襲撃
その日は朝から曇り空だった。
太陽の光は曇天に遮られ、ろくに地上にまで届かない。このあたりは一年を通して温暖な気候なはずだがどうにも肌寒く、旅立ちの日としてはあまりふさわしくなかった。
「なんというか、幸先が悪いですね」
「お前の『不幸LV8』のせいじゃないか?」
「うっ。否定できないのがつらいです……」
ヨルキのボヤキに雄哉が突っ込みを入れつつ、持ち運ぶ荷物の再確認を終えてから『陰空間』に放り込む。食料や水、怪我をしたときのための回復薬はもちろん、野宿に必要なものや突然の嵐にも対応できるように、必要だと感じるものはすべて買い揃えてあった。
最後に雄哉は剣を背中に背負い、大型ナイフを左の腰に吊るす。高校の夏服に革製のコートを羽織り、指ぬきグローブを手にはめるといういつも通りの装いだ。
ヨルキの槍は素の状態でとてつもなく鋭利であり、鞘がないので背負って運ぶのは危険と判断。雄哉直伝の『陰空間』で自身の陰に収納したため、基本は手ぶら状態での移動となる。風属性魔法で空を飛ぶためにもかなり軽量されている服装で、雄哉から見れば薙刀選手の道着のような恰好をしていた。防御面では不安があるものの、距離をあけて戦うスタイルなので問題は無いらしい。
美咲は左腰にレイピアを吊るし、背中に魔弓を背負った。装備はメイド服とヘッドドレス。見た目は少しアレだが、オーダーメイドで500万リアンしただけのことはあり、防御力は三人の中で最も高い。
出立のため宿屋に代金を払い、三人は外に出る。
美咲は灰色の雲が広がる空を見上げながら声を漏らした。
「……、なんだか……空気が張りつめている、気がします」
「ああ、俺もそう思う。雰囲気がピリピリしてるな」
雄哉も同意見だった。
いつものように日が照っていればこのような感覚に襲われることはなかっただろう。天候が悪いというだけで気の持ちようは多少変わる。
しかし、ヨルキだけはあっけらかんと笑った。
「あはは、気のせいですよ。なんなら出発日をずらしますか? 出発は快晴の方がすっきりするとは思いますけど」
「いや、大丈夫だ。行こうぜ」
雄哉は頭を振り、気持ちを切り替える。
たかが曇りで気分を落ち込ませていても仕方がない。日本へ帰るためには、嵐程度では済まない困難がいくつも待ち受けていることだろう。そのすべてを退ける力を、今までで身に着けてきたのだ。
一歩を踏み出す。ようやく日本への帰還という大きな目標に向けて前進し始めた、
その時だった。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……と。大音響で、急かすような鐘の音がカルテリオ城城下町全体に一気に広がった。
音源は町の中央。国王、カルテリオ=ヴァンガル=ミリンダストの住まう城からだ。
「……? なんでしょうか?」
「さぁ?」
美咲とヨルキは突然の事態に首をひねる。美咲はもともと奴隷という立場にあり、外界にさほど詳しいわけではない。雄哉もまた、ここに長年暮らしていたというわけではないので事情はわからない。
だが、幼い頃からこの城下町で暮らしていたヨルキだけは真剣な眼差しを城に向けていた。
「これは、緊急非難、および緊急招集ですね。町の人々は全員避難、そして現状町にいるランクC以上のすべての冒険者はギルドに集まれという合図です」
「何かあった、ということでしょうか?」
「そうじゃなかったら招集なんてかけないだろうな。避難までさせるぐらいだ、よほどの事だぞ」
旅の出鼻を挫かれて落胆する雄哉だったが、今やランクAの冒険者を職業としている以上、職務は全うしなければならない。
一気に町中の人々が荷物をまとめ、家から飛び出していく。どうも避難所はカルテリオ城に指定されているらしく、ギルドへ向かう三人の行く手を阻んだ。
なんとかたどり着くと、そこには続々と冒険者が集まりつつあった。と言っても、人数は40人程度。まだ全員が集まっているわけではないにしても、あまり数が多いとは言えない。
そんな中、全身に銀色の甲冑を纏う騎士のような男がギルド内へズカズカと入ってくる。男は切羽詰った様子で室内中央に立つと、大きく声を張り上げた。
「私はカルテリオ城警備兵、オルソと言う!! まずは集まってくれたことに感謝したい、ありがとう!」
すると、ギルドの受付員であるライラがオルソというらしい男に歩み寄り、この場に集まっている冒険者全員の疑問を代弁した。
「いったいどうしたというのですか?」
「うむ、さっそく簡潔に説明させてもらう。皆、落ち着いて聞いてほしい! 今、まさにこの瞬間、魔物の大軍勢がこの町に向ってきている!! それも東西南北全方位からだ。数は約1000!!」
「「「「「!!!!????」」」」」
一気にギルド内がざわつき始める。
10や20の魔物が押し寄せる、というのであれば十分に対処は可能である。群れを成す魔物は決まってあまり強くないため、数人の冒険者が討伐に向えばそれで解決するのだから。
しかし、1000体もの魔物が一斉にこの町に襲い掛かってくるとなると、話は別だ。
圧倒的に人手が足りない。この場にいる冒険者が全員参戦したとしても、一人当たり25体ほどの魔物を倒さなければならないということになる。それも、同時にだ。
あちこちで様々な声が飛び交う中、雄哉はヨルキに質問をした。
「……カルテリオ城の警備兵って、何人ぐらいいるんだ?」
「騎士学校で鍛え上げられた精鋭ですからね、強さは保障しますが……数は100人程度だったと思います。でも確か、対人戦はともかく魔物とはあまり戦い慣れていないはずです」
「厳しいな……」
基本的に城の防衛を行うのが警備隊の仕事であり、魔物と戦うことは本業ではない。それに戦力として数えることができたとしても、100人だけではやはりまだ数が足りていないだろう。戦力差は7倍近くある。
底へ追い打ちをかけるように、次の情報が告げられる。
「また、その中に4体、魔物の統率を行っていると思われる大型の魔物が確認されている。討伐難易度はすべてA以上だ。また、北から来ているのは【グラン・モーラト】……討伐難易度はS」
「なっ!?」
「マジかよ……!」
「おいおい、冗談きついぜ!!」
衝撃の事実にあちこちから怒号が湧いてくる。ただでさえ難易度Aの魔物は恐ろしく強い。ランクB以下の冒険者が戦うには荷が重すぎるのだ。
それが、4体も同時に来る。
さらに、そのうちの一体は討伐難易度S、つまり冒険者ランクSの冒険者が戦って倒せるかどうかという相手。事態はあまりに絶望的だった。
男は怒号に掻き消されないよう、さらに声の音量を上げる。
「確か、つい最近ランクAになったばかりの冒険者が三人いたはずだ! この場にいれば挙手を願いたい!!」
今度は一気にその場が静まり返り、ざわざわとした声があちこちから聞こえてくる。冒険者たちはランクAになった者が現れたという噂をすでに耳にしていたのだ。しかし、実際にそれが誰なのかはあまり知れ渡っていなかった。
特に隠す理由もない雄哉たち三人は並んで手を上げる。すると騎士の男はそれを見つけ、ホッと表情をわずかに緩めた。
「二人だけか……いや、いないよりはマシか。君たちにはこの討伐難易度A以上の魔物と戦ってもらいたい!」
「ちょっと待て、三人!! 三人いるぞコノヤロウ!!」
「は? ……あ、あぁ! そうか、今来たのだな。助かった、恩に着る!」
「ユーヤさん……ドンマイ」
「大丈夫ですよユーヤさん。私たちは貴方のことをしっかりと見ていますから」
「慰めるな、余計悲しくなる!!」
集まっている人数が多いせいなのかはわからないが、またしても影が薄い雄哉だけが認識されなかった。仲間二人からのフォローはただただ空しかった。
それはともかく、雄哉は騎士の前に出て疑問を呈する。
「で、作戦は? まさか無策で突撃なんて無謀なことをさせるわけじゃないだろ」
「……作戦はこうだ。まず、ランクAの君たちには東、南、西からやってくる大型の魔物を倒してもらいたい。リーダーがいなくなれば、大群の統率は乱れるだろうからな。統率の乱れた大群は、我々カルテリオ城警備兵が相手をしよう。そして冒険者諸君には、北から侵攻中のグラン・モーラトを足止めしていてもらいたい。そしてランクAの三人がリーダー格を倒した後に北へ集合し、冒険者全員の力を合わせてグラン・モーラトの討伐に当たる。君たちに大きな負担をかけてしまうのは申し訳ないと思うが、これが町の被害を最小限に抑える最善の策だと私は考える。一匹も大型の魔物を町に入れない。それがこの作戦における重要な
点だ」
「足止め、ね……」
雄哉は昇格依頼で戦った【デイラッシュ】のことを思い出した。
巨体に似合わぬ素早い動き、一撃の重さ。ニトの下で修業して実力を高めたにしても、戦う際に恐怖心を拭いきることなどできなかった。
今回やってくるのはそれ以上の強さを持つらしいグラン・モラート。そんな魔物と、ランクB以下の冒険者が戦えるのか。足止めになりえるのか。
弱気なことを延々と考えていると、一人の冒険者が声を荒げた。
「おっしゃお前ら! あんな若いランクAの冒険者に負けてらんねーぞ!! 俺たちもやれるだけのことはやってやろうぜ、この町を守るために!!」
「「「「「おうっ!!!!!」」」」」
呼応するように、すべての冒険者が自分たちの持つ武器を掲げて士気を高めていく。
それを見て、雄哉は関心してしまった。
決して逃げようとは思わない、心の強さに。町の危機に立ち向かおうというその勇敢さに。
自分の実力が劣っていようとも、戦わなければならないことはある。それができるかどうかは、心の問題だ。
雄哉はこの世界に召喚された直後、自分の弱さに絶望した。魔物となど戦えるわけがないと、あきらめた。世界を救ってほしいという願いを、面倒の一言で切り捨てた。
きっと。
きっと、ああいう人たちのことを『勇者』と呼ぶのではないかと。そんなことを思った。
「話は纏まったな。さっそく動いてくれ!」
その言葉を皮切りに、一斉に冒険者たちはギルドから飛び出し、北へと向かう。
後に続いて、雄哉たちもまたギルドを出た。
旅に出るのはもうちょっと先なのじゃ




