誕生日
「ええっ、明日ってミサキさんの誕生日だったんですか? おめでとうございます!」
ミサキの誕生日を知って驚いたヨルキ。
しかしその祝福の言葉に美咲はコテン、と首を横に倒した。
『誕生日は何かするものなのですか?』
「ああ、そうか……奴隷だったのなら誕生日を祝ったことも無いだろうな」
「ならめいっぱいお祝いしましょうよ、今までの分を全部取り返すぐらいに」
「もちろん」
ヨルキの提案に雄哉は深くうなずく。
修行中とはいえ、美咲の誕生日をないがしろにするつもりは一切なかった。ニトには事情を説明すればわかってもらえるだろう。
そんなわけで、夜。美咲が寝静まった後、男二人組は短い作戦会議を開いた。
「でも、いきなり明日なんて言われても何も準備できてませんよ。どうするんですか?」
「まぁ、やること自体は決まってるんだ」
「それって?」
ヨルキの疑問に、雄哉は簡潔に答えた。
「当たり前のことをするだけだよ」
□□□□
4月18日、の朝。
美咲は雄哉のメイドとしてかなり早い時間に目を覚まし、朝食を作ろうとリビングと隣接している台所へ向かう。しかし、そこには先客がいた。
「お。おはよう美咲。もうちょい待っててくれ」
「おはようございます、ミサキさん。今日はユーヤさんが朝ごはんを作るそうですよ」
『なぜですか?』
「まぁ、これはプレゼントってほどの物じゃないんだけどな。これからはいくらでもできることだし。ただ、よくよく考えてみたら今までやってなかったからさ」
美咲はいまいち雄哉の言っていることを理解できなかった。
朝食をテーブルに運んできた雄哉は、美咲の目を見て言う。
「今日はメイドと冒険者は休みだ。師匠の修行も一日だけ休憩。そして今の美咲は奴隷じゃない。意味、わかるか?」
「……」
しばし考え、答えを出す。
『自由、ということですか』
「理解が早くて助かる。お前の好きに時間を使っていいってことな」
自由な時間。
それは、長く奴隷として生きてきた美咲には与えられなかったものだ。
だからこそ。
『何をすればいいかわかりません』
メイドとして雄哉に奉仕することはできる。冒険者として依頼を受け、人々の役に立つこともできる。
しかし、自分自身のために美咲は何をすればいいかがわからなかった。
戸惑っている美咲に、雄哉はやさしく声をかけた。
「なら、遊ぼう。一日中、思いっきりな」
「さぁ、早く朝ごはんを食べましょう! 明日からはまた修行ですからね、今日はめいっぱい時間を使わないと!」
二人に促され、雄哉の作った朝食を胃に運ぶ。
それはお世辞にも美味しいとは言えないものではあったが、美咲はしっかりと味わって食した。
□□□□
センスタは海を越えての大陸間貿易を担う、重要な役割を持った港町だ。
気候は日本の夏のように高温多湿だが、物流が多いため自然と人も集まる。
昼前の町を美咲たちは練り歩いていた。とくに目的があるわけではない。ただ適当に、ブラブラと出店を見て回るだけである。
「あっ、ユーヤさん。魔導具が売ってますよ。うひゃー、高いなぁ」
「確か所持者の魔力を上げたり魔法発動の手助けをしたりするんだったか?」
『他にも色々と効果はありますよ』
魔道具は指輪であったりイヤリングであったりと、小型で身に着けるタイプの物が多い。一般人からすれば邪魔にならないから、冒険者からすれば動きやすいからという理由でそうなっている。
道具に魔法陣を刻み付けることでそれぞれ多種多様な効果を発揮するわけだが、価格は相当。魔法陣を道具に刻み付けるにはそれなりの加工技術が必要であり、そう簡単に量産できる物ではないのだ。職人が一つ一つ丁寧に創り上げており、単純に芸術品としての価値もあったりする。
安物だとインクで魔法陣を描いただけという物もあるが、それでは使用中に掠れていき、最終的には使い物にならなくなるのがオチである。
「お。これなんか美咲に似合うんじゃないか?」
言いながら雄哉が手に取ったのは髪留めだった。花柄の装飾をされており、試しに美咲の右側頭部につけてみると、オレンジ色の髪によく合っている。
美咲は髪飾りに片手で触れてみる。なぜか少し、心が温かくなった。
雄哉は店員に髪飾りを指差しながら問いかける。
「おじさん、これの効果は?」
「んぁ? ああ、そいつは魔力の貯蔵魔法陣が組み込まれるやつだな。暇なときにでもそいつに魔力を溜めこんでおけば、いざって時に取り出せるわけだ。最大貯蔵量は数値で表すと1万、だったかね。ちなみに値段は5万リアン」
雄哉は驚いて髪飾りを二度見する。
「マジかよ、こんな小っちゃいのに高いな」
「魔道具はこれぐらいが相場だよ。効果も高いし、むしろ安いぐらいだ」
「そうなのか? そっちで同じぐらいの効果のやつが3万リアンで売られてたけど」
「あんたは目が高いよ。今嬢ちゃんにつけてやった髪飾りの魔道具は結構有名な職人が作っててな。いいデザインだろ?」
「ふーん。まあいいや、美咲に似合ってるし、これを買わせてもらうかな」
「毎度あり」
店員に金を渡す。
すると美咲はびっくりして雄哉の服の裾を引っ張った。
『お金は自分で出します』
「いいんだよ、今日は美咲の誕生日なんだから。しかも今までプレゼントなんかもらったことないんだろ? 10個ぐらいタダで受け取ってもいいぐらいだ。つーか受け取れ」
『でも』
「受け取っておきましょうよ、ミサキさん。そうだ、僕も何かプレゼントしなきゃですね。うーん……あっ、あの服なんてどうですか?」
ヨルキもまた美咲にプレゼントを買う。
美咲は動揺しながらも、受け取るしかなかった。
□□□□
出店で買い食いして昼食を済ませ、昼過ぎ。買い物を終えた雄哉たちはギルド前の海岸に来ていた。
「いやー、割といい買い物できたかもですね」
「掘り出し物って案外あるもんだな」
ヨルキは右手の中指にエメラルドグリーンの指輪を装備していた。輪の内側には魔法陣が刻み込まれており、その効果は風属性魔法を行使する際に使う魔力を圧縮し、威力を上げるという物。
雄哉の左手首には灰色と黒色が混ざっている途中のようなマーブル模様になっているバングル。こちらには闇属性魔法の使用魔力量を抑える効果がある。
「さて、次は海で遊ぶとしますか。暑いし水遊びにはもってこいだろ」
「賛成です! ……にしても、やっぱり人気が少ないですね」
砂浜を歩く美咲たちだが、やはり周囲には人の姿があまりない。
ギルドを出入りする冒険者はいても、海で遊ぼうと考える者は誰一人としていないようだ。
取りあえず水着を購入しようとギルド内にある店へ赴く。すると、店員は驚いたように目を見開いた。
「海へ行くつもりなのかい? やめておいた方が良いと思うがね」
「? なんでだ?」
雄哉の質問に店員の男は腕を体の前で組み、ゆっくりと話す。
「ここ数年、魔物が浅瀬にまでやってきて容赦なく襲ってくるようになってきているんだ。ほら、最近は魔王の降臨だとかで魔物が凶悪になってるだろう? おかげで海水浴にくる客がみんないなくなっちまった。たまに複数人の冒険者で浅瀬の魔物を掃討したりもするんだが、持って一日しか安全は確保できないし、こっちは商売あがったりだよ」
「……つまり、殲滅すれば一日は安全が保障されるわけだな」
「は?」
雄哉が口の端を釣り上げたのを見て、美咲はそこはかとなく嫌な予感がした。
そして、その予感は的中することになる。
「ヨルキ。今こそ修行の成果を存分に発揮する時だと思わないか」
「え? ……なるほど、わかりました」
『あの』
「美咲は水着に着替えて待っててくれ。俺たちは一仕事してくるから、とびっきり似合う水着で出迎えてくれよ?」
美咲は水着を買う金を渡され、雄哉とヨルキはギルドで海岸線の魔物討伐依頼を受注。
そのままギルドを出て、駆け足で海へと突っ込んでいくのだった。
(似合う、水着……)
残された美咲は、とりあえず水着を買うことにする。
と言っても、自分に何が似合うのかなどわからない。そもそも水着を買うのは初めてだ。種類も色々あるので、まずそこから何を選べばいいのか混乱してしまう。
ごそごそとハンガーに掛けられた水着を漁る。
やはり、男が喜ぶとなると露出が多ければいいのだろうか? それでは品が無いだろうか? 雄哉はワンピースとビキニならどちらが喜ぶのだろうか?
色々と考えながら水着を選ぶ美咲。
その表情がほころび、次第に笑顔へ向かっていることに、本人は気が付いていなかった。
◇◇◇◇
「ふー。これでしばらくは大丈夫だろ」
「ここら一帯の魔物は全部取り除きましたからね」
雄哉とヨルキが依頼を完了させたのはわずか30分後の事だった。
最初、二人は今まであまり使ってこなかった水属性魔法で海流を操作し、魚やサメのような魔物を陸まで打ち上げるという方法を取っていた。しかしわずか5分でその地味なやり方に嫌気がさし、ヨルキが提案したのは。
「超強力な風属性魔法で、海水から魔物を無理矢理引っ張り出します!!」
半ギレで叫んだヨルキは魔力効率と指輪の恩恵を受けた風属性魔法を全力で行使する。その結果生み出された魔法は『風神』。
竜巻をも飲み込んでしまいそうなほどの巨大な豪風が渦を巻く。それは海水を円錐状に吸い上げ、海中を洗濯機の如くかき回し、泳いでいた魔物を空中へ引きずり出す。
海岸線に沿って海を蹂躙した『風神』が消え去ったとき、砂浜には打ち上げられた魔物が大量に転がっていた。そのすべてを雄哉は倒す――ことはなかった。
「こいつら、確かさっき店で売ってたよな? つまり売れるってことだよな? 『陰空間』にしまっておこう」
片っ端から自分の陰の中へ魔物たちを収納していく。陰の中はひんやりと冷たく、鮮度はそれなりに保てるだろう。
そうしてかき集めた魔物を売り、依頼は完了。ギルドに報告して係員に『もう終わったんですか!?』と驚かれたが、それは関係ない。
雄哉は美咲の姿を探し……見つけた。
「おお……メイド服もいいけど、やっぱ水着もいいな。すげー似合ってる」
「髪の色と合わせたわけですね。とてもかわいらしいと思いますよ!」
『ありがとうございます』
美咲が選らんだ水着はホルターネック――首の後で結ぶタイプのビキニだった。腰には短いフリルのスカートをはいている。色はひまわりのような明るい黄色だ。
男二人もさっそく水着を購入して着替える。
そしてギルドを出たところで、驚愕した。
「ちょ、一気に人増えすぎだろ!!」
「混んでますねー。魔物を一時的に退治したって情報が出回ったみたいです。ここまで広まるが速いとは思いませんでしたけど」
見渡す限り人、人、人。現在進行形でひっきりなしに大量の人が押し寄せていた。
あちこちに大きなパラソルが突き刺さり、子供や友人同士、カップルに加え家族連れなどがそれぞれ海を満喫している。
「そういえば言ってたな、『ここ数年』って……みんな海で遊びたかったってことか」
プライベートビーチのような状態で海で遊べると踏んでいた雄哉は少し気を落とすが、たった三人ではやはり海という感じがしないだろう。混んでいる海もそれはそれで一興という物だ、と思うことにした。
海で遊ぶのに凶器など不要ということで、雄哉のバタフライ・ナイフ、ヨルキの短剣、美咲の魔弓は一時的に『陰空間』に収納。
三人は全力で砂浜を駆け抜け、海へ入って行った。
◇◇◇◇
夕日が海を橙色に染め上げる。
日が暮れるまで遊び倒した雄哉たちは、人がまばらになってきた砂浜に座ってボーっとしていた。
「あー、……こんなに遊んだの久しぶりだ」
「海ってこんなに楽しい所だったんですね。知りませんでしたよ」
「……」
水のかけ合いっこから始まった海での遊びだが、最終的には水属性魔法によるウォータースキーや人力サーフィンというとんでもない遊びにまで発展しており、三人とも体力を使い果たしていた。
魔物と戦って溜まる疲労とはまた違い、心がすっきりリフレッシュされた気分を味わう。
ふと、雄哉がぽつりと声を漏らす。
「あー……温泉入りてぇ」
「温泉ってなんですか?」
「ん? ああ、いや。なんでもない」
センスタ港町もまた、お湯に浸かるという風習が無いため風呂が無い。当然、温泉や大浴場も存在しないのだ。海水で塩分にまみれた体を洗い、ゆっくり肩まで熱いお湯に浸かりたい気分だったが、ない物ねだりでしかない。
「……、ないなら、作ってみるか?」
『何をですか?』
「簡単に言えばでっかい風呂だよ。ほら、結構前にドラム缶で作ったろ」
雄哉は立ち上がり、砂浜に手を付けた。そして、強固なイメージ――いや、むしろ願望を実現させるべく、想像力を働かせる。そして地属性魔法を行使した。
「『露天風呂』!!」
あまりにひねりの無いネーミングだったが、雄哉がイメージしたのは砂を固めて砂岩とし、水漏れが無いようにした大きい湯船である。魔力効率のおかげか随分としっかりとした三人で全身を伸ばせる程度の大きな湯船が魔法陣から形成される。
そしてさらに、
「『温泉』!!」
水属性魔法を温泉に最適な温度を思い出しながら発動。手のひらから魔法陣が浮かび上がり、そこから大量の温水が湯気を上げながら先ほど作ったばかりの湯船に入って水位を増していく。
わずか五分ほどで、即席とはいえ立派な露天風呂が完成した。
それを見たヨルキは不思議そうにお湯に手を突っ込む。
「なんですかこれ? こんなものを作ってどうするんですか?」
「決まってるだろ、入るんだよ!!」
天に右手をかざし、水属性魔法を再び使用。バケツをひっくり返したような大量の水をかぶり、体についていた砂や海水を洗い流す。そしてすぐさま温泉に飛び込んだ。
「っあああぁぁぁ~~~~~~~~!! これだよこれ! 俺が求めてたのはこれだよ……!!」
全身にやさしい熱が伝わり、体の疲れが癒されていく。この露天風呂を作るだけで雄哉の持つ魔力の半分以上を持っていかれたが、それだけの価値はあるような気がした。
「ヨルキも美咲も、入ったらどうだ? 最高だぞ」
「は、はぁ……じゃあ、ためしに」
『久しぶりですね』
ヨルキが恐る恐る、といった様子でつま先から慎重に体をお湯につけていく。しかしある程度入れたところで我慢できなくなったのか、一気に全身をドプンと浸からせた。
「わ、うわぁ……力がぬけますねこれ……これが温泉ですね」
「な、いいだろ? まあ、厳密には温泉とは違うんだけどな」
美咲も体をお湯につけ、ふーっと大きく肺の中の空気を吐き出す。
三人はしばらく、夕日を眺めながら露天風呂で体を休めた。
「なぁ、美咲。今日は楽しんでもらえたか?」
「……、……」
「あー、風呂の中じゃ筆談は無理か」
「ははは。でも、遊んでるときのミサキさん、本当に楽しそうでしたよ。プレゼントとしてはそれなりによかったんじゃないですかね」
「だといいんだけどさ」
すると。
美咲は雄哉の水着をつまんで控えめに引っ張り――口を開いた。
「あ……あり、がとう。ござい、ま……す」
「っ!」
長く使われてこなかった声帯が、かすれながら震える。
それはとても小さな弱々しい声だった。
しかし、確かに美咲の口から、心からの笑顔と共に紡がれた言葉だった。
それをみた雄哉は一瞬たじろぐも、
「ああ。どういたしまして」
笑顔でそう、返すのだった。
最低三日に一回更新、滑り込みセーフ




