第38話
帰りの馬車の中。
王都の石畳を離れ、辺境へ向かう道はまだ荒れ始めの部分が多く、馬車の車輪が時折大きく揺れた。
窓の外を流れる景色は、華やかな王都の建物から徐々に田園、そして荒野へと変わっていく。
母はずっと窓の外を見ていた。
肩がわずかに落ちているのがエリシアにはわかった。
いつも凛として、どんな時も揺るがなかった母の背中が、今はどこか小さく見える。
エリシアはその様子を、隣から眺めていた。
内なる動揺が広がった。
(お母様……私のせいで、こんな気持ちにさせてしまって……)
母が、ふとエリシアの視線の動きに気づいた。
「ごめんなさいね。面倒なことになってしまって」
エリシアは慌てて首を振った。
「いえ……ですが、私が王子の婚約者だなんて。うまくやっていけるでしょうか」
母は窓の外へ再び意識を戻した。
「来年からは王立学園に通うことになります。その合間に、女王教育も行われるでしょうね」
「次の女王は……セレスティアなのでは?」
母は、わずかに表情に複雑な影を落とした。
遠くの荒野を見つめる視線に、複雑な光が宿る。
「そう……願っているわ」
その言葉はエリシアに重く響いた。
母はセレスティアを次の女王に望んでいる。
でも、ヴァレリアは――もしかしたら違う未来を描いているのかもしれない。
馬車は自領へと進んでいく。
後ろには、褒章を山のように積んだ荷馬車が続いていた。
金貨の袋が鈍く輝く。
王家が贈った「贈り物」。
でも、それは同時に、鎖のように感じられた。
エリシアは母の手を握った。
母はその手を、握り返した。
二人は無言で、荒野の道を進んでいく。




