出会い
センスタ港町西部にある6の山にはそれぞれに名前がある。
これらは南北へ縦に連なっており、北から順に『アース』、『カルポ』、『デリラ』、『ゴーシュ』、『ライン』、『ニキル』と名付けられている。山の頂上には例外なく、魔王には及ばないにしても十分に凶悪な魔物が住んでいるのはセンスタ近辺では有名な話だ。
雄哉たちが師匠として探している爺さんがどこの山にいるのかは美咲の記憶があまり確かではなく、詳しくはわからない。しかしごくわずかに存在する目撃情報から、北の方にある『アース』、もしくは『カルポ』のどちらかにいるのではないか、という予想は立てていた。
そんなわけで現在、三人は最北端の山、『アース』の中腹にいるわけだが。
「口が弱点だってわかってんのに……ッ!」
「倒せない……!」
先日戦った【ロッキーティラン】と再び邂逅した雄哉たちは、弱点を知っているにも関わらず苦戦を強いられた。
雄哉とヨルキが魔物の前後をふさぐように立ち、逃げられないようにする。そのまま数の暴力で押し切ろうという作戦を立てたわけだが、そう思うようにはいかない。執拗に弱点である口を狙うあまり防御に徹され、硬い皮膚が刃を拒む。一度離れて遠距離から美咲の『爆炎矢』を当てても、硬い防御を突破することは叶わない。
「こんなのどうやって倒せばいいんだよ! 刃は通らない、魔法は効かない、弱点は突けない!」
「『薄影』を使えばいいんじゃないですかね!」
「あれは最終手段だ!!」
そう、どの魔物を倒すのにしても、雄哉の闇属性魔法『薄影』を使ってしまえば簡単なことだった。
相手は見ることも、聞くことも、匂いを嗅ぐことも、気配を察知することもできる。なのにそれを無視してしまう。『薄影』とはそういう魔法だ。つまり、無防備な状態の相手に一方的な攻撃を浴びせることもたやすい。
しかしこれは思考停止に等しい。戦闘技術も何もないため、頼りすぎると地力が伸びない。そのため雄哉はよほどのピンチ以外は『薄影』を使ってはこなかった。
トカゲ男はチリチリと焦げた臭いを纏わりつかせたまま雄哉に向って直進する。
暴力的に振り回される両腕。鉄のように硬い皮膚を持つそれは、さながら金属バットだ。強化魔法を使っていても直撃すればバカにできないダメージを食らうこととなる。雄哉は必死に回避しながら、じりじりと後ろに下がっていく。
(くそっ、『陰踏み』は魔力消費が激しいから使いたくねーし……かといってこのままじゃマズイ!)
足に強化魔法を集中させ、連続攻撃の隙間を縫って一度距離を離す。そのまま全力疾走でヨルキの隣まで戻った。
「大丈夫ですか、ユーヤさん!?」
「なんとかな。にしても、いよいよ打つ手が無くなってきたぞ」
『陰踏み』により動きを制限して止めを刺せば戦闘自体はすぐに終了するが、雄哉の魔力が激減してしまうため師匠捜索は切り上げることになってしまう。こんな調子ではいつまでたっても出会うことはできないだろう。なんとかしてロッキーティランの倒し方を模索しなければならない、
そう思っていた時。
轟音と共に、地面が激しく揺れた。
「なっ、ああああぁぁぁぁ!!??」
「うわああぁぁぁあぁあ!!!!」
「…………!」
雄哉はなんとか体勢を保っていられたが、ヨルキは尻餅をついてしまう。離れたところにいた美咲は地面に手をついて体を支えていた。震度6弱はあろうかという縦揺れである。
その原因は――上から降ってきた、魔物。
トカゲ男はその魔物に押しつぶされ、いともたやすく死んでいた。鉄のように硬い皮膚を持ちながら、なぜ死んでしまったのか。
それは、降ってきた魔物の全身が針のように尖った毛で覆われていたからだ。それがロッキーティランの皮膚をあっさりと突き破ったのである。
つまり、あの毛はロッキーティランの皮膚よりもさらに圧倒的な硬度を有していることになる。
「冗談、だろ……」
「は、はは……僕の『不幸LV7』のせいですかね……」
雄哉は呆然と魔物を見あげ、ヨルキは尻餅をついたまま乾いた笑いを漏らす。
体長、おそらく15メートル以上。全身をハリネズミのように硬い毛で覆われた魔物、【ミリオニール】だ。
キュオオオオオオオオオォォォォォォ!!!! と、鼓膜を突き破りそうなほど大きな鳴き声が木霊する。
勝てない。
死ぬ。
冗談抜きで、三人は全く同じことを考えていた。
そもそも体が大きすぎる。
加えて針のように尖った毛は雄哉のバタフライ・ナイフやヨルキの短剣でどうこうできる相手でない。美咲の『魔法の矢』でも掠り傷すら負わせられないだろう。
「に、逃げるぞ!! 勝てるわけがな――」
直後。ミリオニールの口元から、巨大な魔法陣が現れた。
それはノータイムで魔法を発動させ、背を向けて走り出していた雄哉とヨルキ、そして10メール以上離れていた美咲に襲い掛かる。
「は?」
気づけば天地が逆転していた。
眼下に上下さかさまになったセンスタの町が見え、そこでようやく自分が空を飛んでいるということに思考が追いつく。状況はパラシュート無しのスカイダイビングだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?」
「……!!!!」
「ひいいいぃぃぃ!? 『風壁』!!!!」
ヨルキが咄嗟に風属性魔法を行使し、下からの突風が雄哉たちの体重を支える。
しかし、さすがに三人の人間を同時に自由落下から守るには出力が足りず、次第に高度が下がっていく。数秒後、ドテッと地面に落ちた。
とはいえ、秒速十数メートルで地面に叩きつけられるよりはよほどましだ。
「た、助かったぜヨルキ……」
『ありがとうございます』
「言ってる場合じゃありませんよ!! あいつ、こっち見てます!!」
ヨルキに言われて視線を向けると、ミリオニールはその眼光を雄哉たちに向けていた。
明らかに狙われている。咄嗟に雄哉が『薄影』を発動して逃走を図ろうとした、その時。
「すまないね。君たちを危険な目に遭わせてしまったのは私の責任だ」
スタッ、と。身軽に雄哉たちの前へ着地したのは、60代と思わしき男だった。
◇◇◇◇
男は服の上からでもわかるほど筋肉が隆起しており、恐ろしく鍛え上げられていた。
右手には肩に担ぐようにして自分の身長よりも大きな大剣を持っている。重量こそ計り知れないが、その刃はあちこちが欠けており、とても切れ味が良いとは思えない。
だが、一言つぶやく。
「『鉄斬刃』」
瞬時に大剣全体を魔法が覆った。
地属性魔法『鉄斬刃』は発動中、所持している武器に対して無属性魔法の武器強化と同レベルの強化を施す。
男は大剣を片手でくるりと振り回し、両手で柄を握って中段に構える。そして全身に強化魔法をほどこし、白い魔力を放出しながらミリオニールへと駆け出した。
一歩一歩、地面に亀裂を生みながら爆走する男に対し、ミリオニールは再び口元から魔法陣を浮かび上がらせ、先ほどとは別の魔法を行使した。
魔法陣から飛び出したのは、無数の風――いや、真空の刃。それは触れた物を問答無用で切り刻む。
「ぬぅ!」
拡散せず、ただ男のみを切り刻もうと数えきれないほどの真空刃が殺到する。しかしそのことごとくを、大剣による斬撃で打ち落とす。大量の真空の刃は地面に突き刺さり、亀裂を作り出した。
男の勢いはまったく衰えず、魔物の目の前までたどり着くとそのまま大剣を大上段に構える。
そして一閃。
「キュオオォォォ!!??」
「まだだ」
ミリオニールの顔面に、二筋の切り傷が生まれる。そこから血が噴き出すも、男の剣戟は止まらない。
空間を抉るかのような怒涛の斬撃が魔物を襲い、確実にダメージを与えていく。
そして、
「ハアァッ!!」
最後に気合の籠った突きがミリオニールの腹部に差し込まれた。
滝のように血が流れ出す。勝負は決した。
超重量の魔物は砂煙をあげながら横たわり、息絶える。男は大剣を片手で左右に斬り払って付着した血を飛ばす。そのまま刃をむき出しにしたまま肩に担ぎ直し、口をぽかんと開けっ放しの雄哉たちに近寄る。
「君たち、怪我は?」
「あ、え……ない、っす。はい」
「大丈夫……です」
『問題ありません』
「それはよかった。お詫びをさせてくれ、私についてきなさい」
雄哉たちはそれ以上何も言わず、男の言葉に従った。
師匠となる爺さんの適正魔法は地属性だったりします。




