第4話
エリシアが自分の部屋のベッドでぼんやりと天井を見つめていると、廊下に響く落ち着いた足音が近づいてきた。
ノックもなく扉が開いた。
入ってきたのは、凛とした雰囲気三十代の美しい女性――母だった。
黒を基調とした上品なドレスに身を包み、長い髪を高く結い上げている。
表情は威厳を湛えていた。
母はエリシアを見つめると、歩み寄り、ベッドの端に腰を下ろした。
そして力強くエリシアを胸元へ引き寄せ、その体温で包み込んだ。
「エリシア……目を覚ましてくれて、本当に良かった」
「お母様……はい、もう大丈夫です」
エリシアがそう答えると、奥から控えめに父――アルフォンスが入ってきた。
見た目は高校生くらいの若々しい美男子だった。
父は母の隣に立ち、二人の肩を抱くように手を添えた。
「エリシア……本当に、よく戻ってきてくれた」
父の声は、かすかに掠れていた。
そして、母――アリシエッタに顔を巡らせて続けた。
「アリシエッタ……よかったな。……よかった」
突然の抱擁に、エリシアの体は一瞬強張った。
(血の繋がりのない、他人のはずの人たち)
少し戸惑いながらも、体が自然と温かくなった。
(これからこの人たちが……私の家族なんだ)
エリシアは込み上げる優しい感情に包まれながら、両親の背に手を回した。
アリシエッタがエリシアの髪を撫でながら口を開いた。
「エリシア、本当に長かったわね。もう□□□□からも解放されたのね」
「……?」
「□□□□」という単語が、まるで音声のノイズのように頭の中で歪んで聞こえた。
意味が掴めない。
いや、掴めそうで掴めない――言葉として認識はしているのに、内容がスッと抜け落ちていく。
アルフォンスが続けた。
「これでようやく、グランヴァルトの■■も■■できる」
まただ。
「■■」という部分が、ゲームのバグのように「■■■■」としか認識できない。
エリシアは眉を寄せた。
(……この体のオリジナルが知らない単語は、言語化できないのね。ご都合主義な転生スキルに、なんでこんなところにだけ妙なリアリティが残ってるのよ……)
アリシエッタとアルフォンスは顔を見合わせた。
アルフォンスが妻の肩に手を置いた。
「エリシアもまだ体調が万全ではない。休ませてあげよう、アリシエッタ」
「そうね……ごめんなさい、エリシア。今日はゆっくり休んで。お話はまた明日、ゆっくりしましょう?」
「……はい。お母様」
アリシエッタは立ち上がると、扉の近くで控えていたライルに目をやった。
「ライル、夕食はここにお願いね」
「かしこまりました」
アルフォンスがエリシアの額に口づけ、アリシエッタがもう一度強く体を寄せ合ってから、二人は部屋を出ていった。
残されたライルが近づいてきた。
「お嬢様、どうぞお休みください」
促されるままにベッドに横たわると、ライルが丁寧にコンフォーターをかけてくれた。
柔らかな布の感触と、ほのかなラベンダーの香り。
エリシアは目を閉じた。
「お時間が参りましたらお夕食をお持ちいたします。それまで、どうぞごゆっくりお休みくださいませ」
ライルは腰を低く落として、足音を立てずに部屋を去っていった。
辺りが再び音一つしなくなった。
エリシアは枕に頬を埋め、部屋に漂うラベンダーの香りを吸い込んだ。
(……明日、ちゃんと話せるかな)




