第5話
朝の光がカーテンの隙間から差し込む頃、エリシアは目を覚ました。
昨夜は夕食をしっかり食べ、久しぶりに深い眠りに落ちた。
朝食も部屋に運ばれ、温かいスープと焼きたてのパン、果物を平らげた。
味がする。
香りがする。
体がちゃんと「生きている」と感じられる。
それだけで不思議と安堵感が全身に広がった。
少し時間が経ち、ノックとともに扉が開いた。
アルフォンスとアリシエッタが、揃って部屋に入ってきた。
アリシエッタはベッドの傍らに近づき、エリシアの顔を覗き込んだ。
「顔色が良くなっているわね、エリシア」
エリシアは少し照れながら答えた。
「ご飯が美味しくて。たくさん食べちゃいました」
アルフォンスの目がわずかに潤んだ。
アリシエッタはベッドの脇に腰を下ろし、エリシアの手を握った。
温かい。
「気分はどう? 体はもう大丈夫?」
「はい。体に異常はないようです。ただ……少し、記憶に支障をきたしています」
アリシエッタが目を丸くしてエリシアを見つめた。
「あらあら、どこでそんな難しい言葉を覚えたのかしら……本当に聡明な娘ね。嬉しいわ」
そう言って、母はエリシアを優しく胸に引き寄せた。
柔らかなドレスの布地と、ほのかな花の香り。
アルフォンスもベッドの反対側に腰を下ろした。
アリシエッタはエリシアから少し体を離し、真っ直ぐに目を見て言った。
「聞きたいことがあったら、何でも聞きなさい。どんなことでも、私たちがちゃんと答えてあげるから」
アリシエッタの言葉にエリシアは質問を重ねていった。
領地の成り立ち、両親の役割、王国の軍制、そしてこの世界の常識。
話が一段落したところで、アルフォンスが時計を見て息をついた。
「すまない、エリシア。アリシエッタと俺はこれから北の砦の視察に出なければならない。予定が詰まっていてね」
アリシエッタも申し訳なさそうに柔らかな表情を浮かべながら立ち上がった。
「ごめんなさいね、エリシア。せっかくゆっくり話せると思ったのに……でも、今日は本当に顔色が良くて安心したわ。また夜に戻ったら、続きをしましょう」
エリシアは二人の姿を見送った。
「……はい。お気をつけて、お母様、お父様」
扉の前で振り返ったアリシエッタが、もう一度手を振る。
アルフォンスも頭を下げ、二人はライルを伴って廊下へ消えていった。
エリシアはしばらく扉を見つめていたが、ふと思い出したように声をかけた。
「……ライル、いますか?」
扉の外で控えていたライルが、すぐに顔を出した。
「お嬢様、何かご用でしょうか?」
「紙とペン、用意してもらえる? 記録しておきたいことがあって」
ライルは一瞬だけ目を丸くした。
「お手紙用でよろしいでしょうか?」
(お手紙……? 誰かに出す人、いたっけ……? ……思い出せない)
エリシアは首を振った。
「ううん、記録用でいいの。まとめたいだけだから」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
数分後、ライルが銀の盆に上質な紙と羽根ペン、インク壺を載せて戻ってきた。
エリシアはベッドの上で膝に板を置き、母から聞いたことを丁寧に書き出していく。
グランヴァルト辺境伯領は王国最前線近く。
家系は軍事貴族で代々王国軍の要。
母アリシエッタは現役軍人で辺境軍総指揮官。
父アルフォンスは補佐官で後方支援と兵站担当。
戦場に立つのは女性の誉れ。
強い女性が前線で国と家族を守る。
男性は後方で領地と子を守るのが美徳。
母が父のことを背が高くて恰幅がよくて王国でも有数の良き夫と自慢していた。
父は顔を赤くして照れていた。
書き終えて、ペンをくるくると回しながら文字列を眺める。
「……これ、あれか。貞操逆転モノだ」
声は部屋に満ちた重い静けさに溶け込んで誰にも届かなかった。




