、魔物の姿を見失った。一度、瞬きをした間に。

 そして次に感じたのは、背中からの強烈な悪寒だった。

 何か、致命的なことが起きた。そう咄嗟に判断した美咲は、訳も分からず後ろを振り返りながら鞘に納めようとしていたレイピアを振り回した。とにかく、真後ろに危険を感じたのである。そしてその予感は的中していた。

 直後、ガギィンッッ!! と出刃包丁とレイピアが火花を散らしながら衝突する。


(な、何が!? あんなに傷だらけなのに、なぜこれほどにまで速く動けるのですか!?)


 不意の一撃をなんとか防いだ美咲だったが、頭の中は完全に混乱していた。

 下半身にいくつもの傷を作り、完全に動きは封じていたはずだ。にもかかわらず、なぜこれほどまでに動けるのか。

 腕力では圧倒的に劣る美咲に不利な鍔迫り合いになりながらも、点々と続く血を視界の端に捉える。少なくとも、傷を即座に治しただとか、そういうわけではなさそうであった。ならばいったいなぜ。

 その答えは、レイピア越しに伝わる感触でわかった。


(あぁ……そうですよね。死にたくは、ないですよね)


 強化魔法が得意ではない美咲は、接近戦を好まない。剣と剣のぶつかり合いのような、激しい戦闘はできないのだ。なぜならば、必ず押し負けてしまうから。

 しかし今。圧倒的に不利であるはずの鍔迫り合いで、美咲は五メートルはあるゴブリンと拮抗していた。それどころか、むしろこちらが押している。

 原因は足の傷だ。すでにゴブリンは体重を支えることができているだけで奇跡のような状態にまでダメージを負っていたのである。最後の瞬間移動のようにすら見えた動きのからくりは単純だ。最後の力を振り絞り、文字通り全身全霊を懸けた身体強化による高速移動である。その不意打ちと言える初撃を防いだ時点で、勝敗は決していたのだ。

 レイピア越しに伝わってくるのは震え。弱者が強者に感じる恐怖である。

 殺される。死にたくない。そんな感情が美咲にも感じ取れた。

 だが、魔物は魔物。人類の害敵とされている存在であることは天地がひっくりかえっても変わらない。情け容赦は無用だった。

 美咲は身体強化により上昇している腕力をもってして、ゴブリンの持つ出刃包丁をレイピアで大きく弾く。そのまま後ろへ飛びずさり、20数メートルの距離を放してからレイピアを鞘へ戻した。

 代わりに取り出すのは背中の魔弓。

 番える矢は『爆炎柱』。


 巨大な火柱が、雲を貫いた――。

一週間に一回は絶対更新します。絶対です。信じてください

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