第46話
王立学園の講堂を後にした広間は、始業式の余韻でまだざわめいていた。
貴族たちの関心がエリシアへ注がれる。
婚約発表の衝撃は瞬く間に広がり、祝福の言葉をかけようとする者、遠巻きに観察する者、複雑な表情を浮かべる者――それぞれの思惑が空気を重くしていた。
エリシアは丁寧に会釈を繰り返しながら、ユーリアンの前に立った。
王子は少し緊張した面持ちで、しかししっかりとした声で言った。
「……エリシア、これからも、よろしく」
手が差し出される。
エリシアはその手を握り返した。
「こちらこそ、王子殿下」
短い挨拶を終え、エリシアは参列者席にいる両親のもとへ向かった。
アリシエッタは腕を組み、アルフォンスは少し疲れた表情をしていた。
「お疲れ様、エリシア」
母の声は低く、どこか諦めを含んでいた。
「このあと、ルイスとヴィクトルも交えて教会に向かい、あなたとの婚約を確定させる運びだったのだけれど……」
「王子も一緒に……ということですね?」
「そうよ。王女もいるのに、今日この日に発表するとは思わなかったわ……」
アルフォンスがエリシアの頭を撫でた。
「我慢させてばかりだね、エリシア」
その温かな手に、エリシアは安らぎを受け入れるように表情をほどいた。
「仕方がありません。いずれは……ですから」
一行は馬車で教会へ向かうことになった。
先頭はグランヴァルト家の馬車。
エリシアは両親とセレナと共に乗り込み、窓の外を眺めた。
後ろを、宮廷の豪奢な馬車が女王、王女、王子を乗せて続く。
最後尾に、ルイスとヴィクトルの乗る馬車が護衛の形で控えていた。
教会に到着すると、馬車が停まった。
セレナが御者台から降り、エリシアたちの馬車の扉に手をかけようとしたその時、
「やらせてください!」
ユーリアンが宮廷馬車から飛び出してきた。
まだ一生懸命に走り、息を弾ませながらエリシアの馬車の前に立つ。
セレナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頭を下げ、扉だけを開けた。
ユーリアンは扉の前に立ち、緊張しながらエリシアに手を差し出した。
「ど、どうぞこの手をっ……!」
エリシアはその手を取った。
「ありがとうございます、王子殿下」
温かな手。
エリシアはそれに力を込めて馬車を降りた。
その様子を、少し離れた場所から女王ヴァレリアが遠巻きに眺めていた。
独り言のように誰にも向けず言葉を空へ放つ。
「あらあら、案外悪くないわね」
隣に立つセレスティアが、眉を寄せて母を見上げた。
「母上のそういう所は嫌いです」
ヴァレリアは王女の頭を撫でる。
「あなたはそれでいいのよ、セレスティア」
それをさらに遠巻きから、ルイスとヴィクトルが見ていた。
二人は馬車から降り、教会の入り口近くで立ち止まっている。
ルイスが腕を組み、ため息をついた。
「あちゃー、やられたな」
ヴィクトルは諦め顔に口角を上げた。
「僕たちじゃそもそも勝負になってないだろ」
「まぁな。でも守ってやんねーとな」
「そうだね」
一行は厳かな教会内へと移動した。
女神ヴァレルトスアの像が見下ろす中、今日、三人の少年たちとの婚約が正式に結ばれることになる。
エリシアは髪を風になびかせながら胸の中で言葉を紡いだ。
(これが、私の選んだ道……なのかしら)
教会の扉が閉まり、儀式が始まる。




