第44話
講師が、中央に進み出る。
「王立学園剣術最高位教官、ガレリア・フォン・アイゼンブラットの名において、この場に立ち会わせてもらう。各々思う所はあるだろうが、剣を持つなら雑念は捨てろ。武器を落とす、または武器の破壊をもって負けとする。また死に体への追撃は禁止とする。両者、それで問題ないか?」
レオノーラは木剣を握りしめたまま、わずかに顎を上げて即答した。
「問題ないわ」
エリシアは木剣を構えた。
「はい、問題ありません」
ガレリアは片手を上げて合図した。
「では――始め!」
特待生たちの視線が、二人の少女へ注がれる。
木剣を握る手が、わずかに汗ばむ音すら聞こえそうなほどの緊張。
先に動いたのはレオノーラだった。
彼女は一歩踏み込んで木剣を高く掲げた。
振りかぶる軌道は大きく、力任せ――だが、シュヴァルツェ家の剣術を正統に受け継いだ、洗練された一撃だった。
空気が裂けるような気合いとともに、木剣がエリシアの肩目掛けて振り下ろされる。
しかし、意識が追いつくより早く、エリシアの体が別次元の速さで反応した。
足が自然に滑り、腰が沈み、木剣が伸びる。
突き。
シンプル極まりない、ただの直突き。
レオノーラの木剣が振り下ろされるより早く、エリシアの切っ先がレオノーラの喉元に届き――静止した。
ピタリ、と止まった木剣の先端は、喉の皮膚に触れる寸前。
衝撃波だけが、喉の奥を震わせる。
息が詰まるような圧迫感が、レオノーラの体を硬直させた。
演習場が、凍りついた。
ガレリアが告げた。
「勝負あり!」
レオノーラの木剣を握った手が力の置き場を失っていた。
「……なによ、それ……」
声は低く、怒りと混乱が混じっていた。
「認めないわ! こんなの……偶然よ! もう一度やりなさいよ!」
エリシアは木剣を下ろした。
「……好きなだけ、付き合ってあげるわ」
再開の合図。
レオノーラが今度は慎重に間合いを詰め、横薙ぎに木剣を振るう。
速い。
特待生の中でも上位の剣速だ。
だが、エリシアの木剣が先に動く。
払うでもなく、受け流すでもなく、ただ「先に届く」。
切っ先がレオノーラの剣の軌道を縫い、喉、肩、脇腹――急所を次々と突き刺すように静止する。
二度、三度、五度。
レオノーラがどのような攻撃を仕掛けても、結果は変わらなかった。
先に届くのは、常にエリシアの切っ先。
接触すら許さない。
まるで相手の動きをすべて読んでいるかのような、圧倒的な間合いの支配。
レオノーラの息が乱れ、額に汗が浮かぶ。
木剣を握る手が白くなる。
ついに、ガレリアが片手を上げて制した。
「もういいな?」
一切の反論を許さない響きだった。
「お前も十分強い。だが、引き際だ」
レオノーラは木剣を地面に突き立て、うつむいたまま、声を保つのに必死な様子で応えた。
「……はい。もう……大丈夫です」
演習場に溜息が広がった。
試験は終了し、特待生たちは監督の指示に従って整然と演習場を後にしていく。ざわめきが遠ざかり、足音が消えていく。
レオノーラだけが、最後までその場に立っていた。
うつむいたまま、木剣を握りしめた手が、わずかに落ち着きを欠いている。
金髪が風に揺れ、地面を見つめたまま動かない。
演習場は声一つない空気に包まれた。
エリシアは振り返らず、しかし痛みを抱えたまま、演習場を去っていった。
この対決は、ただの入学試験の一幕に過ぎなかった。
だが、学園生活の始まりを、告げる一幕でもあった。




