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やる気なし勇者の異世界道  作者: 国衣任谷
二章
30/57

修行

 修行するにあたって、雄哉たちが持たされたのはその辺に落ちている一メートル弱の木の棒一本だった。

 内容は至ってシンプル。


「これで――どうだ!!」


 野球で打席に立つバッターのように構えた雄哉は、両手で握りしめた木の棒にありったけの強化魔法を施す。そして目の前の分厚い幹に向って、フルスイングした。

 パキンッ! と乾いた音が響く。いくら強化魔法で強化されているとはいえ、貧弱な木の棒はあっけなく半ばから折れてしまった。

 ヨルキや美咲も同様に木の幹に向って棒を振り回すが、傷を少しつけるのが限界だった。特に美咲は魔力量が少なく、強化魔法もレベルが低いため大苦戦している。


「こ、こんなの本当に()()()んですか? 一生かかってもできないような気がするんですけど」

「実際に見せられた以上、不可能ではないはずなんだが……」


 ヨルキの弱音に雄哉が返答する。

 ニトが雄哉たちにやらせている修行は実に単純だった。ただの木の棒で、木の幹を()()。それだけだ。

 実際にニトはそれを見事にやってのけている。その辺に落ちている木の枝を手に取り、武器強化を施して一閃すれば、木は一瞬にして輪切りにされて倒れた。

 しかし、真似をしようとしてできるようなことではない。雄哉たちがいくら強化魔法で木の枝を強化したところで、強度不足によりあっさりと折れるのが普通である。


『重要なのはイメージ、そして効率のいい魔力運用だ。強化魔法も魔法なのだから、イメージが強固かどうかで強さは変わってくる。それに加えて効率よく魔力を使うことができれば意外と簡単にできるぞ。そうだな、三人がかりであれば二週間もあればここまで来られる実力になっているだろう』


 そう言われて三日経つが、全く持ってできる気がしない。


「つーか、効率のいい魔力運用って言われてもわからねーよ! 魔力効率の特殊技能を持ってるわけでもないのに!」

「それを習得するための修行ではあるんですけどね……」


 結局のところ、二トが言っていた教えるのが下手というのは真実だった。これならばまだ魔物との実戦経験を積んだ方がよほど強くなれそうな気すらしてくる。

 そんな時だった。

 サクッ、と。刃物が物を斬るのと酷似した音が響く。

 音の方を雄哉とヨルキが全く同じタイミングで振り向くと、美咲が木の幹に枝をめり込ませていた。

 わずか5ミリ。しかし、少しでも斬れる前に木の棒を追ってしまう雄哉とヨルキに比べれば雲泥の差だ。


『これでいいのでしょうか?』

「「……」」


 美咲が紙に確認の言葉を書く。

 一番苦戦していたはずなのにもかかわらず、あっけなく成功させてしまった美咲。

 男二人は押し黙った。そして、


「負けてられるか!! よーしヨルキ、どっちが先に習得して木をぶった斬るか勝負だ!!」

「受けて立ちますよ!! 絶対負けませんからね!!」


 男にもプライドというものがあるのだ。

 俄然、やる気を出した二人はその後一時間で特殊技能、魔力効率を取得するに至った。



 ◇◇◇◇



 一週間後。


「俺の勝ちだ!!」

「くうぅっ!! 認めましょう、僕の負けです……」


 雄哉の前には真っ二つにされ、倒れた木が。

 一方、ヨルキの前には8割ほど木の枝が食い込んでいるものの途中で止まってしまい、倒すには至らなかった木があった。


『おめでとうございます、ユーヤさん』

「ふははは! ……はぁ。なんで美咲に教えてもらってるんだ、俺たち……」

「それは、ミサキさんが一番最初に木を倒したからですよ……」


 魔法には得手不得手がある。それは特殊技能も同じことだ。最も魔力効率を扱うのがうまかったのは美咲であり、修行開始から5日ですでに樹木の輪切りは成功させていてたのである。その後は自分なりに訓練を重ね、雄哉とヨルキにもコツを教えていた。


「でも、あと少しで僕もできると思います。もうちょっと待っててください」


 コツ自体はヨルキも掴んでいた。その数時間後、宣言通りに枝で木の幹を一撃のもとに切り倒し、これにより三人とも修行の第一段階を突破した。



 そして二段階目は、ニトの山小屋までたどり着くことである。

 翌日、さっそく山を登り始めた三人は、久々に【ロッキーティラン】と出くわした。


「よし、さっそく修行の成果を確かめてやる――」


 そう言って、雄哉が全身に強化魔法を纏って突撃しようとした直後。

 真後ろから一本の炎の矢が、雄哉を追い越して一直線にロッキーティランの脳天をめがけて宙を駆ける。矢はトスン、とあっけなく硬い皮膚を貫通し、


 辺り一面を爆炎が覆い尽くした。


「うおおおおおおおああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」

「み、ミサキさんんんんんんん!? 撃つなら撃つって先に言ってくださ……ちょ、なんでえええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!」


 爆風に煽られたヨルキは地面から足を引っぺがされ、空を舞う。雄哉は強化魔法のおかげかなんとかその場に残るも、灼熱の業火がチリチリと髪を焼く。

 衝撃が収まった後には、黒こげになったロッキーティランの死骸だけが残されていた。

 雄哉は後ろを振り返り、無言で立っている美咲に声をかけた。


「美咲」

『なんでしょう』

「誤射にだけは、注意な。マジで」

『かしこまりました』


 今の美咲には想像力、魔力効率、魔力圧縮の三つが揃っている。

 ちなみに魔力圧縮とは、一撃の魔法に込める魔力を圧縮する特殊技能だ。魔法発動時に開放することで瞬間的な火力を跳ね上げることができ、命中時に効果を発揮する『魔法の矢』と相性のいい技能である。これにより今まで少ない魔力でも高威力の魔法を使えていたわけだが、そこに魔力効率が加わることで威力はさらに桁違いに上昇しているわけだ。


 何はともあれ、ロッキーティランに苦戦を強いられることはもうなかった。

 雄哉の強化魔法も魔力効率の効果で何倍もの攻撃力となっており、バタフライ・ナイフは硬い皮膚を豆腐のように切り裂く。『陰踏み』の消費魔力量も格段に減ったため、相手の動きを止めて急所を突くという戦闘スタイルが確立してきた。、

 ヨルキの風属性魔法は出力がえげつないことになり、風の力で空を自由に飛ぶことさえ可能。その他の補助的に利用している属性魔法も軒並み威力が上昇しているので、高所からの一方的な魔法攻撃という戦法を取るのがデフォルトになった。

 

 近接戦闘は雄哉。中距離はヨルキ。遠距離は美咲。

 三人はそれぞれ役割を分担し、確実に実力を高めていく。


「そりゃ、図体がでかくなれば陰もでかくなるよな……!」


 五つの頭を持つ巨獣、【サンクドラギ】。体長七メートルはある魔物に対し、雄哉は『陰踏み』で動きを止める。いくら魔力効率の技能を手に入れたからと言って、実力差が大きければやはり消費魔力量も激しい。だが、動きを止めるのは一瞬でよかった。


「『嵐牙』!!」


 無防備になったその隙に、空からヨルキが風属性魔法『嵐牙』を発動。竜巻のように渦を巻く暴風の尖った先端が巨体の外皮を削り、ある程度の負傷を与える。しかしサンクドラギはその程度の傷で動きを鈍らせるような魔物ではない。激情した魔物は『陰踏み』から脱出すべく暴れ出す――直前であっさりと雄哉は陰から足を放した。

 拘束が解け、唐突に自由を取り戻したサンクドラギは勢い余って転倒する。

 プライドが傷つきでもしたのか、さらに怒りのボルテージを上げるものの、その時点ですでに時間稼ぎは終了していた。

 美咲の魔弓から、魔力で形成された矢が放たれる。それは全体がまるで鉄のように銀色に光っていた。魔物の胸部に命中し、鋭く突き刺さったそれは直後に急成長を開始する。

 ――地属性魔法『鉄針樹』。鉄の矢から四方八方に大量の棘が伸び、その太さを増しながら魔物の体を内側から侵食していく。わずか数秒で成長しきった鉄の矢は、まるで枝を広げる一本の木のような形状となり地面に根を下ろした。魔物は血の池を作りながら鉄木に串刺しになっていた。

 

 道中は他にも強力な魔物がいたが、魔力効率の技能があるだけで三人の力を合わせさえすれば十分に戦うことができた。山小屋へたどり着くまでに出くわす魔物をすべて倒せるようになるまでかかったのはわずか4日。ニトの言う通り、2週間で雄哉たちは最初の修行を終えたのである。


 が、しかし。

 いよいよ明日にでもニトの山小屋へ向おうという時になり、雄哉はヨルキと美咲に待ったをかけた。


「な、なんでですか? もう道中の魔物は倒せるようになりましたし、他にやり残したことなんてありませんよね?」

『何か気になることでもあるんですか?』

「ああ、あるね」


 山から下山してセンスタの部屋に戻り、美咲の料理で腹を満たした後。

 雄哉はこう言った。


「明日は4月18日……美咲の誕生日だ」

美咲の誕生日を覚えてた人がいたら素直に私は喜びます

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