第39話
一年後、王都。
朝の陽光が、広すぎるダイニングホールの長いテーブルを淡く照らしていた。
女王ヴァレリアが「婚約者の住まい」として用意した屋敷は、王宮のすぐ近くに位置する豪奢な邸宅だった。
白大理石の柱、絨毯の厚み、天井に描かれた戦いの女神の壁画――すべてが王家の威厳を漂わせている。
エリシアは一人、テーブルの端に座って朝食を取っていた。
トーストに薄く切られたハム、香ばしいスープ、果物の盛り合わせ。
味は申し分ないのに、どこか物足りない。
「頑張れ私」
声を落とすと、後ろに控えていたセレナが答えた。
「お嬢様、そろそろお支度を」
エリシアはスプーンを置いた。
「……うん」
立ち上がると、セレナが一歩前に進み出た。
「馬車の準備はすでに整っております。王家からお遣わしのメイドたちも、お色直しのお手伝いに参っております」
ダイニングホールを抜け、廊下を進む。
七人のメイドたちがすでに待機していた。
皆、黒を基調とした上品な制服に身を包み、深々と一礼する。
「お嬢様、お支度を」
エリシアは控え室へと導かれた。
鏡の前に立つ。
一年で背がぐんと伸び、髪は腰を優に超えるほど長くなった。
実年齢はまだ九歳なのに、鏡に映る自分はまるで十二歳くらいに見えた。
メイドたちが手際よく制服を整える。
王立学園の女子制服――黒を基調とした軍服風のジャケットに、銀の刺繍が施された動きやすいスカート。
胸元にはグランヴァルト家の双頭の鷲の紋章。
そして、その上に王家の紋章のピンが添えられていた。
婚約者の証。
「……これ、必要かしら」
エリシアが問いかけると、セレナが答えた。
「王家からのご指示でございます」
仕方なく、そのままにしておく。
支度が整い、玄関ホールへ。
そこにはヴィクトルが待っていた。
一年前より少し大人びて見える。
「おはよう、エリシア。馬車はもう来ております」
「おはよう、ヴィクトル。行きましょうか」
玄関の扉を開け、外へ。
朝の王都の空気が、乾いた風と共に顔を軽く叩く。
馬車の近くに、もう一人の人影。
ルイスだった。
「おーい、遅いぞー! 試験に遅刻したらどうすんだよ」
軽口を叩きながら、エリシアに手を差し出す。
エリシアの指先が触れ合う直前――ヴィクトルも手を差し出した。
「エリシア、どうぞお手を」
ルイスが肩を揺らして楽しげに笑った。
「ヴィクトル、邪魔だろ」
「君こそ」
二人の間に見えない緊張が火花を散らす。
エリシアは二人の手を取った。
アリシエッタが前線から離れられないこともあり、学園に通う間、この三人がエリシアの護衛と身の回りの世話をすることになっていた。
セレナは馬車の御者台に乗り、ルイスとヴィクトルはエリシアを挟むように馬車に乗り込む。
扉が閉まり、馬車が動き出した。




