昇格任務
修行を終えた直後ということで疲れを癒すべく、雄哉はリビングでグダグダとしていた。
備え付けのソファに横になり、何をするわけでもなくボーっとする。するとメイド服の美咲がお茶を淹れてやって来た。
「どうぞ」
「んー、ありがと」
随分と前、この世界に来てすぐに出会ったお爺さんキラノから貰った茶葉で淹れたものだ。味は渋みが強いもののほぼ緑茶と変わらない。ゆっくり一口飲み、ほっと一息を吐く。
すると向かいのソファでこちらもまた脱力していたヨルキがやる気のない声を漏らした。
「いよいよランクAですねー。そう言えば今更ですけど、ユーヤさんはランクAになって何をしたいんですか?」
「あー、それは……世界を旅したいんだよ。ほら、今は魔物の凶暴化で安全な旅がままならないだろ。ランクAぐらいの実力があればできるんじゃないかと思ったわけだ」
「旅ですか。いいですねー」
実際には旅に加えて元の世界に帰る方法の模索もあるのだが、そこは伏せておいた。異世界の話をしても信じてもらえるかどうかはわからないし、別に同情してもらいたいわけでもなかった。
「ヨルキこそ、目標はランクAの冒険者だって言ってたけど。ランクAになったらどうするつもりだ?」
「もちろんお金稼ぎですよ。老後も働かなくて済むぐらい、たくさんのお金を稼ぐだけ稼いで引退してやるんです」
「なるほどな」
金があれば基本人間は生きていける。一生を生きていけるだけの金を稼いでしまえば、あとは何もしなくていいというのは一つの道理だ。すると、ヨルキは割と真剣な目を雄哉に向けた。
「ところで……今って確か、世界各地で魔物による被害が頻繁に発生しているんでしたよね。旅をするのはいいと思いますけど、あんまり観光目的ではできないような……」
「お前もな。難易度Aの依頼は最近過酷さを増してるって話だぞ。それにいくら金を稼いだところで、町や国が崩壊したら意味がない」
「「……」」
そう。状況は深刻なのだ。ニトから受けた修行に数か月を要したが、その間にも世界滅亡へのカウントダウンは確実に迫ってきている。
今すぐどうこうなる、というわけではない。しかし、いずれは――。
嫌な沈黙が流れる中、カコンと郵便受けに何かが入る音が聞こえてくる。
美咲が玄関に向かい、届いた手紙らしきものを持ってきた。
送り主はセンスタ冒険者ギルド。
「ランクAへの昇格任務三人分、準備ができたそうです。明日から受注可能のようですよ」
「来たな」
ニトの推薦状はきちんとギルドに届いたらしい。
雄哉たちは束の間の休息を存分に使って、明日にでもすぐに受けることとなる昇格依頼に向けて体力を回復させた。
◇◇◇◇
冒険者ランクAへの昇格依頼は、現状難易度が跳ね上がっている。
魔王の出現に伴い世界各地の魔物は凶暴化しているため、今までと同じ魔物を倒すにしても強さが変わっているのだ。そのため近年はランクAになる冒険者が激減している。自分の命惜しさに依頼を受けない者、昇格依頼にチャレンジするもあえなく命を散らした者……。
なんにせよ、生半可な力では昇格依頼をクリアすることはできない。しかも依頼は必ず一人で受けなければならず、本当に実力がなければ逃げることすらままならない。
「これがユーヤ、こっちがヨルキ、それがミサキの昇格依頼だ。どれも難易度はA。くれぐれも命を大事にしてくれ。依頼に失敗しても、できることなら逃げて、生きて帰ってきてほしい。別に一度しか受けることができない依頼というわけではないんだ。生きてさえいれば何度でも受けられる。それを覚えておいてくれ」
「あいよ」
「はい!」
「わかりました」
海の前にあるセンスタの冒険者ギルドで、雄哉たちはランクAになるための依頼を受注する。
どれも一筋縄ではいかない高難易度の依頼だ。気を抜いて挑めば容易く死ぬだろう。
ギルドを出た三人は一度、それぞれの依頼を確認した。
「どれも達成するには一か月必要ですね……」
「ああ、場所が場所だしな。しばらくは会えそうにない」
「私はユーヤさんのメイドです。離れるわけにはいかないのでは?」
「依頼を受けてる間はメイドじゃなく冒険者だ。そこは気にしなくていい。ただ……」
雄哉は目を瞑り、色々なことを考える。
死の危険がある依頼だ。こんなもの進んでを受けたいかと言われれば全力で首を横に振るだろう。
しかしもとの世界に帰るため、ランクAになることは必須だ。
ならばやるしかない。
ヨルキは今までランクAになるまでずっと一緒にいた仲間だ。この依頼で命を落とされ、二度と会えなくなる可能性もないとは言い切れない。
美咲はもともと奴隷だった。ここ数か月で随分と強くはなったが、魔力量が少なく戦闘に向いているかと言われれば否だ。そもそも女の子がこんな過酷な依頼を受ける必要なんてないんじゃないかとさえ思えてくる。
だが、雄哉たちはニトに一つ言われていることがあった。
『自覚はないかもしれないが、君たちの実力はすでにそこらのランクA冒険者に引けを取らない。いや、むしろそれ以上と言ってもいいだろう。昇格依頼の難易度は高いが、落ち着いてやれば決してクリアできないことはない。自分を信じるんだ。不安を掻き消して挑め』
自覚こそないものの、実力にはお墨付きをもらっているのである。
あとはやるだけ。怯えていても仕方がない。
雄哉は目を開いた。
「俺たちなら、大丈夫だ。必ずランクAになれる。生きてもう一度会おう。約束だ」
「もちろんです」
「はい。必ず」
雄哉が差し出した右手に、ヨルキと美咲が手を重ねる。
「行くぞ!」
「「はい!!」」
雄哉、ヨルキ、美咲。
三人のランクA昇格依頼が始まる。
さあ、試練の時間だ




