第43話
ただ、一人だけ――前列の端に立つ少女が、エリシアを真っ直ぐに睨んでいた。
長い金髪を高く結い上げ、瞳は燃えるような赤銅色。
制服の胸元には、かつて王国でも名を馳せた武門の家紋――燃え盛る剣と盾が交叉した紋章が縫い取られている。
その向けられた気配は、怒りとも、憎しみとも、焦燥ともつかぬ複雑な色を宿していた。
エレーナが淡々と次の試験に移ろうとしたその時――
「次は剣術試験だ。俺が相手になる」
演習場全体に響き渡る声。
剣術担当の女性講師が、中央へ歩み出た。
長い赤髪、肩幅の広い巨躯は二メートルを超える。
黒の軍服に身を包み、腰に佩いた訓練用長剣は、彼女の手の中で玩具のように見えた。
講師は的の残骸を一瞥し、生徒たちを見回した。
「一人ずつ来い。俺と三合やる」
最初に名乗り出た生徒が木剣を手に前に出る。
講師は無言で構え、軌跡が閃いた。
一合目で受け流し、二合目で柄頭打ち、三合目で木剣を弾き飛ばす。
生徒はあっさり地面に尻餅をついた。
「次」
淡々と、特待生たちが次々と倒されていく。
誰も三合をもたなかった。
やがて、エリシアの番が来た。
エリシアが白線に立つと同時に――
「待ってください!」
鋭い声が響いた。
全員の注目の先が、金髪の少女へ向けられる。
彼女は一歩前に出て、講師に向かって深く体を折って敬意を示した。
「剣術担当教官、私がエリシア・フォン・グランヴァルトとの対戦を申し出ます」
演習場がざわめいた。
講師は片眉を上げ、どこか楽しげに口元を緩めた。
「……ほう。理由は?」
少女は顔を上げ、エリシアを真っ直ぐに見据えた。
「先ほどの魔法試験の数値――どう考えても異常です。学院側が計測器に細工をしたか、あるいは何らかの魔道具を使ったとしか思えません。本当に実力があるというのなら、私と剣を交えて証明していただきたい」
一瞬、誰もが息を止めたような間が落ちた。
そして、すぐに周囲から囁きが漏れ始めた。
「あれは……レオノーラ・フォン・シュヴァルツェか」
「シュヴァルツェ家とグランヴァルト家って……」
「女王陛下襲撃事件の共犯だって言われた家だろ?」
「本家は断罪されたが、娘だけは分家に引き取られたと聞いた」
「同じ武門の家系だけに、焦ってるんだろうな……」
エリシアは、少女を見つめ返した。
「……あなたは?」
少女――レオノーラは、胸を張って名乗りを上げた。
「レオノーラ・フォン・シュヴァルツェ。ここで私が証明してあげる。私たちは――私の家は、何も間違っていなかったって」
その声には、怒りよりも深い、どこか悲しげな決意が宿っていた。
講師はしばらく二人を見比べた。
「面白そうだな。どうする、エリシア・フォン・グランヴァルト? 受けるか?」
特待生たちの関心が、エリシアへ集中する。
エリシアは木剣を手に取り、白線を踏み出した。
「……お手柔らかに、お願いしますね。レオノーラさん」
レオノーラの視線が、わずかに揺らいだ。
演習場の空気が、ぴんと張り詰めた。




