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やる気なし勇者の異世界道  作者: 国衣任谷
二章
32/57

戦術

 心も体もリフレッシュした休日も終わり。

 全員が体力を全快させ、美咲は発声練習を少しばかり行い、声をきちんと取り戻して万全の準備が整う。

 さっそく次の日、雄哉たちは『アース』の山中にあるニトの待つ山小屋へと向かった。道中の魔物は三人の力を合わせれば難なく倒すことができ、無傷で小屋にたどり着く。


「爺さーん、自力で来れたぞ」

「おお、大体予想通りといったところか」


 山小屋の中で木製の椅子に座り読書をしていたニトは振り返り、雄哉たちの姿を確認すると立ちあがった。ひとまず全員が空いている場所に座り、男は話を始める。


「さて。ではさっそく、次の修行に移るとしようか。確か冒険者ランクAになるための戦闘技術を身に着けるのだったな」

「はい、そうです」


 一応の確認にヨルキがうなずく。

 するとニトは顎に手を当ててしばらく考えた。


「ふむ……私は最初、剣術を教えると言ったな。あれから考えたのだが、やはり人にはそれぞれ合った武器があると思う。まずはそれを確認しよう。幸いにも私は基礎ならどの武器でも教えることができる。とりあえず君たちは今、何を使っている?」

「俺はバタフライ・ナイフだな」

「僕は短剣です。と言っても、戦闘では魔法をよく使いますが」

「私は魔弓です。魔力量が少ないですし、あまり格闘戦は得意ではありませんから」


 それを聞いてニトは表情を渋らせた。


「なに……? ミサキくんはともかく、ユーヤくんとヨルキくんはそれじゃ駄目だ。これから先Aランクになるのならもっとリーチの長い武器が必要になるだろう」

「確かに、そろそろ限界は感じるな」

「僕なんて最近全然使ってませんよ、短剣」


 雄哉の持つバタフライ・ナイフは刃渡り20センチメートルと折り畳み式のナイフとしては大型である。しかし、この山に現れる魔物は図体が大きいため決定打にならず、あまり役に立っていないのが現実だった。強化魔法による魔力の刃を無理やり伸ばすことも可能ではあるのだが、それをするぐらいならば美咲やヨルキの魔法でさっさと倒してしまった方が早い。

 ヨルキに至っては魔法をメインとした戦いに移行しつつあり、短剣がただの飾りと化している。


「ヨルキくんは魔法を戦闘でよく使うんだったな。しかし、冒険者ならば魔力の温存は重要だ。長時間の依頼を受けて魔物と連戦する時、魔力切れで戦力にならないなんてことにはなりたくないだろう? 強化した武器で戦えば魔力の消費量を抑えることができる。私の場合は魔法が苦手だから強化に全力を注いでいるが、得意なら得意でそれ相応の戦術を考える必要がある」

「なるほど……」

「ミサキくんも、魔弓を使うということだったから比較的安全な遠距離からの攻撃をしているんだろうが、必要最低限の近距離戦はできるようになっておいた方がいい。至近距離で君の魔法は撃てるものか?」

「それは……」


 美咲は自分の魔法の矢の威力を思い出す。あんなものを至近距離で放てば、自分自身を巻き込んでしまうのは必然だ。威力を抑えるという手もあるにはあるが、そもそも弓と矢で近距離戦闘を行うのは間違っている。


「まず、自分に合う武器を探すんだ。武器は――ここにある物を好きに手に取っていい。しっくりくるものが一つはあるだろう」


 そう言ってニトが引っ張り出してきたのは、抱えきれないほどに巨大な木箱だった。その中には使い古された、しかしどこも錆びていない手入れの行き届いた武器が大量に入っている。どれも随分と使い込まれており、年季が入っていた。種類としては直剣、から始まり大剣やレイピア、槍やハンマーなど様々な武器が保管されている。


 30分ほどじっくり吟味して、雄哉たちは各々に武器を手に取った。

 初めに、雄哉が手にしたのは全長1メートルほどのショートソード。ナイフに比べれば当然重量は大きく変わるが、冒険者として日々魔物と戦ってきた身としてはさほど苦になるほどの重さではない。取り回しも容易く、単純に使ってみたかったという感情を抜きにしても一番使い勝手がいいと感じた。


 次に、ヨルキが持ったのは自身の身長より少し長い程度の槍だ。こちらは使い勝手というよりも、魔法と併用する際に距離を保つ事ができる物を選んだ、という方が正しい。とはいえ一番手になじんだ武器が槍であったこともまた事実ではあった。


 最後に、美咲が選んだのはレイピアである。手に馴染むこともさることながら、強化魔法があまり得意でない美咲にとって刺突をメインとした武器は強化を先端の一点に集中できるという利点があり、そこも考慮している。


「なるほど。ユーヤくんには私の剣術をそのまま教えれば問題ないだろう。レイピアと槍に関しては私も専門ではないが、基礎と応用は叩き込んでやれる。さあ、外に出よう」

「「「はい!」」」


 こうして、雄哉たちの本格的な修行が始まった。



 ◇◇◇◇



 始めは基本中の基本、素振りからだった。

 自分の手足のように武器を扱えるようになるためにも、形状、扱い方を徹底的に体へ覚え込ませる。

 これに一番苦戦したのは美咲だった。レイピアは見た目の細身に反して重く、筋力が少し足りなかったのだ。と言ってもそれは最初のうちだけで、素振りを続けているうちに自然と筋肉が付き、難なく振ることはできるようになっていった。

 次に苦戦したのはヨルキである。槍という自身の身長よりも長い武器を自由自在に操るにはコツが必要だった。コツを掴んでからもたびたび地面に刃や持ち手を地面に擦り付けていたが、次第に慣れていくにつれて改善されていく。

 雄哉は剣の扱い自体はすぐに覚えたものの、ナイフと違って両刃で、さらにそれなりの重さを持つ剣を振り回すことに若干の抵抗があった。少しのミスで自分自身が怪我をしてしまいそうな気がして、思い切った振り方ができなかったのだ。それもまた、素振りを繰り返すうちに慣れてきてどうということは無くなったのだが。


 それが終わって、次の段階は各々に適した戦い方の伝授である。

 人にはその人に合った戦闘スタイルがあるのだとニトは話した。

 例えばニト本人は、炎や水、風といった具体的な現象を引き起こす魔法が苦手だった。逆に強化魔法は得意な部類であったため、接近戦をメインとし、自分に最も合う武器を探してそれを極めたのだと言う。

 結果的にたどり着いたのは、大剣とそこから繰り出される剣術による超攻撃力特化だ。相手の防御をかいくぐるのではなく、真正面から打ち破る。それが一番性に合っていたらしい。


 ニトは三人それぞれにもっとも適した戦い方を叩き込んだ。


 雄哉には適性のある闇属性魔法を存分に用いた、トリッキーな戦術を。故に剣捌きは力でなく俊敏性を重視し、防御は盾を持たず回避一択にする。また、武器も剣だけではなくサブとしてバタフライ・ナイフを併用することで相手の攻撃を受けながらも反撃できるような工夫を凝らした。

 結果的に雄哉は右手に剣、左手に逆手でナイフを握るという格好の二刀流を極めていくことになる。


 ヨルキには中距離戦に特化した戦術だ。槍により相手との間合いを一定以上空けながらの戦闘は、魔法を多用するヨルキにとって最高のアドバンテージとなる。単純に強化した槍による突きや払いなどの攻撃は馬鹿にできず、さらに体制を崩させたところへ叩き込む強力な風属性魔法は強烈だ。


 美咲には緊急時における近距離戦への対応を。こちらはあくまでも「もしも」の時に使うことができれば身を守ることができるということから始めた修行ではあったが、レイピアという武器との相性の問題なのか、美咲はニトから習ったことをスポンジのように吸収していき、これだけでも十分戦えるようになっていった。そのため美咲は状況に応じて前に出ることも可能な後方支援役、という立場になる。残念ながら魔力量が少ないため長期戦には向かないが、レイピアの先端に強化魔法を一点集中させた刺突は三人の中で最も高い突破力を兼ね備えていた。



 ◇◇◇◇



 約3か月。

 みっちりとニトの下で修業の日々を送った雄哉たちは、ついに修行の最終段階を迎えていた。


「もう私が教えられることはない。ただ、せっかく師匠になったのだから、一つだけ私の技を教えてあげよう。これを覚えれば、様々な場面で活用できると思う」

「「「お願いします」」」

「よく見ておいてくれ。そして目に焼き付けて、自分の物にするんだ。タネは実に簡単だからな」


 言って、ニトは地面に突き刺していた巨大な愛剣を引っこ抜く。それを大上段に構え、強化魔法を施す。

 気合一閃。

 直後、目の前にあった岩壁に()()()亀裂が走る。以前、彼と初めて出会った時に見た技だ。

 修行を終えた三人には、それがいったいなんだったのかを理解できた。


「そうか、あれは『斬撃』そのものなのか……!」

「ですね。しかも、武器と全く同じ切れ味。相当のイメージが無いとできることじゃありません」


 雄哉のつぶやきにヨルキも同調する。ニトは説明を始めた。


「そうだ。これは武器から生まれる『攻撃』を無属性魔法で複製、具現化したもの。だから傍から見れば一度の攻撃で二度攻撃したようにも見える」


 無属性魔法、『無刃』。

 魔法はイメージを具現化する。それを利用し、ニトは自身の繰り出した斬撃そのものを具現化させたのだ。風属性の刃と似たようなものではあるが、こちらには「風」という実体があるのに対し、『無刃』には「斬撃」という攻撃そのものだ。目に見えるものではなく、音も何もしないため知覚することは困難だ。

 つまり、通常は一度の斬り付けで与えることができる傷は一か所なのに対し、『無刃』によってさらにもう一つの傷をつけることができる魔法。単純な手数が倍になっているわけで、攻撃力を二倍にできる技とも言える。

 ニトは大剣を肩に担いで話を続ける。


「これを使うために必要なのはイメージもそうだが、さらにもう一つある。それは自信だ。自分の攻撃は一度に二度の攻撃を与えることができるのだという揺るがない自信。それがイメージにつながり、具現化も易くなる。ポイントは魔力で『刃』を生成するのではなく、『斬撃』を生み出すというところだな」


 説明は終わる。あとは自分で技を磨き、完成させるしか手段はない。



 最終的に雄哉たちはこの技を習得するために一か月をかけた。

 おもに実戦形式で、ニトとの直接対決により実際に魔法を受けて学ぶ。教えるのが苦手なニトにできる、最後の修行だった。

 ついに三人が完成させた『無刃』はそれぞれ効果が微妙に違ったが、とくに問題はなかった。そもそも魔法がイメージによるところの大きいこの世界で、同じ魔法を習得できる方が難しいのである。

 ともあれ、戦闘技術の習得は終わりを迎える。

 別れの時だった。


「君たちに技術を教える過程で、私に足りなかったことが見えてきた気がするよ。今なら山頂アタックを仕掛けることもできそうだ」


 山頂アタックとは文字通り、『アース』の山頂に住む魔物と戦うことに他ならない。

 雄哉は最後に、今までずっと疑問に思っていたことを質問した。


「師匠は、なんでこの山に住んでいるんだ? それに、冒険者でもないのに冒険者についてはかなり詳しかったように思えるんだが」

「……私はかつて、君たちと同じか少し上ぐらいの年の頃、ランクAの冒険者だったのだ。そして引退した今も強さを追及しているだけの、ただの戦闘狂だよ。目標はセンスタ西部の6つの山、すべての山頂に住む魔物を倒すこと。それだけだ」

「引退、ですか? まだまだ現役の強さに思えますけど……」


 美咲が首をかしげる。するとニトは苦笑いを浮かべた。


「ははは。別に依頼を受けて人の役に立ちたいという願望があったから冒険者になったわけじゃないのだよ。それに今はもう強くなることにしか興味がない。あの頃に金は十分稼いだ、あとは死ぬまで修行を続けるだけさ」


 もう冒険者として金を稼ぐつもりはない、ということだ。

 そういう人間もいるのか、と雄哉は思った。


「さぁ、もう行くといい。冒険者ギルドには君たちがランクAになる依頼を受けられるよう手紙を出しておこう」

「あざっす」

「ありがとうございます」

「ありがとうございました」


 雄哉たちはそれぞれに感謝を述べる。

 これにて修行は完了した。

 確実なレベルアップを果たした実感を得ながら、三人は下山した。


ようやくランクAにさせることができそうです

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