第49話
魔王復活の報告を受けてから、謁見の間は一時解散となった。
このことは、魔王の状況を確認するまでは公には伏せる運びとなり、王宮が動き始めた。
数日後――
エリシアは、いつも通り学園へ登校した。
いや、「いつも通り」などではなかった。
馬車は王宮仕様の重厚なものに変わり、前後に騎士団の馬車が三台、後方に教会の白ローブの神官たちが乗った馬車が二台、合計六台の護衛付きで王都の石畳を進む。
これが最低卒業まで毎日続く――という女王直筆の書簡が、昨夜届いていた。
エリシアは馬車の窓から外を眺め、眉を寄せて思考を宙へ漂わせた。
(何が……自由よ。……もう)
教室にまで、護衛はついてくる。
エリシアが「必要ない」と断っても、神官長代理はこう言うだけだった。
「エリシア様がお望みなら」
その場は去っていく。
だが、別の騎士が、別の神官が、影のように付き始めるだけだった。
教室の扉が開くと、当然のように周囲の関心が一斉に集まった。
最前列の指定席で、セレスティア王女とユーリアン王子が楽しげに雑談していたが、エリシアを認めると二人とも顔を輝かせ、手を振ってきた。
「おはよう、エリシア!」
「エリシア……おはよう」
セレスティアの明るい声と、ユーリアンの少し照れくさそうな声。
エリシアは手を振り返した。
その時――教室の奥、窓際の席で腕を組んで立っていたレオノーラが、エリシアを睨んだ。
その敵意が形を帯びた直後。
ジャキャッ!
騎士の一人が剣を抜き、神官の一人が杖を振り上げ、レオノーラに向かって飛びかかった。
「不敬者!」
「神託を受けた御方への敵意を許さん!」
教室が凍りつく。
レオノーラの顔が青ざめる。
エリシアは叫んだ。
「ばかっ!」
エリシアは足に魔力を込め、床を踏み抜いた。
ドンッ!
衝撃で床がひび割れ、エリシアの体は騎士と神官の速度を遥かに超える速さで前進。
レオノーラの前まで一瞬で移動すると、踵を返し、その勢いのまま回転蹴りを放つ。
ゴッ!
騎士の胴にクリーンヒット。
鋼の胸当てがへこみ、騎士は横様に吹き飛んで壁に激突。
反動を利用し、もう片方の足を振り回す。
バキッ!
神官の腕を杖ごと薙ぎ払い、杖が真っ二つに折れて飛んでいく。
神官は悲鳴を上げて床に転がった。
エリシアは勢いのまま机の上に着地し、レオノーラに向き直ってしゃがみ込んだ。
「レオノーラ! 大丈夫!?」
レオノーラは目を丸くし、口をぱくぱくさせた。
「はっ……はひっ……」
その瞳に映っていたのは――暴漢に襲われ、それを颯爽と助けてくれた王女様。
小説の一ページのような、完璧な救出劇。
そしてエリシアから神聖な光が放たれ、吊り橋効果も相まってレオノーラの心臓が跳ねた。
レオノーラは膝をつき、制御を失いかけた両手を高々と掲げた。
「エリシア様……レオノーラ・フォン・シュヴァルツェ。これより、あなた様のために、この命を捧げます!」
エリシアは固まった。
「えっ!?」
教室は湧いた。
「な、なに今のは……!?」
「レオノーラが……跪いた!?」
「対抗派閥のシュヴァルツェ家の娘が……!」
セレスティア王女が目を輝かせ、ユーリアン王子が口を覆って驚いている。
吹き飛ばされた騎士と神官は、這うようにして立ち上がり、顔を真っ青にして慌てて深々と礼を示した。
「申し訳――」
エリシアは振り向いて鋭く睨んだ。
「もういい! 出て行きなさい!」
二人は慌てて教室を退出した。
そしてこの事件は、瞬く間に学園全体に知れ渡った。
「グランヴァルトのエリシアが、対抗派閥のレオノーラを救い、改心させた」
「暴漢十人から単独で仲間を護った」
「神託が、悪意を愛に変えた」
尾ひれがつきまくり、噂は膨らみ――
いつしか、エリシアは学園内で「聖女」と呼ばれるようになった。
エリシアは昼休みの屋上で、一人空を見上げて諦めの色を浮かべた。
「……もう、ほんとに」




